六話
気を失った昴を車に乗せて、私達は愛美と陽菜が待っている屋敷に帰った。
車を駐車場に停めている時に、シュアが何かに反応して私を見た。シュアのしているブレスレットの一部が赤く光っている。
「屋敷で火災が発生している」
「場所は?」
「一階のリビングだ。すでに、消火剤が散布されているようだ」
車から降りて、屋敷を見ると微かに灰色の煙が見えた。愛美達の部屋は三階に用意した。でも、愛美達以外に火災を発生させる要因が見当たらない。
私とシュアは駆け足で、防御シールドを発動させて屋敷の中に入る。焼け焦げた匂いが鼻につく。
「愛美達の現在地は?」
「一階リビング」
リビングに続く廊下に、白い消火剤がまかれている。現在の技術だと、消火剤も無色透明なものが主流だが、この屋敷は約四百年も前に建てられた古い建築物だ。
リビングの扉を開けると、更に真っ白な光景が目に入った。茫然と立ち尽くしている愛美と陽菜が入ってきた私達を見て、泣きそうな顔をした。二人に怪我がないか、すぐさまスキャンして確認する。怪我はないようだ。
止まる事のない消火剤が四方から散布されている。火元は完全に消えている様だ。
シュアのお気に入りのソファーやピアノが真っ白だ。私のお気に入りのハンモックも真っ白だ。
「消火剤停止せよ」
シュアがシステムを停止させる。消火剤まみれの愛美と陽菜がテーブルクロスを持って、その場にしゃがみ泣き始めた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」
二人とも謝りながら泣いている。一体何があったの。
「アーネ、後片付けは俺がやるから、二人をどうにかしてくれ」
「シュア、ごめんね」
「それに二人とも怪我はないようで良かった。それに火災もたいしたものではないだろう」
シュアが苦笑いで言う。この広いリビング全てが、真っ白な世界になっているのに、怒る事なく優しいシュア。本当に、身内がやらかした小火で申し訳がない。私は消え入るような声で謝る。迷惑をかけ通しで本当に申し訳ない。
「ごめんね……」
「消防に連絡とか、細かい事は俺がやるから、風呂に入れてやると良いよ」
「ありがとう。愛美、陽菜、ここはシュアに任せて、とりあえず上に行こう。シュアに任せておけば大丈夫だから」
泣いている二人を消火剤まみれのリビングから連れ出す。腕を引っ張り、エレベーターに乗せて三階の風呂場まで連れて行く。その間、二人はずっと謝りながら泣いていた。風呂場の前ソファーに二人を座らせて、タオルを二人に差し出す。全身真っ白な消火剤と涙で顔はぐちゃぐちゃだ。タオルで顔を覆い隠して、二人はまだ泣いている。しばらく、二人が落ち着くまで背中や頭を撫でる。呼吸が整って来たのを見計らい、二人に優しく問いかけた。
「どうしたの? 何があったのか話してくれる?」
「お茶を、入れようと思ったんです」
「でも、キッチンがなくて、暖炉が目に入ったから。暖炉で、お湯を沸かしているんだと思って、火を点けたの」
リビングには確かに暖炉がある。でも、あれは木を燃やし、火をつける仕様には為っていない。疑似の木があり燃えている映像が映し出される。ただのインテリアだ。だいたい、この文明社会に暖炉でお湯を沸かしていると言う発想が良く分からない。
私が、日本にいた時でも、暖炉を使いお湯を沸かすなんて事やっていなかったはずだ。
何をどう間違ったらそれをやろうと思ったのだろう。
でも、その前に気になる事が一つ。この家に火をつけるモノがないのだ。スイッチ一つ、システム起動させるだけで良いこの屋敷に、マッチやライターなどと言う物は存在していない。
「どうやって、火を点けたの?」
陽菜がポケットから鍵のついたキーホルダーの束を出す。陽菜は三人兄弟の長女だ。家の鍵を持つのは彼女だった。そしてキーホルダーの一つに小刀を模したモノがある。柄の部分を横のずらすと火が出た。唯のキーホルダーではなくライターに為っていた。
「これで」
ライターを持っているとは思わなかった。
「木にそのまま点けるのじゃ火はつかないと思って、新聞とか探したんだけど無くて、ティッシュがあったからそれに火を点けたの」
ティッシュ。それを聞いて頭痛がした。それは除菌シートだ。アルコール成分で出来ているそれは良く燃えたに違いない。
「何枚も重ねて丸めて火を付けたらいきなり燃え上って、青い炎がでて驚いて暖炉に投げたの。でも、暖炉じゃなく絨毯におちて、火を消そうとして水差しの水をかけたの」
水差し。そこで更に頭痛がする。それはシュアが好んで飲んでいるお酒が入っている瓶だ。リビングのテーブルに何時も置いてある。
「かけたら、余計に火がついて、どんどん火が広がって、消そうとテーブルクロスで火を押さえつけようとしたんだけど、煽ってるだけの様になちゃって、どんどん広がって、そしたら上から横から、白い粉が出て……」
大体状況が分かった。
「……無事に戻ってきた、三人にお茶をあげたかったの」
涙をためながら、愛美がか細く言う。愛美達はきっと今まで、私達の行動を映し出す映像を見ていたのだろう。それで、お疲れの意味を込めたお茶を出そうと思ったのだろう。
でも、お茶なら愛美達の部屋の冷蔵庫に入っている。そうか、あの時急いでいたから、説明をしていなかった。一見冷蔵庫に見えない棚が冷蔵庫になっている。日本じゃ客室に冷蔵庫があるとは思わないかもしれない。
二人が飲む水を渡していたけれど、他に水が何処にあるかどうやってお湯を沸かすか教えていなかった。二人がお茶を私達に用意しようとするとは全く想像していなかったのだ。部屋をうろつくなと、言ったのに。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人は泣きながら謝る。起こってしまった事はしょうがない。二人は悪気があった訳ではないのだから。私はシュアに連絡を入れる。
「リビングの片づけ明日でもいいかな? 業者に頼む前に、二人に片付けさせるから」
私の言葉に愛美と陽菜が、こっちを驚いてみている。あの、真っ白な部屋を片付けるのは至難の業だろう。普通は清掃業者に頼むが、反省をしているのなら態度で示してもらうのが一番だ。
「俺は構わないが……できるのか?」
「七日間もやる事がないのだもの、丁度いいでしょう。自分達が起こした小火の後片付けぐらいさせるわ」
愛美と陽菜がお互いに顔を見あっている。音声通話を切ると私は二人を見た。
「お茶を私達に出そうとした気持ちは嬉しいよ。でもね、部屋から出ないようにと言ったでしょう? 貴方達の住んでいた世界の家とは構造が違う。危ないモノも多いと教えたわ。それに人の家のモノを勝手に触っては駄目だと言う事は、言われなくても分かっていると思ったわ」
二人ともしょぼくれて私を見る。
「大事に至らなくて本当によかったけれど、火傷したらどうするの。貴方達はとっても危ない事をしたのよ。人の言葉は良く聞かなければ、ダメよ」
「……はい……」
二人は今日渡りをしてきたばかりで、愛美は誘拐された。陽菜は誘拐される愛美を助けられなかった事を悔いていた。その後の小火騒動だ。今日一日で大変な目にあったのだ。あまり強く言ってはかわいそうだから、このぐらいで止めておく。
「明日、部屋を片付けるから、今日はお風呂に入って寝ましょう」
二人は頷く。二人の頭を軽く撫でて、お風呂の入り方を教えた。たぶん、日本の風呂と大して変わりはないはず。泡が出て来て、微弱電流がコリ取ってくれる。浴槽は六人ぐらい悠々と入る事が出来る大きさだから、二人まとめて入って貰う。
二人を風呂場に置いて、私の寝間着を二人に貸す為に取りに行き、風呂場に置いてからシュアの元に戻ろうと思った。けれど、二人を風呂場に置いて大丈夫か不安に為って来た。日本の風呂と変わりがないはずだけど、私の記憶は二十二年も前のモノ。何か違う事があるかもしれない。やっぱり不安になりお風呂場を覗くと、きゃっきゃと笑いながら浴槽で泳いで遊んでいる二人と目があった。
おい、さっきの泣き顔何処にやった。はしゃいで遊んでいるんじゃないよ!