五話
私とシュアは二人で、彼の車に乗り昴の居る場所に向かう。ついた先は工場街の一角だった。施設からは、人の足で歩けないほど離れている場所にある。どうやって、そこに行ったのか彼に聞かなければわからない。
工場街の路地に車を停めて、昴がいるであろう場所に足を向けた。とある工場内に潜んでいるようだ。私達は、シュアのIDを使い中に入る事が出来た。シュアが作るプログラムもこの工場で使われているからだ。もちろん私も居るから入る事ができる場所は、一般公開されている場所だけが、昴が隠れているのは都合がいい事に、一般公開されている場所だ。
工場の部屋に隠れている様だ。扉を開けると昴が棚の影に隠れている所を発見した。
「昴」
「アーネ……」
昴は私を見て驚いている。そして、私は、昴が隠す様に立っている物を発見して驚いた。
十三歳ぐらいの少女が昴の影に立っていた。
「昴、その後ろの子は?」
私が近寄ろうとすると、昴は少女を背に隠す。
「この子は、変な奴らに殺されるところだったんだ。だから俺が助け出した」
殺されそうとは、また物騒な話だ。
「その子、誰なの?」
「分からない。でも、助けてと言われたから、助けなきゃいけないと思った」
「言葉通じないでしょ。何で、助けてって言われたの? どうして殺されると思ったの?」
「泣いて俺の方を見たんだ! 連れて行かれる時、辛そうな顔をしていた。それだけで、助けるのは充分だろ」
私は頭が痛くなった。その少女の正体は分からないけれど、泣いていたところを見つめられたと言うだけで助けようと思うのか。それも、今日渡りをしてきたばかりで、施設から脱走直後だ。言葉も通じない場所なのに、無謀だ。無謀すぎる。
「とりあえず、その子と話をしてみたいのだけど?」
「アーネはあいつらの手先だろ! それでここを見つけたんだろ!」
「違う。あいつらって言うのとは全く関係ないわ。貴方達が、施設を出たと聞いて探しに来たのよ。まだよく知らない土地なのに、施設から出たら危ないでしょう。愛美と陽菜は無事に保護しているから、昴もおいで」
「嫌だ! アーネは信用が出来ない!」
緩く波打つ短髪で幼いながらに鋭い目を私に向けて来る。警戒されている。なぜこんなに警戒されているのか分からない。でも、少し傷つく。私は、ただ、保護して無事に家に帰してあげたいだけなのに。
「マールベル‐8628号だ」
後ろで私と昴の様子を見ていたシュアが静かに言う。
マールベル。それは、アンドロイドの種類。そう、なんといっても、この工場はアンドロイド廃棄施設なのだ。少女の顔が良く見えていないから判断で来ていなかったが、後ろでシュアは正体を見抜いていた様だ。それもそうか、彼はここにプログラムを納品しているのだから、わかるだろう。
昴はシュアを睨みつける。シュアもその子を捕まえに来た人と判断したようだ。
「昴、その子はアンドロイド、機械なのよ」
昴は驚いて少女を見る。ふわふわの波打つ栗色の髪に大きく愛らしい紫色の瞳をする少女。子守、掃除、料理を作る家庭用のアンドロイドだ。
「嘘だ。だって、この子の手はこんなにも暖かい。それに涙を流して俺に助けを求めた」
「そう言うプログラムに為っているのよ。人の感情を読み取り、表現する物なの」
昴の国にはアンドロイドがいないのだろう。動揺がはっきりと読み取れる。
「アーネ、データベースに問い合わせたよ。廃棄処分が決まっているアンドロイドだ」
シュアが、私に教えてくれる。昴が見たのはこのアンドロイドが廃棄処分所に連れて来られている時だったのだろう。人工知能があるアンドロイドは破壊されると知ると、逃げようと抵抗する物もある。
「昴、この国には、アンドロイド規制法があるの。アンドロイドが人より数が増えないように、一定の個体数を超えないように調節されている。新しいアンドロイドを作る時、古い型の者は処分される。その子は、処分される所だったのよ」
「処分! なんて酷い事をするんだ! この子はこんなに泣いているのに!」
マールベル‐8628を見ると大きな紫色の瞳から涙を流し、震えながら縋るように昴の腕を掴んでいた。
「そう言う、プログラムを取っているのよ。破壊されたくないから、保護してくれそうな人に狙いを定めて守って貰おうと――」
「黙れ! アンドロイドなら、人工知能があるんだろ、考えて自分で動けるならもう、人と変わりないじゃないか! 壊されたくない、死にたくないと思っていると言うのなら、もう、人と変わりがないじゃないか!」
私の言葉を遮り、昴が感情的に怒鳴る。アンドロイドを人と認めてしまえば、何十年後かにはドームの人類が死滅する事になるだろう。だって、人よりも、力と高い知能が備えられている彼らが市民権を得てしまえば、必ず反乱がおき、人は殺害される。
実際に、過去とあるドームで、人とアンドロイドの戦争が起きた。ドームを一つ破壊する事で、その戦争は終結した。それ以後、アンドロイド規制法が出来たのだ。そして、必ず、アンドロイドには遠隔停止装置が植えつけられる事になった。
「君は、新しい物を使い始める時、古い物はどうしている?」
今まで黙って私達のやり取りを見ていたシュアが、昴に話しかける。
「なんだよ……」
突然の質問に、昴は困惑しているようだ。シュアは同じ質問を繰り返したくないと、深緑色の瞳で昴の返答を促している。
「気に入っている物は取っておく。捨てたりはしない」
「捨てないでそのまま永遠と放置するのか?」
「……捨てる時もあるけど」
「それも、同じだ。人とは違う。生殖行動が出来ない機械だ。生物ではない。物だ」
「でも! 生きている!」
「古い物に固持しては新しい発展は出来ない。君は今でも洗濯板で服を洗っているか? 自動洗濯機があるだろう?」
シュア、どうして洗濯の例えをだすのだろう。もっと違うたとえでもいいと思うけれど。そう言えば最近新型の洗濯機のプログラムを作っていると言っていた。きっと、最近考えている洗濯機が頭をよぎったんだね。
「……。そんなの事、間違っている。俺は、そう、俺がここに居る理由は、ここのアンドロイド達の人権を守る為にきたんだ! そのために、アンドロイドが、俺を呼んだんだ! 俺は負けない!」
また、わけのわからない事を言い始めた。
「話にならない。マールベル‐8628緊急停止せよ」
シュアが話をする事を止めた。指をマールベル‐8628に差し出し問答無用で、行動を完全に停止させるシステムを送信した。元々、彼は説得しても理解しようとしない人間と話す事が嫌いだ。通じなくなると、自分が正しいと思う事を強制的に行う。マールベル‐8628は今まで縋るように震えながら昴を掴んでいた手を離し、その場にゆっくりと膝を折り、頭を下げて動きを停止させた。
「シュア!」
私は、シュアを非難するように見た。まだ話している。昴が納得していないのに、緊急停止させるなど乱暴すぎる。
「人では無いと分かる方がいいだろう?」
唯の人形のように座り、全く動かないマールベル‐8628を昴は驚き揺らしている。声を掛けても、全く反応は見せない。
「何したんだよ! 魔法を使って彼女を眠らせたんだな!」
「魔法など使っていない。アンドロイドを緊急停止させただけだ。元々処分される物だ。障害はない」
「俺は、絶対に、彼女を助けて見せる! 殺させたりしない! 悪の魔法使いに屈したりしない!」
昴は此方を睨みつけてマールベル‐8628を横抱きにする。そして、窓から逃げようとした。
窓は一見、開いているように見える。ガラスはないからだ。でも、虫よけと侵入者避けのシールドが張ってある。そう、開いていると思って、勢いよく昴は窓のシールドに体当たりをしたのだ。
もちろん、シールドが壊れるはずもなく、ぶつかった昴は大きな音を立てて床に倒れた。
「昴!」
慌てて近寄ると、頭を打ったようで気を失って倒れていた。すぐさま彼の体をスキャンして、重大な損傷がないか確認する。
「馬鹿だな」
シュアが、マールベル‐8628を守るように強く抱きしめたまま気を失っている昴を見て、呟いた。
確かに、窓にぶつかって気を失う人など初めて見た。私も馬鹿だと思う。人の話を聞かないし、良く分からない事を言い始めるし。
でも、私にとって大切な人なのだ。
「シュア……お願いがあるのだけど」
シュアは私を見て、苦笑いする。何を言い出すかわかったようだ。
「俺はそれでもいいけれど、甘やかしすぎると、馬鹿は調子にのるよ」
「そうかもね。でも、人の兄を馬鹿馬鹿言うの止めてよ」
そう、彼は私の兄。佐藤昴。そして私は佐藤彩音。
彼らが二十二年前消えた時に傍にいた。そして十分後に戻ってきた彼らを見ていた。でも、幼い私は彼らが消えた場所に、好奇心から入ってしまい、渡りを戻した直後の不安定な歪に落ちたのだ。不安定な歪は時空をゆがませる。時間軸が狂った歪の所為で二十二年前に私は落ちた。
言葉の通じないこの世界、それもドーム外に落ちた私はさんざん苦労をした。六歳の子が良く生き延びたと自分の生命力の強さに驚くばかりだが、必死だったのだ。偶然ドーム外を調査している人達に発見されて、保護されて施設で暮らした。私が家に帰る事は不可能だった。ドーム外に落ちた私は、同じ歪を生み出すだけの数値が分からないからだ。
勉強し言葉を身に付けた。兄達の言語を翻訳するシステムを作ったのは、私に此方の言葉を教えてくれた恩師だ。兄達がまだこちらに渡って来ていないと知り、いつか来る兄たちをずっと待ち続けていた。
やっと来た。そう思った。無事に家に帰してあげられるようにしたかった。
なのに、あれ。私の兄と従姉、こんな問題児だったかしら?
日本に帰るまで、問題をおこさないように大人しくしていて欲しい。