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三十二話

 彼女の存在を知ったのは七歳の時だった。


ドーム外を研究している両親に連れられて、両親の勤める研究所を訪れた。父の研究室で一つのブレスレットを見せられた。ブレスレットの内側には所有者のID番号が記されている。銀色のブレスレットの内側には俺のIDが書かれていた。

 見たこともないブレスレットだった。銀色のブレスレットには成人になってから入れられる、刻印が押されていた。

 ブレスレットを分析しようとしても、厳重にロックがかかっているので中のシステムを確認できないという。どういう経緯で『成人している俺のブレスレット』があるのか、父から聞かされたものは信じがたいものだった。

 ドーム外で発見された渡りをしてきた少女が持っていた。渡りをしてきたモノがなぜ『成人している俺のブレスレット』を持っていたのか。異界から来た少女は言葉が不自由で、その理由聞き出すことが出来ていない。


 気味が悪かった。渡りをしてくるモノを人間と呼ぶのは抵抗がある。昔、ドームに渡りをしてきたものが、病原菌をまき散らし一つのドームを壊滅させた。他にも渡りをしてくるものは、奇妙な形をしているものも多く知識が著しく劣っていることが多い。

 それも、ドーム外は今荒れ果て、人間が生きていける環境ではない。ドーム外で発見されて無事だったことが、さらに気味が悪いし不気味だ。

 

 それがどういう経緯で俺のブレスレットを持っているのか、これは本当に俺のものなのか知る必要があった。父から渡されて、ブレスレットをはめてロックを解こうとした。でも、まったくロックが外れない。ブレスレットは俺を所有者本人だと、モニターに表示させているのに、パスワードを入れなければシステムが使えないようになっていた。パスワードを入れてみるが、二回パスワードを外したところでブレスレットは動かなくなった。

 一日二回までパスワードを外すと機能しなくなるようだ。俺を所有者本人だと認証しているのなら、使えてもいいものなのに厳重にロックされていることに、少し苛立った。

 父はブレスレットを俺に預けてロックの解除を試みるようにと言う。それから、このブレスレットを持っていた渡りの少女が今、研究室にいるからモニター越しに見るかと誘われた。


 積み木やパズルやぬいぐるみが置いてある子供部屋で一人の少女が遊んでいた。黒髪を赤いリボンで一つに縛った、痩せた少女が居た。積み木で塔を作っていることに夢中になっている。

 同年代の普通の少女に見えたことに驚いた。人間と同じ体をしている。でも正体は、異界を渡ってきた未知の生物だ。

「人間と同じ遺伝子構造でできている。人と変わりなないものが渡りをしてくるのは大変珍しい。ただ、魔力がない」

「魔力がない人なんているのですか?」

 父の言葉に俺はモニターに映る少女を見た。この世界の人間は必ず魔力を持っている。昔は魔法で発展していた世界だが、魔法を使う事で世界の均衡が崩れて自然が壊滅状態に陥ったとされている。現在はドームで魔法を使う事を法律で禁じていた。

 魔力を持たない人が居ることに驚いたが、ドーム外で無事だったことに納得がいった。世界大戦中に作られた生物兵器は、魔力に反応して人を襲う。細菌兵器も魔力を感知して作動するようになっている。だから、ドーム外で無事だったのだ。

「会ってみるか?」

 父の言葉に、モニターの黒髪の少女を見て俺は眉をひそめた。同じ遺伝子構造で知識があるとしても、俺にとって未知の生物であることに変わりはない。

「会いたくは、ありません」


 


 それから、俺の日課がロックの解除されない『成人した俺のブレスレット』のパスワード当てになっていた。モニターに何度も見たエラーという文字に苛立ちを覚える毎日だった。この苛立ちの原因は、渡りをしてきた少女が『成人した俺のブレスレット』を持っていたせいだ。初めて少女の存在を知ってから四年たっていた。同じ学校に渡りの少女も通っているが、接触することを俺は避けていた。

だが、両親がドーム外を研究しているせいで、少女の生態について食事中に話題に上がることがあった。魔法薬を飲ませてみたら、まったく効果がなかったとか、ドーム外の調査に少女を同行させて、細菌兵器を処理するのを手伝わせたらアンドロイドよりも、よく働いたとか。両親は渡りの少女で実験を良くしているようだった。

 俺にとってどうでもいい事なので、聞き流していた。

 そんなある日、今まで避けていた少女と廊下でぶつかった。長い黒髪が揺れて、栗色の眼が大きく見開かれ、酷く動揺しているようだった。俺は渡りの少女の存在を知っていたが、少女からすると俺を知らないはずだった。それなのに、まるで生物兵器に会ったかのような驚きように苛立った。それだけではない、俺の上着に未知の生物である渡りの少女が触れたと思うと、気持ちが悪かった。

「ご、ごめんなさい。上着にジュースが……」

 少女がポケットからハンカチを出そうとしているが、すぐさま汚染された上着を脱ぎ捨て少女に投げ捨てた。

「二度と触れるな!」

 怒鳴ると、怯えたように体を強張らせた。俺はすぐにその場から離れて学校を早退し、念入りに体を洗い殺菌を行った。あれが、『成人した俺のブレスレット』を持っていた少女。どういう経緯かはわからないが、俺の未来にかかわる恐れがある少女。関わりを持ちたくなかった。


 それから、少女の存在が目の前から消えた。今までは学校で後ろ姿や見かけることがあったのに、まったく見かけなくなった。相変わらず食事中に少女の話題が上がることがあるので、生きているらしい。学校も同じはずなのに、まったく見ることがない。かかわることが無くなることを安堵したが、なぜか少しだけ落ち着かない気持ちにもなった。


 学校が変わり月日が経つ。実家から離れたことで、少女について両親から話を聞くことがなくなった。

学内の研究所に所属していた時、少女の噂が流れてきた。もう会う事はないと思っていたが、少女もこの世界で最も優れた者たちが通う学校に転入してきた。それも、システムを同時に六つ起動して操ることが出来るという。普通は四つシステムを起動できればいい方だが、少女は器用で賢いそうだ。

 

 同じ学内の研究所に所属している、二歳年上のダルノが少女の転入をきっかけに様子がおかしくなった。金髪の髪を黒く染めてきた。

「渡りをしてきた少女の髪、あれ地毛らしいぞ知っていたか?」

 正直どうでもいい情報だった。七歳の時に見た際すでに黒い髪だと言う事は知っていた。ただ、この世界は濃い髪色の人間が少ない。

「それが何か?」

「どういう遺伝子構造なんだろうな。生物兵器にも耐性があるらしい。組織を調べてみたくないか?」

 少女の実験は両親がやっているのを知っていたので、今更調べる気は起きない。毎日のようにしつこく少女の話題を、研究所で出すので面倒くさくなった俺は、両親が集めた少女のデーターをダルノにあげることにした。それがさらにダルノを悪化させることになるとは思いもしなかった。


 同じ学内にいるはずなのに、少女と会う事は全くなかった。ダルノが隠し撮りをした映像を無理に見せてきた。痩せた黒髪の少女が、それなりに見られる可愛い少女になっていた。柔らかそうな黒髪は癖があり緩やかに波をうっている。少し鋭い眼で意志の強そうな栗色の眼だ。清楚な印象を受ける少女だ。笑っている映像はなく、ほとんど勉強道具を持ち、モニターを眺めている映像ばかりだった。

 難攻不落の渡りの少女と言われているらしい。誰が告白しても、勉強が忙しいからと振られるという。

 どうでもいい情報ばかりダルノは熱心に伝えてきた。さすがに、少女をモデルに作った人形を研究所に持ってきた時は、研究所全員が引いた。


 学校を卒業し、政府の最新技術室に就職した。

 いまだに、『成人した俺のブレスレット』のロックは解除されていない。プログラムを作りロックを解除させようとしても、失敗に終わっていた。あと二年で同じ銀色のブレスレットを手に入れることになる。その時までこのロックは解除されることはないのだろうかと、思えるようになってきていた。


 毎日いろいろなシステムを作るが、面白い事はなく退屈な毎日だった。

 それが崩れたのは、適当に作ったシステムを特殊訓練学校に納品した次の日に届いたメールを見た時だ。

 俺が作ったシステムの欠点を二十枚に及ぶ報告書に書き記され締めくくりの言葉が『未完成のミまでも言っていないシステムを、試験品として送らないでください。それとも、本気で一回生レベルでも作れそうなものを試作品レベルだと思ったのでしょうか』

 確かに手を抜いて適当に組み立てたシステムだが、今だかつてここまで、酷評を受けたシステムを作ったことはない。システムの欠点は的確で、反論の余地がないのが悔しいと思った。

 悔しいという感情が自分にあることに驚いた。すぐにシステムを組み立て直し、特殊訓練学校に送り返した。今度は真面目に組み立てた。失礼な報告書を送ってきた奴を後悔させてやる。

 そんな気持ちで送ったシステムも、欠点が三十枚書かれた報告書が返ってきた。最後の締めくくりの言葉が『おめでとうございます。子供の遊び道具程度にレベルをあげましたね。以下の玩具会社にこのシステムを送ると子供に好評で売れると思います。よかったですね^^』

 最後にイラつく絵文字まで入れてきた。しかも色付きで文字がメールで踊り、音楽まで流れた。モニターをこぶしで殴り壊したのは初めてだった。

 何事もそつなくこなすことが出来ると自分でもわかっていた。神童と呼ばれて、学校も飛び級で上がり最新技術室の人まで一目置いている俺に対してこのメール。書かれた欠点は的確でまた何も言い返せない歯がゆさに、苛立ちが募った。


 誰がこのメールを送ってきているか、ダルノが特殊訓練学校に通っているので聞くことにした。聞いてもいない情報付きで、ダルノがメールの人物を教えてきた。

『アヤネ・サトウ』

 渡りをしてきた少女がメール相手だった。ダルノの同期で彼より少し成績がいい。「見ているだけなら、可愛いと思っていたが話すと性格が悪く、あれは観賞用だ!」とダルノが語っていた。

 渡りの未知の生物の癖に、俺に対して扱き下ろす報告書を提出してきた。一度、本人に会って話す必要があると思い特殊訓練学校に訪れた。下校時間になっても、少女は玄関から出てこなかった。ダルノに確認を取ると四時間も前に帰宅していると言われ無駄足を食らった。

 何度か特殊訓練学校に行ってみたが、少女に会う事は出来なかった。二か月ほど経ち、色々なシステムを納品していたが、その都度辛辣な報告書が上がってきた。俺は真面目に真剣に考えてシステムを組むようにしていたのに、アヤネ・サトウは欠点を見つけるのが得意なようだ。さすがの俺の苛立ちも限界に来ていた。メールでアヤネ・サトウを呼び出した。会いたいというメールにアヤネ・サトウはあっさりと了承の返答を返してきた。ダルノの話によると異性と二人で会う事は絶対にしないと言っていたが、仕事の話だと関係がないらしい。

 喫茶店でアヤネ・サトウに何と言って態度を改めさせようと、楽しみにしていたが時間になっても彼女は姿を見せなかった。

 来なかった理由を聞くメールを送っても返答はなかった。代わりに、報告書に辛辣な言葉が無くなり、淡々とした報告書に変わった。


 なぜ彼女にそこまで逃げられるのか不思議でならなかった。一度接触をしたことがあるが、あんな些細な事を少女が覚えていると思えなかった。何度も特殊訓練学校を訪れても会えないことが不思議だった。

「あぁ、シューアム除けシステムのせいだろうな」

 不思議に思っていた答えをダルノから教わった。なんでも前に通っていた学校で、大流行したシステムだという。俺の着けているブレスレットの周波数を感知し、居場所を教えるものだ。それを、アヤネ・サトウが作ったという。そんなものが大流行していたとは驚いた。通りで前の学校で煩わしい人に会う機会が増えたと思った。逃げられる原因がわかればこちらのものだ。すぐに周波数を変えて、特殊訓練学校を訪れた。今まで、会うことがなかったがあっさりと会うことが出来た。モニターからではなく、本人と会ったのは十一歳の時以来だ。

 十八歳のアヤネ・サトウは俺に会うと、危険動物に会った時のように体を硬直させた。

「やっと会えたね」

 今まで散々逃げられたが、未知の生物の分際で調子に乗るな。手間を取らせてくれたなと、嫌味を込めて笑う。するとアヤネ・サトウは目の前で気を失って倒れた。驚いて反射的に少女を抱きかかえた。

 少女に触れたが、十一歳の時に感じた嫌悪感はなかった。学生の時にダルノが散々少女の生態が人と同じだと語っていたせいかもしれない。

 意外に重量のある少女を医務室まで運び、ベッドに寝かせると倒れた少女を観察した。ダルノが観賞用と言っていた理由がよくわかる。見ているだけなら可愛らしいが、起き上がった少女が俺に向かって言った言葉は、以前の報告書同様辛辣だった。

 顔を見せるなと、会いたくもないと、面と向かい普通は言うだろうか。そして、十一歳の時の事を今まで根に持つような執念深い少女だった。



 会いたくないと言われたが、辛辣な報告書を提出し俺を扱き下ろした罪は重い。会うだけで気を失うほど俺の事を嫌っているのなら、嫌がらせに会いに行ってやると思った。

 何度もやっていると、アヤネ・サトウに呼び出された。俺がやっていることに気が付いたらしい。怒った様子だったが、その日からなぜか彼女に付きまとわれることになった。

 毎日朝昼晩に送られてくる挨拶メールに、何かあるごとに送られてくるたわいないメール。無視をしていると、アヤネからのメールが五十通ぐらいたまっている時があった。やり返されていると、すぐに気が付いた。メールのネタに困るのか、学校の授業や、政治や、趣味、読む書籍についてなど、内容が広がっていった。たまに返すと、『返答有難う!!』と思ってもいなそうな言葉が返ってきた。何だか嫌々メールを打っているアヤネを想像すると笑えてきた。

 休日出かけようと誘われたので、予定もなかったので行ってみた。すると、心底嫌そうな顔をしたアヤネがデート用に化粧とスカートをはいた可愛らしい姿で約束の場所に居た。

「誘ったのは君だろ?」

「えぇ。えぇ。その通りです。でも、本当に来るとは思わなかったので」

 苦虫を噛み潰したような顔でアヤネが言う。それがなぜかおかしかった。

「俺は、誰かみたいに約束を違えないのでね」

 喫茶店で待ちぼうけを食らったときのことを言うと、アヤネはさらに動揺して視線を泳がせた。


アヤネとの交流はそれからも続いた。知的な彼女と会話するのは退屈ではなかったし、たまに噛みついてくる言葉も楽しかった。いつからか、アーネを未知の生物だと思わなくなっていた。


 ある日、アーネの長かった黒い髪が短くなっていた。彼女の柔らかく緩やかに波打つ黒髪を見るのが好きだった俺は少しショックだった。理由を聞くと気分転換と、簡単に返されたが本当の答えが呼んでもいないのに、俺の家まで来た。

「見ろ、本物の黒い髪だぞ!」

 アーネの黒い髪を手に、興奮した様子のダルノに腹が立った。だが、アーネとの関係をダルノに言っていない。教えようとも思わなかった。だからダルノが熱く語る黒い髪を静かに見ていた。

 それから、ダルノが持ってきた、とある計画の入ったデーターを一緒に見た。それは、渡りの少女アーネが言うこれからこの世界に来る『兄、従姉』四人の渡りから、精子卵子を取り交配させてドーム外に侵攻しようという計画だった。

 それ自体、両親が所属している研究所でも似たような事を計画しているのを知っていた。だから驚きはしなかった。

 その計画の第一弾として、アーネのクローン計画が進行中だった。アーネの遺伝子だけでクローンを作ろうとすると人の形を取らないらしい。だから他の遺伝子を混ぜて作るが、計画は上手く行っていない。魔力を持たない子供を作るのは予想以上に難しいようだ。


 ダルノが俺にもその計画に加わらないかと誘いをかけてきた。

「お前が、最近アーネと仲がいいのを知っているぞ。研究対象として近づいたのだろ?」

 研究対象としてアーネを見てはいなかった。だが、渡りの生物であるアーネを普通の少女と見ていると、ダルノの前で認めるのが嫌だった。学生時代散々、アーネを人間と同じだと、思うなんて馬鹿だと言っていたのだ。

 ダルノもそれを知っているから俺に、この話を持ち掛けてきたのだろう。

 あまり報告をしていなかったが両親からも、アーネの動向を見るように言われていた。断ることもできたが、ダルノの話に乗ることにした。


 少女としてアーネを見ているとしても、彼女は渡りをしてきた貴重な魔力を持たない遺伝子を持つ人間だ。研究対象として見るのも面白いかもしれないと思えた。


 アーネとの交流はずっと続いていた。ダルノたちの計画に加わりながらも、次第にアーネを一人の女性として惹かれていることに気が付いた。

成人し、銀色のブレスレットを手に入れた。手元にある二つの銀色のブレスレット。同じパスワードでロックが解除されると思っていたが、現在の俺が考えたパスワードと、『成人した俺のブレスレット』はパスワードが異なっていた。

 周りがアーネと俺が交際していると勘違いしているようだった。実際は友人以上恋人未満の関係が続いていた。未来の俺もこうしてアーネに惹かれて付き合ったのだろうかと、ロックの解除されない銀色のブレスレットを見ながら考えていた。


 月日が経つにつれて、俺とアーネが結婚し子供が出来たら、どんな子供になるのだろうと考えるようになっていた。魔力を持たない子供が生まれるのだろうか、それとも俺に似て魔力を持った子供が生まれるのだろうか、それとも子供は生まれないだろうか。実験をするのも面白い。どちらにしろ、アーネの子供は可愛いはずだ。

 アーネと交流が始まり六年が経っていた。お互い告白らしいものはしていなくても、気が付けば男女の関係を持ちお互いを大切に思う存在になっていた。

大切に思うようになってからも、俺からはっきりと愛の言葉を言ったことはなかった。いまだに、アーネの生態をダルノたちや両親に報告をしていた後ろめたさがあった。正直この時、ドームの外にあまり興味が無くなっていた。それよりも、アーネに俺の子供を産ませたかった。

 結婚しようと言うと、アーネは嬉しそうにしながらも、兄たちが来るはずだからそれまで待ってほしいと言った。すぐに子供を作る気がないアーネを口説いても決意は固いようでどうにもならなかった。

 そんな時、ダルノがアーネの遺伝子と自分の遺伝子を組み合わせた、クローンを作っていると教えてきた。黒髪の少女を作り出すと意気込み調節しているという。

 今まで全く気にならなかったが、俺以外がアーネの遺伝子で子供を作り出す行為に疑問を覚えるようになった。クローンなので、アーネとは違うと分かっていても、アーネの遺伝子を汚しているように思えた。

 気に入らないものはすぐさま潰す。俺はクローン施設を潰すことを計画し、実験を上手く行かせないようにした。アーネの遺伝子記録を抹消し、別の人間の遺伝子記録とすり替えた。ダルノが作ろうと計画していたクローンデーターも破棄した。それ以降、クローン制作は失敗し続けるようになった。


 アーネが特別事故処理班のリーダーに就任し、もうすぐ兄たちが来ると、張り切るようになっていた。

 クローン計画は失敗だと、ダルノたちも諦めるようになっていた。その代わりに、渡りをしてくるアーネの兄と従姉に興味が移行した。俺としては、上手くアーネを誤魔化せれば、兄や従姉がどうなろうと気にならなかった。アーネの大切な家族でも、俺にとってはただの渡りの生物に過ぎない。


 アーネに銀色のブレスレットを、もって渡りをしてきた時の事を聞いたことがある。だが、アーネはそのことをよく覚えていないようで、どうしてそんなことを知っているの? と逆に聞かれてしまった。アーネは頭が悪いわけではなく、回転も速く処理能力も高い。下手に何か聞けば余計なことがばれてしまう。俺が裏で、アーネの生態を記録し報告していると知れば、二度と俺と関わりを持たなくなることは容易に想像ができた。やっと捕まえたアーネにまた逃げられるのは耐えられない。

 ばれないように、行動すしなければとそれから用心深く行動するようにした。


 七歳の頃からの日課の『成人した俺のブレスレット』のパスワード解除をしようとしている時、同じ屋敷で住むようになっていたアーネが不意に俺の部屋を訪ねてきた。

ブレスレットの存在に気が付かれると焦った俺は、ブレスレットをしたまま対応した。何気ない会話をした後、いつもの流れでベッドを共にした。疲れているらしいアーネは自分の部屋に帰らず、そのまま俺のベッドで眠りについていた。

 隣で安心した様子で寝ているアーネが愛おしく思えた。髪に唇を落とす。

「愛しているよ、アーネ」

 普段、言わない言葉を寝ているアーネに囁く。いつか起きている時に言えるようになる日が来るだろうか。


『ロック解除』

 銀色のブレスレットからモニターが飛び出した。今まで全く解けなかった『成人した俺のブレスレット』のパスワードが『愛しているよ、アーネ』だとは思いもよらなかった。あまりの出来事に腹を抱えて笑った。未来の俺は何を考えてこんな恥ずかしく馬鹿みたいなパスワードにしたのだろう。

 笑い声に起きたアーネに軽く口を落として、何でもないからと寝かしつけた。


 こんなパスワードなら、誰も解けるはずがない。現在の俺が未来の俺と同じ思いを持たなければ開くことのない、ブレスレットだ。

 中に何が入っているのだろう。寝ているアーネを寝室に残して、屋敷にある研究室で中身を見た。


 その内容を見て、愕然とした。

 最新の映像記録で、アーネが子宮だけ取り出されて死んでいるのが映っていた。

信じられない映像だった。死んでいるアーネから子宮を取り出し保存液に移しているのは、狂ったように笑っているダルノだった。場所は時空の歪を研究所だ。

その後ろに、俺がいる。俺の前にはアーネの兄と従姉の二人が魔法陣の前に倒れていた。生きているのか死んでいるのか判断できない。三人は微動だにしなく倒れている。俺が歪を生み出すシステムを起動させて、銀色のブレスレットを三人に投げた。わずかに、ダルノの怒鳴り声が聞こえるが、映像はそこで終わっていた。


 何がどういう経緯でこうなったのか、理解できなかった。なぜ、アーネが死んでいて、俺がアーネの兄と従姉をもとの世界に戻しているのか、わからない。混乱している頭を落ち着かせるように、最新の映像記録よりひとつ前に戻り映像を再生させる。


 歪を生み出す研究所で、アーネが気を失っている兄たち三人を背に隠し取り乱している。アーネを追い詰めているのは、俺とダルノが率いる渡りに興味がある人たちで結成した部隊だった。研究所までアーネたちは逃げてきていたらしく、逃げ場はない大人しくするんだと、俺とダルノが言っている。

「そんなに、魔力のない遺伝子が欲しいのなら私のを好きなだけ使えばいい! でも、三人に手出しをしないで!」

「この状況で逃げ切れると思うのか?」

「シュア、お願いよ、三人だけは見逃して、家に帰してあげて、お願い、私からの最後のお願いよ」

 泣きながら懇願するアーネに俺は何も言わない。代わりにダルノがアーネを嗤う。

「そんな願い誰が聞くか。お前ら全員一生モルモットなんだよ!」

 ダルノが持っている銃でアーネの足を撃つ。片足が吹き飛ぶ。アーネが防御シールドを張っていれば、血が噴き出る程度のはずの銃弾のはずだ。アーネの腕に注目するとブレスレットをしていなかった。ブレスレットをしていないアーネに勝ち目などない。大人しく降参するべきだ。映像を見ながら、手に力が入る。痛みにもがいているアーネがいるのに、なぜ映像の俺は何もしようとしていないのだろう。

 『愛しているよ、アーネ』などという、恥ずかしいパスワードを考えた映像の俺はアーネを愛しているのではないのか。

「シ、ュア、お願い、三人、だけは助けて……」

「馬鹿め、この計画は、シューアムが考えたものなんだよ!」

痛々しい姿のアーネは絶望した目で、俺を見つめる。

「君が、悪いんだよ」

「シュ、ア?」

「俺以外を選んだ。その罰だよ。俺の告白を振って他の男と結婚した、アーネが悪い。俺のものじゃないなら、要らない」

 映像の俺の言葉に驚愕する。未来のアーネは俺を振って他の男と結婚するのか!?

 信じられない。今さっきまで、俺の腕に居たのに、いなくなると言うのか。

「な、んで、あなたを、家族だと、思っていた、のに」

「家族だなんて、七歳で会った時から思った事はないよ。ずっと一緒に育ったのに、ぱっと出てきた男に君を取られた俺の気持ちがわかるかい? あんなに大切にしてあげたのに。裏切られたという顔だけど、俺の方が先に裏切られた」

 俺の言葉に違和感を覚える。七歳で彼女の存在を知ったが、会うという行為はしていなかった。家族などと呼ばれるように、一緒に育った覚えもなかった。

 考えている間に、映像は進む。アーネがナイフを取り出し、自分の喉に当てている。

「三人を、もとの世界に、戻さないのなら。ここで死ぬわ」

「いいよ、刺しなよ。命を絶っても、人の体はすぐには死なない。手早くいるところだけ取るから」

「酷い……」

 顔をぐしゃぐしゃにして涙を流すアーネを見ていられない。

「なんで、こんな風に、なっちゃったん、だろうね。ねぇ、シュア。私、あなたの事、好きよ」

「その『好き』は俺が求める感情じゃない」

「えぇ、そうね……。***、*******」

 アーネは自分の喉を掻き切った。噴き出る血を映像の俺は眺めていた。映像はそこで終わった。


 記録映像はまだいくつもあるが、見る気が起きなかった。信じられない光景の数々に、しばらく茫然としていた。それから、すぐに俺の寝室で寝ているアーネを見に行った。気持ちよさそうに寝ている、アーネを抱きしめた。強く抱きしめられて起きたアーネがどうしたか聞いてくるが、答えられなかった。ただ、今見た映像がこれから起きることではないと、そう思いたかった。

 アーネが死ぬ未来など、あってはならない。アーネの兄たちを追い詰めれば、アーネは兄たちを選ぶ。三人を無事に元の世界に戻し、アーネを死なせない未来に変えなければいけない。


 この『成人した俺のブレスレット』は別の次元の俺が、未来を変えるために送ったものだ。そう考えると納得がいく。別の次元の俺は、ブレスレットを持っていないアーネが渡りをしてきた次元だった。だから、渡りの少女アーネに興味がある両親が彼女を引き取り、俺と共に育てた。家族のようにアーネと一緒に成長したのだろう。別の次元の俺はアーネに狂おしいほど恋をして、振られて狂った。自分のものにならないのなら、必要ないと思うほどに、狂っていた。

 だが、アーネの願いを聞いて、『成人した俺のブレスレット』と共に三人をもとの世界に帰した。

 時間軸が狂っている歪に投げることで、別の結末につながることを願ったのだ。『成人した俺のブレスレット』を七歳の時に受け取っていなかったら、映像と同じ未来を辿ったのだろうか。そう考えると恐ろしかった。


 そこから、俺は何度も『成人した俺のブレスレット』を確認し、アーネが死ぬことのない未来を考え、計画を立てた。すでに巨大な組織化していた、ドームの外に興味がある部隊を解散させることはできなかった。

 だが、それらを排除する必要があった。アーネの身近な特別事故処理班の人から懐柔していき、スパイに仕立てることに成功した。すべては、アーネを死なせることのないための計画だった。


 やってきた、アーネの兄たちは、予想以上に馬鹿で、警戒心が強かった。それを利用しようとしたが想像以上に馬鹿だった。予備につけていたアーネを守る婚約指輪が作動した時は、本当に兄たちを縛ってどこかに閉じ込めておこうかと思った。そんなことをしたら、アーネが反発するのはわかっていた。だから、スバルにシステムバッチを着け、ドーム外に一度逃がし、余計な部隊の人間たちを始末する計画を思いついた。アーネがいない間に、残っているアーネを利用しようとしている人も手出しができないように、話をつける。

 アーネに関するデーターはすべて破棄をした。あとは、時空の歪を研究する施設を破壊するだけだ。俺の予測が正しければ、アーネはドーム外にある彼女が渡りをしてきた装置のある場所でスバルたち三人を元の世界に帰しただろう。ダルノたちが部隊を引き連れて行っているが、スバルに教えた、生物兵器を呼び寄せるシステムを使えば、彼らは襲われる。アーネたちは生物兵器に襲うように指示を出していない限り、魔力を持たないので狙われるはずはない。


 なぜ、時空の歪の研究所を破壊するというと、それはアーネが元の世界に帰ろうとしない様にするためだ。

 俺をスバルよりも大切と言ったのに、俺の言葉を疑う事もしないで、スバルについた。帰る方法をなくしてしまえば、アーネは俺の傍にいるしかなくなるはずだ。

 婚約指輪を叩きつけられたが、アーネが俺を信じられるように、という意味でもスバルにシステムバッチを埋めた。俺がアーネを守るために、行動していたと理解してくれるはずだ。そしてすべて、終わった時にドーム外に居るアーネを迎えに行けばいい。


 ここまで、計画通り進んでいた。



 時空の歪の研究所に到着し、施設を使えなくしようと思った。そこで、予想もしていなかった出来事が起きた。




 一機の戦闘機が時空の歪の研究所に、突っ込んできた。研究所の壁に突き刺さるようにして止まった戦闘機は、アーネが乗って立ち去ったものと同型機だった。


 まさか、アーネが乗っているのだろうか。ブレスレットを起動させて確認を取ると、モニターにアーネとスバルの生命反応が突き刺さっている戦闘機から確認できた。

 前方部分が突き刺さっている。あの状態で、大丈夫なのだろうかと思っていると、戦闘機が爆発した。熱風が巻き起こり、壁が破壊されて崩れていく。突き刺さっていた戦闘機が、壁からずり落ちて、地面に叩きつけられた。

 中に乗っていた二人は無事なのだろうか。二人の居場所を見ると、戦闘機が爆発する前に逃げることに成功したらしく、研究所内に居た。消火作業のロボットが出てきて、燃える戦闘機の消火に当たっている。俺は急いで、研究所内に入った。

 

 アーネがいることは予想をしていたが、スバルまでいることに驚いた。研究所内でも、戦闘機が突っ込んできたことに驚いて慌てた様子で、研究所のスタッフが事態の把握と収拾を図っていた。

 アーネたちは人に見るかる前にすぐに戦闘機が、突っ込んだ場所から移動していた。アーネの位置を研究所内の地図に浮かび上がらせて、追いかける。


 人気のない廊下で、怒鳴り声が聞こえてきた。

「馬鹿兄! 危うく死ぬところだったじゃない!」

「ごめん、いや、ほら、システムバッチもあるし、大丈夫かと思ったんだよ」

「使いこなせていないシステムの能力を過信しているんじゃないわよ」

「ごめん」

 アーネとスバルの声だ。二人とも無事のようだ。曲がり角を曲がり、二人を見つけた。その横にアンドロイドもいる。

 最後に会った時よりも二人の格好がボロボロだった。アーネの長い黒髪がバラバラに切られている。ダルノにやられたのだろうか。



「アーネ……」

 迎えに行こうと思っていたのに、こんな登場の仕方をするとは思っていなかった。ここまで来たと言う事は、すべてを察して来たのだろうか。

「……シュア」

 俺の姿を見て目を見開き驚いた。それから、顔を曇らせる。

「シュア、あなたに聞きたいことがあるの」

「何だ?」

「本当は何が目的なの?」

 どこまで、アーネは今起きていることを理解しているのだろう。『成人した俺のブレスレット』が記録していた映像については、言う気はなかった。

 

「君を守りたかった」

 アーネを死なせる未来を変えるためだった。

「なんで。そんな無茶をするの?」

 手放しに喜ぶとは思っていなかったが、辛そうに言われることでもない。

「政府を裏切ってあなたの未来はどうなるの?」

 そんなことを気にしているとは思わなかった。ドームの外に興味がある人たちで結成した部隊は、確かに巨大だ。両親も組織の一員で、他のドームにもいくつも似たような組織がある。でも、そんなものアーネに害を及ぼそうとするのなら、潰してやる。

「政府を敵に回しても、アーネを守りたかった。逃がすためとは言え、酷いことを言って悪かった」

 アーネがゆっくり近づいてくる。

「私の為に、今までのキャリアを捨てなくても良かったのに……」

「アーネがそばにいない人生なんて、つまらないよ」

「シュアを疑って、私こそ、酷いことを言ったわ、ごめんなさい」

「『地獄に落ちろ、クソ野郎!』って言って指輪を投げたね」

 アーネと別れた時の言葉を思い出して言う。さすがに、婚約者にそんな言葉を言われると思わなく傷ついた。もっと違う言葉を投げられると思っていなのに、別れの言葉がそれって。

 アーネはバツが悪そうに視線を泳がせる。

「ごめんなさい、あの時は混乱していて」

「いいよ」

 触れられるそばまで、アーネが居る。頬に触れて、無事であることに安堵する。それから髪を触る。

「切られたのか?」

「髪の毛はすぐ伸びるわ」

 アーネが、俺の手に手を重ねて愛おしそうに眼を閉じてから、それまでの甘い空気を一変させて鋭い瞳で俺を射ぬいた。

「それで、シューアム。あなた、なぜこの時空の歪を研究所にいるのかしら?」

 別の事に、勘のいいアーネは気が付いたらしい。ニノドームのはずれに位置する、この研究所に用事がある人間はあまりいない。研究所のスタッフぐらいしか、普段来ない。そこに、何の用事なのかと俺を別の事で疑っている。

 それに苦笑いする。

「君がここに来ると思ったんだよ」

 アーネはその言葉を疑っている。

「だよな。やっぱり、渡りを三人でするんだよ。彩音、覚悟決めろよ」

 後ろに居たスバルが、訳知り顔で頷いている。三人で渡りをするってなんのことだ。

「シュア、私が渡りをした時に持っていた銀色のブレスレットを知っているわね?」

 今まで忘れていたはずの、アーネがそのブレスレットの存在を思い出していることに驚いた。後ろにいるスバルを見ると、自分が思い出させたと得意げに笑う。余計なことを。


「あぁ。知っている」

「それに、私とスバルとシュアが、日本。私のもと居た世界に行くと示唆するものがあったの?」

 そんなもの、あのブレスレットにはなかった。何をどう勘違いしているのか、理解できない。

「あったに決まっているだろ。じゃなかったら、こんな場所に来ないって」

 な、と言って今まで見せたことのない友好的な笑みをスバルに向けられる。アーネは、心配そうな目を俺に向ける。

「それでいいの? この世界のすべてを捨てて、私の元居た世界に一緒に来てくれるの?」

 アーネの居た世界に行くと言う事を、考えたことはなかった。アーネが計算しているのは三人の渡りの計算式。俺と、アーネと、スバル。確かに人数はそろっている。この世界にアーネを残すよりも、アーネの世界に戻った方が危険はないかもしれない。魔力の持たない者たちがいる世界なら、アーネを実験道具にされることはない。

 違う世界に行くと言うのは、アーネと別れることに比べれば些細なことだ。

 それに、アーネの性格を考えれば、すべてを捨てて同じ世界に渡りをした俺に責任を感じて、一生離れることはない。

 

「アーネが一緒に行くことを許してくれるのなら」

「許すも何も、私はシュアが一緒に来てくれるのなら嬉しい。でも、成功するかわからない。失敗をして、時空の歪を彷徨ったら……」

「心配性だな。大丈夫だって。シューアムが持っているブレスレットが成功した証拠だろ。ほら、愚図愚図していると、他の奴らが着ちゃう。さっさと日本に帰ろう!」

 スバルの言葉に、アーネは心配そうにしながらも頷く。実際、成功するか俺にもわからない。

 時空の歪の計算式を俺も手助けして調節する。失敗は許されない賭けだ。

 第十二空間歪研究室の魔法陣の中に三人が立ち、システムの起動をアンドロイドが行う事になった。スバルが、アヤメも連れていけないかと、少し騒いだがオーバーテクノロジーを連れて行けば、世界の秩序が壊れると適当な嘘をついて黙らせた。



「では、マスター。皆様。いってらっしゃいませ」

 アンドロイドの幼い声と同時に、時空の歪を生み出すシステムが起動し、その場から俺たち三人は消えた。


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