二十九話
私がこの世界に来た場所は時空の歪が生まれやすい場所として、三メートル四方で百四十センチほどの高さの四角い装置が置いてある。その装置でニノドームにある空間歪研究所に歪を強制的に送っていた。
戦闘機を飛ばしてその場所に向かう。何度も私は行ったことがある場所で、その装置の設置も実は私がやったものだった。装置のそばに着陸させると、まず私が降りてその場に不審なものがないか確認を行った。
ドームを抜け出してきてからすでに二日経っている。過激派だって馬鹿じゃないなら私がここに来るだろうと予想するだろう。
誰か来た様子はなかった。油断はできないが、すぐに歪を調節する準備を始める。手始めに、この四角い装置を起動できないように細工を行う。
ドームの人もここには来たことがあるので、細菌兵器などが埋まっていると言う事もないので、四人に戦闘機から降りても大丈夫だと伝えた。あらかじめ戦闘機にある機械を調節してあるので、それを一緒におろして場所を整える。
「大体こんな感じでいいと思うわ」
四角い建物のそばにレーダーを置いて空気圧が調節できるように、ブレスレットのシステムを確認する。乾いた地面には三人が立つ場所がわかりやすいように棒で丸く円を描いた。計算式は完璧のはずだ。
あとはこのシステムを送信すれば同じような歪を生み出すことができる。
「これで、大丈夫なの?」
陽菜が丸い球体のレーダーを不思議そうに見ている。
「えぇ。大丈夫だと思うわ」
「ねぇ、彩音ちゃん一緒に帰ることはできないの? やっぱり彩音ちゃんも、家に帰ろうよ!」
「ごめんね、それはできないの。私の代わりに、お母さんやお父さんによろしく伝えて。これ、私が書いた、両親への手紙なの渡してほしい」
私は昨日の夜、戦闘機には紙はおいていなかったので、昴が私の手に巻いてくれた青いハンカチに両親宛の手紙を書いた。六歳だった私はひらがなと、簡単な感じしか書けなかったので、ちょっと読み難いと思うけれど、私の精いっぱいの言葉をそこに書いた。
昴はハンカチを握りしめて、頷く。
「必ず渡す。彩音は、この後どうするつもりなのだ?」
「それはもう決まっているから心配しないで。ドームの外をラッテと一緒に旅をするの。きっと古代の遺跡とかいろいろ楽しいものがいっぱいあるわ」
「この枯れ果てた土地で、生きていけるの? 食べ物や水は汚染されていないの? おなか壊したりしない? 寝るところだって、ずっと小型飛行機で生活するの?」
愛美が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫よ。この戦闘機にはいろいろ乗っていて、水を洗浄して飲めるようにできる機材もあるの。だから大丈夫だし、食べ物だって何とかなるわ。この戦闘機ね。太陽光発電ができるのよ、だから安心して」
私が言うと、愛美と陽菜がほっと息を吐いている。でも昴は私の事を疑い深い目で見つめていた。今言ったことに少し嘘が混ざっていると気が付いているのかもしれない。
この戦闘機、太陽光発電は確かにできる。でもそれは燃料とは別の物だ。この戦闘機はあと一日ぐらいで飛べないただの鉄の塊となるだろう。水を洗浄する機材は本当にある。でも食べ物はこの枯れ果てた土地にあるかどうか、わからない。生物兵器が生き延びている世界なのだから、何か食料になるものは生えていると思う。確たる証拠は何一つないが、あると信じていないとやっていけそうにない。
それに、私の事を心配で帰らないと昴が言い出しそうなので、私は明るく大丈夫だと笑いかけた。
「じゃあ、システムを起動させるわね。みんな元気で」
「もう起動させるの? まだもうちょっと、一緒にいてお話しようよ!」
愛美が私の手を掴む。
「何かあってシステムを起動できなくなったら嫌だから、それに、いつまでもこうしていたら別れられなくなっちゃうわ」
私は愛美の手を軽く握り返してから、離した。陽菜の肩に触れて元気でと声をかける。昴には、もう一度お母さんたちによろしくと伝えて、三人を円の中に立たせた。
何度も、一緒に帰ろうと言ってくる三人に、無理だと答える。
「三人にもう一度あえて私は嬉しかった。私の分まで親孝行するんだよ」
システムを起動させようとした。だが、そこで大きな地震を感じて、私たちは驚いた。
「地底魔法よ」
ラッテがいち早く行動して、呪文を唱え始めた。驚いている私たち四人の周りの揺れが治まった。
「え、魔法って言った?」
「魔法!?」
「あるの? 本当に魔法?」
昴たちが円の中でお互いを抱きしめながら驚いている。魔法は存在する。最初に科学と魔法が融合した世界だと教えたはずだ。
ただ、ドーム内での魔法は使用が厳重に禁止されていた。戦争で荒れ果てた土地は、魔法対戦のせいでもある。もちろん、兵器による破壊行為も原因だが、魔法が自然を破壊することに拍車をかけた原因だと授業で習った。
魔法というものは、習得されることはなくなって久しい。現代日本における、剣術とかそんな感じだと思う。使う必要がなく科学が発達したので、魔法というものは趣味で習得する程度だ。科学の発展に魔法式を取り入れているものもあるらしいが、それでも魔力を使う事が禁止されているのであまり必要とされるものではなかった。
ドーム外での魔法の使用制限はされていないので、好きなだけ使う事が出来る。
「アーネリーダー、久しぶりだな。あぁ、もうリーダーではないのだからアーネと呼ぼう」
平地で隠れる場所などどこにもなかった場所から、生物兵器対策班の司令が現れた。少し後退した黒い髪をオールバックにしている彼の後ろには六人、手には銃を持っている。
周囲に素早く目をやると、すでに小隊が四つ、私たちの四方を囲っていた。戦闘機からも人が居ないことを確認していたのに、何処から湧いて出てきたのだろう。地底魔法と言っていたから、もしかしたら、地面に隠れていたのかもしれない。
シュアがいるか確認もしてみたがいなかった。少しだけほっとする。シュアには会いたくない。
さらに私が話そうとしたら、誰かが銃をこちらに向けて撃ってきた。私はブレスレットをしているので防御シールドを展開させて四人を守るように立つ。だが、私のシールドを銃弾はすり抜けた。私には当たらなかった。
でも、私のすぐ横に立っていたラッテの横腹に当たり、血が噴き出した。
「ラッテ!」
昴たちが円から出ようとした。三人に動かないでと、叫び動きを停止させた。こんな大人数に私がかなうわけがない。
血を出して地面に崩れるラッテに視線を移すとラッテは微笑んでいた。ラッテは私の足を掴み何か、口の中でつぶやいた。戦闘機に戻れば治療セットがある。今すぐラッテを治療したい。でも、いくつもの銃が私たちをとらえていた。動けなかった。
吐血しても微笑んでいるラッテを見るのが辛かった。
「アーネ、そんなに睨まないでほしいな。絆された裏切り者は処刑されて当然だろう」
余裕な笑みを浮かべる、生物兵器対策班の司令を睨むのをやめて、私は笑いかけた。
「生物兵器対策班の司令、私あなたに贈り物があるのよ」
私の笑みに生物兵器対策班の司令は眉をひそめた。私は二つのシステムを同時起動させた。
一つは、生物兵器対策班の司令が訓練生時代に、私の髪の毛を訓練中に切って笑っている映像。
大画面を四つ作り出し誰もが見やすいように、さらに音量も最大にして聞きやすいようにしてある。画面の中では、生物兵器対策班の司令が私とナイフの実践演習をしている姿が映しだされている。私の服を笑いながら刻んでいき、私の背後を取ると長い黒髪に頬ずりをした。
そこで私を取り囲んでいる過激派の部隊の人たちが、どよめいた。二十歳の若かりし生物兵器対策班の司令は三日月型に目を細めて『この柔らかさ、このつや、これが本当の黒髪なのか』と囁いて笑っている。映像の私も硬直してドン引きしているが、過激派の部隊の人たちもドン引きしているのがわかる。それだけではない、このドン引き映像はまだ続きがある。
生物兵器対策班の司令が慌てた様子で私の出した画面に干渉しようとして映像を止めようとしているが、映像は続きを映しだす。『素晴らしい!』ひねりあげられた腕の服を捲りあげて、そこから生えている腕の毛にも頬ずりをした。『あぁ、ここも黒いの、眉もまつ毛もすべて黒い、下の毛も黒いのか確認してみたいな』耳元で囁かれている私がドン引きを通り越して身の危険を感じて、もがいている。
過激派の部隊の人たちが、白い目で生物兵器対策班の司令を見ていた。変質者を見つけたような目だ。まぁ、どう考えても黒毛フェチの変態だ。それから私は股に手を伸ばす生物兵器対策班の司令の手を持っていたナイフで突き刺した。痛がるが次の瞬間私の長い髪を、ナイフで切った。訓練中は動きやすいように三つ編みに結っていた私の髪を血が流れている手で握り締めて笑っている。『あぁ、黒髪素晴らしいぃ』頬ずりして、手を切られたことなど忘れているように黒い髪に夢中になっている。床で彼の様子を私はドン引きして眺めているが、若き生物兵器対策班の司令は私の眼なの気にせず黒髪に夢中になっていた。
過激派の特殊隊と、生物兵器対策班の司令との間に大きな溝ができたようで、慌てて弁解している司令を白い目で見ていた。
「アーネ! あれは俺とお前の二人だけの秘密だと言っただろ!!!」
怒鳴り散らす生物兵器対策班の司令。確かに映像では私の腹を踏みつけて、この事は他に漏らすなと口止めしている映像も映っている。言ったら、次は陰毛をむしってやると笑っている変態映像だ。誰がそんなこと守るか。
「喜んでもらえてよかったわ」
「くそぉぉぉぉ!」
変態だとばらされたのがよほど嫌だったのか、顔を真っ赤にさせて憤慨している。そして、私を睨みつけてほかの事にやっと気が付いたらしい。
「アーネ! 渡り二人と、裏切り者をどこにやった!」
私は不敵に笑おうと思ったのに、顔が硬直する。今、何と言った?
私は、二つのシステムを起動させた。もう一つは時空の歪を生み出すシステムだ。過激派の皆さんが夢中になって画面を見てくれていたので、誰も時空の歪が生まれていることに気が付いていない様子だった。
私がその場を見たらほかの人たちも注目してしまうので、その瞬間に視線をやることはできなかったが、システムがちゃんと起動している感覚はあった。三名転送完了という文字が私の眼には入ってきていた。だから、三人は無事に日本に帰ったのだろうとそう思って、振り返りもせず、過激派の部隊の相手をしていた。
私は後ろを振り返る。すると地面に血の跡が引きずられて、円に向かっていた。
愛美と、陽菜と、ラッテはその場から消えていなくなっていた。そして、円の少し横に生物兵器対策班の司令を、今まで見たことのないほど怒りをあらわにして睨みつけている昴が立っていた。




