二十六話
口の中が乾いて、めまいがする。目を開けると、私を心配そうに見る昴、愛美、陽菜、ラッテ四人と目があった。
周囲を見渡して、戦闘機の中の座席に座っていたと知ると落胆した。
起きていることが、すべて夢だったらよかったのに。現実で起きたことなのだと、いつもしていた右手の婚約指輪がないことで思い知らされる。
『いつからといわれても、俺は初めから、こちら側の人間だよ』
私の予想は当たっていた。すべて、計画だった。ただいいように利用されて、それに気が付けなかった。
真実を問う私に、シュアは『アーネを愛していると一言も俺は言ったことはないよ』と笑っていた。
あの微笑が頭の中から離れない。
確かに、言われたことなんてなかったと、言われて初めて思った。告白らしいこともなく、自然に付き合っていた。プロポーズも愛していると言われたわけではなかった。
でも、ずっとそばにいて、生活していた。言わなくても、やさしく微笑む表情や、熱のこもった瞳に見つめられ、大切に守ってくれている彼を見ていると、私の事を愛してくれているのだと、そう思っていた。
『奥さん』
とシュアに呼ばれるたびに私は安心していた。まだ、結婚していなくても、近い将来そうなるのだと、私は彼のただ一人の人で、彼は私のただ一人の人だと思っていた。
私は、大好きだった。本当に、故郷に帰ることよりもそばに居ようと思えるほど愛していた。すべてが偽りで、計画のために私の婚約者役を演じていただけだと、言われた。
『アーネ。君がこちらにつくのなら、俺はかまわないよ。今まで道理なにも変わらない生活を俺が保証する』
手を差し伸べて私に微笑むシュアを睨みつけた。何でそんなことを馬鹿正直に言うのだろう。騙すのなら最後までわからないようにうまくやってほしかった。
何も知らないままなら、シュアに裏で実験道具のように扱われていても、私は知らぬまま偽りの幸せに浸っていられた。
でも、知ってしまったなら、私は抵抗するしかない。私だけなら、彼のもとに行ったかもしれないが、今の私には守らなければいけない昴たちがいる。私が、抵抗しなければ、彼らも巻き添えになる。差し伸べられた手を、掴みたかったが、それだけは出来なかった。
今まで信じていた物がすべて崩れて消えてしまった。願っていた幸せな未来も、すべてなくなってしまった。
残ったものは。
「アーネ」
私を心配そうに見てくる四人に力なく笑う。今、やらなければいけないことは、彼らを日本の家に無事に帰すことだけだ。シュアの事を考えていても、昴たちを家に帰せなくなる。今は、昴たちの事を考えよう。
そう思うけれど、私にとってシュアと過ごした時間の方が日本に居た時よりも長い時間だった。簡単に忘れられるはずもなく、頭の切り替えがうまくできない。
昴たちが熱心に今の状況を教えてくれるけれど、私は気を抜くと今にも泣きだしそうで、昴たちの事を考える余裕がなかった。
「ごめんなさい、少し外の様子を見てくるわ」
私は昴たちに戦闘機の中にいるように言ってから、外に出た。一人になりたかった。少しだけ、もう少ししたら昴たちのことを考えるだけの余裕ができると思う。
戦闘機を降りると、見渡しのいい草原だった。こんなところに、降りて見つけやすいだろうと思うけれど、周囲を見渡しても何かいる気配はない。土は渇き、枯れているかのような草が生えている。
戦闘機から離れるのは危険なので、そばに腰を下ろして息を吐いた。太陽の見えない灰色の雲を見て、涙がこぼれてきた。シュアに言われた言葉が頭の中を駆け巡り、離れてくれない。今までの思い出が頭に浮かんで離れない。
次々流れる涙が隠れるようにうずくまり静かに泣いた。




