二十五話
戦闘機の中で私たちは途方に暮れていた。
私、元谷陽菜は従兄の昴を用心深く見る。この世界に来てから、何を行うのにも彼が先頭に立って計画を立てて、突き進んでいた。施設から逃げ出す時も、彩音ちゃんが住んでいる屋敷から逃げ出そうとした時も、ラッテが飛び降りようとした時も、誘拐されそうになって逆に車を乗っ取った時もすべて、昴の提案で私と愛美は動いている。
昴は短絡的な行動をとることが多いが、それでも意外に物事をよく見て動いていた。施設から出てすぐに、私たちを置いて女の子を助けに行くと言ったときはさすがに驚いた。
あとで、なんで私たちを置いていったのか聞いたら、昴はすまなそうに自分の妹と重なったから言っていた。大人の彩音ちゃんではなく、子供の私たちがよく知っている彩音ちゃんは良く泣く子供だった。我儘な子供で自分の思い道理にならない駄々をこねて、それでいてこっそり実行して私たちを困らせていた。
だから、とにかく助けなきゃと思ったという。
昴の気持ちはよく分かったけれど、私と愛美で置いていかれてからどれだけ大変だったか、散々文句を言ってあげた。
昴はどうするつもりなのだろうと視線をやると、この戦闘機がどれだけ飛べるのか、着陸する場所の条件などを確認しようという。昴は操縦席のアヤメに話しかけに行った。言葉は通じないのに、どうするつもりだろうと見ていると手振りで何とか意志疎通をしているようだった。
これから、どうするという話は、彩音ちゃんが起きるまできそうになかった。
へたに飛び続けて燃料切れになったら身動きが取れない。安全地帯があるから、そこに着陸して様子を見ることにした。
ラッテも含めて、みんなでこれからの事を話す。食料や水はラッテが戦闘機に置いてあった非常食を見つけてくれてそれを食べた。
彩音ちゃんのあの様子からして、シューアムさんとはいい話し合いをしていない。決裂して別れた感じがした。戦闘機をジャックして逃げてくるほどの出来事が起きた。
この世界に来てから持っていた手帳に何が起きたのか書いている。それに彩音ちゃんの道言も書いていた。もう日本に帰るつもりのない彩音ちゃんの事を少し手も記して形で残しておきたかった。麻紀おばさんに話す時に、この手帳を見せようと思っている。
その手帳をみんなで見直しながら、今までの事を話した。
来た時、彩音ちゃんは『科学と魔法が融合した世界』と言っていたのに、まったくもって『魔法』が出てきていない。ドームの中では魔法と思えるような科学が発達していたが、呪文や魔法陣とか私が想像している魔法を見ていない。
ちょっとだけ、魔法にあこがれていたのに少し残念に思った。昴たちもそれは気になっていたようで、魔法というものが形を変えたのが科学なのではないかと仮説を立ててみた。
「でも、もし魔法が科学だとしたら、アーネも魔法を使えることになるだろ? アーネは魔法を使えないって言っていたんだから、それは変だ」
昴が否定する。
「それもそうだね」
「そもそも、本当に細菌兵器っていうのが、ドームの外にあるのか? この戦闘機の扉を開けたら、それで俺たち全滅するのか?」
「わかんない。開けてみないと……」
「開けてみる?」
「*****!」
昴の言葉にアヤメが反応をしめして、ダメだと言っているように首を横に振る。
「わかった。本当に何かあったらやばいから。開けない。少なくとも、アーネが起きるまではこの戦闘機内に待機するべきだな」
「そうだね」
「でも、アーネはドーム外に落ちても平気だったんだよね。なんでなんだろう?」
「あ、愛美」
彩音ちゃんがドーム外に落ちたとこと言ったら、彩音ちゃんも渡りだって教えているものだ。彩音ちゃんとの約束で、昴には内緒だと言ったのに。
愛美は私の視線を見て、しまったという顔をした。でも昴はその様子を見て困ったように首をかく。
「あのさ、気づいているから俺。アーネは彩音なんだろ?」
「え!」
「うそ、いつから気が付いていたの!?」
昴は呆れたようにため息をつく。
「身内が気づかないわけないだろ。最初見た時から、母さんに似てるし、彩音を大きくしたらこんな顔だろうって思ってさ。でも他人のそら似ってこともあるだろうし、二十八って言っていたから、彩音のわけがないと思っていた。でも、屋上から落ちた時、思いっきり日本語で会話できていたし。さすがに気が付くよ」
「そうだったの? じゃあ、なんで言わなかったの?」
「彩音が言うまで待っていた。でも陽菜や、愛美の様子が病院で寝てから変わっただろ。無条件で彩音の言う事に従っているっていうか、それで陽菜たちには言ったのに、俺には言わないんだなって。六歳の彩音がこの世界でどんな生活してああなったんだろうって思うと、簡単に聞けないし」
私たちの中で、彩音ちゃんは六歳の時の印象が強い。あの我儘で泣き虫だった彩音ちゃんが、落ち着いた大人の女性になるのは想像ができなかった。知っている人もいない中で、想像もできないほど大変だったに違いない。
「それに、今幸せそうならそれでいいのかなって思ってたから、気が付いていないふりをしていた。でも、何度も彩音って呼ばれているのを無視するのは結構、つらかったな。あれで気が付いていないって信じてるなんてさ、俺の事馬鹿だと思ってんのかな、彩音」
「多分そうだと思うよ」
「うん。彩音ちゃんたまに昴の事、呆れた目で見てたし」
私と愛美が素直にそういうと、昴は不服そうに軽く二人の肩を叩いた。
「ひどいこと言うなよ。俺が持っている、とっておきの情報お前らに教えないぞ」
「え? なに?」
愛美が聞くが昴は機嫌を損ねたようでふんと、顔を横に逸らす。面倒な従兄だ。
「昴はちょー頭のいい自慢の従兄だわ」
「ほんと、頼りになる、昴カッコいい」
「お前ら、棒読み過ぎるだろ」
軽く笑いあった。私たちのお決まりの会話のようなものだった。途方に暮れて、緊張していた私たちの空気が少し和む。
それから昴が持っている、とっておきの情報を聞いて、私たちはこれから自分たちが起こすべき行動を考えて話し合った。
彩音ちゃんが目を覚ましたのは翌日の昼頃だった。あと一日で私たちは日本に帰られなくなる。




