二十四話
「アーネどうしたんだろう?」
わたし、久我愛美は小型飛行機の中から、彩音ちゃんの様子を見ていた。怪しげなホテルからの脱出劇のあと、ビルの屋上に小型飛行機が着陸した。わたしの従妹の彩音ちゃんは、私たちにここから降りないように、言ってから自分は降りて何か話をしているようだった。
ゆるく波打つ肩まで伸びる黒髪の彩音ちゃんの前には、彩音ちゃんの婚約者の銀髪のシューアムさんがいる。びしっと着こなした紺色のスーツの上に白衣を着ていて、屋敷で見た時のようなラフな格好ではない。
彩音ちゃんが何か話しかけているが、日本語じゃないために、私たちにはわからなかった。
「どうする?」
彩音ちゃんの後ろ姿しか見えないので、表情は見えない。かわりにシューアムさんの微笑む姿は見えた。
「私はここにいるべきだと思う」
隣に座っている、陽菜はいつも持ち歩いている手帳に何か書きながら言った。
「俺も、今動くべきじゃないと思う」
昴まで陽菜に同意する。いつもの昴なら、彩音ちゃんの様子を見に行こうとか言うはずなのに何か変だ。
いまだに片腕のないアンドロイドのアヤメは立ち上がり、操縦席の方へ移動し始めた。どうしたのだろうと様子を見ていると、空席になっている操縦席に座り何か操作を始めた。
「え、大丈夫なのあれ?」
「アヤメ、運転でもするつもり?」
陽菜が話しかけるけれど、アヤメは日本語が話せないようで、こちらをちらりと見てから、紫色の瞳を細めて愛らしく笑った。
運転できるという笑顔なのかな。ラッテの方を見ると、落ち着きのない様子で周りをきょろきょろ見ていた。ずっと寝ていたから今の状況が理解できないのかもしれない。わたしもこの状況がよくわからないけど。
シューアムさんと彩音ちゃんはまだ何か話をしていた。
「***********!」
彩音ちゃんが何か叫んだ。びっくりしてみると、彩音ちゃんが何かを地面に叩きつけた。そして、それが急にまばゆく光った。
目がジンジンする痛みに、目を腕で隠すけれど漏れてくる光で体が硬くなり動けない。
「行くよ!」
彩音ちゃんが、小型飛行機に飛び乗ると、同時にアヤメが小型飛行機を発進させた。急に動き始めて体が大きく揺れる。いまだにちかちかする眼を、何とか開けてみると、彩音ちゃんの周りに八つの半透明のモニターが囲っていた。そのモニターにはせわしなく数式らしきものが現れては消えてを繰り返している。この光景、車で逃げている時と同じだ。
彩音ちゃん曰く、追ってこられないように周りのシステムを妨害するためにやっている行為だと言っていた。
いまもそれをやっているのかもしれない。
彩音ちゃんは、アヤメが座る隣の操縦席についてまた何か操作を始めた。わたしにはわからない言葉で、次々とモニターに指示を出している。
「ね、どうしたの? 何があったの? シューアムさんは? どこに向かうつもりなの? 大丈夫なの?」
「危ないから何かに捕まって!」
彩音ちゃんが言うと、小型飛行機が大きく揺れた。
「****!」
何か悪態をつくように彩音ちゃんが吐き捨てるように言う。
「なんか、ビーム光線がこっちに向かってきているよ!」
「今避けるから、揺れるよ!」
右へ左へと小型飛行機は大きく揺れた。座っているわたしたちも、シートベルトはしているけれど、体が左右に揺らされて頭がぐらぐらする。ジェットコースターに乗っているようで、心臓がばくばくと大きく音を立てて主張している。怖い。
サイレンのような甲高い音が小型飛行機内に聞こえて、照明が赤く色を変えてチカチカと点滅を繰り返す。
小型飛行機の操縦席から見える外に、ぎょっとした。彩音ちゃんは小型飛行機を空に、ドームにぶつけようとしている。
衝突する。
「頭低く衝撃に備えて」
小型飛行機が揺れる。それと同時に、目の前の壁にミサイルのようなものがぶつかった。破壊音が聞こえて、また揺れる。怖い、何が起きているのかよくわからないから、本当に怖い。がたがたと体が震えて、隣にいる陽菜の手を掴んだ。陽菜も怖いようで一緒に震えている。
二人で悲鳴をあげてこの恐怖が終わるのを待つ。
彩音ちゃん何をしているの? 何かするならお願いだから、先に言ってほしい。
もう一度、大きく揺れて。固く目をつぶる。ジェットコースターなんて比べものにならない!
彩音ちゃんが運転する小型飛行機なんてもう絶対乗りたくない!
しばらくすると、赤い照明が通常に戻り、サイレンのような甲高い音が無くなった。揺れもおさまり、周りが静かになった。
「もう、大丈夫よ」
彩音ちゃんが、操縦席から出てきてわたしたちのところまでやってきた。
「操縦は大丈夫なの?」
陽菜が言う。
「ええ、いま自動運転に切り替えたから。それにアヤメに操縦を頼んであるから大丈夫よ」
「アヤメって飛行機の操縦もできるのね」
アンドロイドってすごいな。そう思って言ったのに、彩音ちゃんの表情が曇る。
「普通はできないでしょうね。面白がって、いろいろなデーターを入れたから、できるのよ」
「そうなんだ」
「アーネさん何があったの?」
陽菜が心配そうな顔で、彩音ちゃんを見た。私も気になっていた。
「さっきドームに向けてミサイル撃っていたよね? ここはどこなの? これからどうなるの? シューアムさんは?」
彩音ちゃんの顔から表情が消えた。どうしたんだろう? いつも、凛として優しいのに、何だか様子がおかしい。
「アーネ?」
「ここは……」
彩音ちゃんが揺れて、その場にばさりと音を立てて崩れて倒れてしまった。びっくりして、椅子から立ち上がり彩音ちゃんに近寄った。
「アーネ!」
昴がいち早く彩音ちゃんの横に来て、彼女の様子を見た。顔色が真っ青で死んでいるように見えて怖かった。揺さぶると、小さく声をもらした。昴が首に手を当てて脈を取る。
「気を失っているみたいだ」
地面に倒れた彩音ちゃんを椅子に座らせた。それから、昴がきっと緊急用の手当てセットがどこかにあるはずだと言って、みんなで探した。でもそれらしきものがよくわからない。使い方のわからない箱や、手のひらサイズの丸い瓶があるけれど、それが何なのかわからない。
ここにきて、自分たちがこの世界の物をまだよくわかっていないことが浮き彫りになった。ほとんど日本と同じものばかりだから、違和感なく生活していたけれど、やっぱり、違う世界で、技術が違うのね。
「ラッテ、アーネが震えているんだ、防寒用のシートとかマットとか体を温めるもがどこにあるかわからないか?」
昴がラッテに話しかけて手振りで、ほしいものを伝えると、ラッテも一緒になって小型飛行機内を探し回った。そのうちラッテがビー玉サイズの丸いボールを持ってきた。
ラッテが彩音ちゃんのそばでビー玉を指ではじくともこもこした銀色の布があらわれた。
「すごい!」
もこもこした布を、ラッテが彩音ちゃんにかけてあげた。彩音ちゃんはまだ少し震えていて、顔色が悪い。
「病院に連れていくべきだよね」
「病院って、ここからどうやって行くの?」
「シューアムさんに連絡をして、」
「ダメだ。今、ここがどこだかわかっているだろ。ドームに穴開けて、戦闘機で逃げてきたんだ。ここはドーム外ってところだ。さっきの様子を見ていただろ、アーネはあいつから逃げてきたんだ」
「ドーム外って危険がいっぱいだって、アーネさんは言っていたよ」
「あのままあそこにいるよりは良いって思ったんだろ」
「でも、病気だったらどうするの? 先生に見てもらわないと、アーネはよくならないかもしれないよ?」
頼りにしていた彩音ちゃんが倒れて、わたしは不安だった。なにがどうなっているのかさっぱりわからない。急に倒れちゃった彩音ちゃんの様態が心配だ。病気だったらどうしよう。怪我はしていないけれど、震えて青ざめたままだ。具合が悪かったら病院へ、っていうのが普通なのに病院に行けないなら、彩音ちゃんはどうなるんだろう。怖い。
「たぶん、疲れて寝ているだけだと思う。アーネさん昨日も夜遅くまで起きていたし」
陽菜が彩音ちゃんの様子を見ながら言う。陽菜がつけている彩音ちゃんの様子日記に寝たと思われる時間がかかれていた。一昨日も遅くまで話をして起きていたら、彩音ちゃん寝られていなかったんだと思う。
「じゃあ、ちょっと様子を見てみよう」
彩音ちゃんのことが落ち着くと、その次に気になるのはこれからの事だ。
「私たちこれからどうなるんだろう。ドーム外ってことはどうなるの? ドームの研究所からじゃないと、私たち家に帰れないって言ってなかった? ドームの外に来ちゃったら、私たち帰れないんじゃないの? あと二日で、七日目なのに家に帰れなくなっちゃうよ」
わたしの質問に誰も答えられなかった。




