二十一話
車を走らせながら、この事態の原因を考える。
昴たちを誘拐したいのなら、機会はいつでもあったはずだ。スライムに襲われた後、昴たちを病院に連れていく車などで攫えば、私も気づかず簡単だったはずだ。それをなぜ今やる?
ラッテが言うには私は監視されているという。誰が何のために私を監視する必要があるのだろう。私も渡りをしてきた人だが、この二十二年間特に何もなかった。
ラッテの口ぶりだと、彼女は私を知っていた。それも、恐らく夜にドーム外に落ちたという話をしてから、私を誰だか理解したようすだった。ラッテと私が接触したから強硬手段に出た?
でもそれだって、反応が遅い。夜に病院へ昴たちに会いに行ったのは知っているはずだ。その前にラッテや昴をどうにかすればいい話だ。
あぁ。ラッテは自殺させられたのだから、どうにかしようとはしていたのか。
昴たちの行動は、ラッテに自殺を指示した人も予想外だったのだろう。そして、私がブレスレットを使い彼女たちを助けたことも、予想外だった。
私が、ラッテや愛美、陽菜と一晩共にし、シュアも来てくれて昴と一緒にいてくれた。誘拐する隙を彼らに与えなかった。
車に昴たちだけの乗った、今が絶好の機会と思ったのかもしれない。
ラッテは何か事情を知っている。今は電気ショックで気を失っているが、起きたら何が何でも聞き出さないと。
後部座席では、愛美と陽菜がこれからどうしたらいいのだろうと騒いでいる。
「アーネ、ホーク取らなくていいのか?」
昴の興奮は収まったようで、私の手の甲に刺さったままのホークを見て言う。
「あぁ、結構深く刺さっているから、運転中に取れそうにないわ。昴とってくれない?」
私は刺さった右手を昴の方に差し出す。昴は一瞬、固まったが、ポケットからハンカチを取り出してから、一声かけてホークを引き抜いた。あふれてくる血を、出していたハンカチで止血する。水色のハンカチは手洗いにうるさい母がいつも、服のポケットに入れるように言っていた物だ。かすかに記憶にあるハンカチと同じで、懐かしいと思う。
「ありがとう」
「大丈夫?」
「えぇ。少し痛いけれど、支障はないわ」
特別事故処理班のブレスレットの発信機能は先ほど停止させた。アヤメの映像も特別事故処理班に送るのをやめている。シュアに連絡を入れるべきなのだろうけれど、もう少し安全な場所に行ってからの方がいいだろう。
なにせ今は、いくつものシステムを使い車の発信機をごまかし、車両も外から違う車に見えるように擬態を繰り返しおこない逃走中なのだ。
ついた先は、歓楽街の裏路地だ。四人を車に残し、立っている黒服の男に身に着けていた、イヤリング、指輪、ネックレスを渡し通行料を支払う。
鍵をかけずに車から、昴、愛美、陽菜と気を失っているラッテを肩に乗せたアヤメの四人と一体降ろさせて少し歩き、マンホールを開けて下に降りる。鍵のかけていない車はおそらく十分と経たないうちに盗まれるだろう。たとえ、車両泥棒が発信機の類を取り外したとしても、私が細工をしてあるので盗難車両としておそらくすぐに捕まるはずだ。車内には私からのメッセージを残してある。
『親族を私の許可なく連れていく事は容認できません。安全の保障と、すべての説明をしてもらえない限り身を隠します』
昴たちの強制連行を指示したのが、生物兵器対策班なのかはわからない。とにかく、なにから身を守る必要があるのか知る必要がある。
マンホールの下は、下水が流れているわけではない。ドームを建設するときに、地下から基盤を作りドーム型の巨大な都市を作る。建設当初使っていた、作業員の生活スペースがあるのだ。通常は通行を禁止しているが、歓楽街の裏路地のここはマフィアの領域なので、警護官などは普段立ち入らないし、特殊隊も存在は知っているが入ることはしない。マフィアを敵に回すと恐ろしいのだ。
ここで身を隠すわけではない。こんなマフィアの巣窟に未成年を連れて歩く事は、本当は避けたいが彼らだけにするわけにはいかないので今は仕方がない。
情報収取とブレスレットの改造と必要になるシステムをインストールする。それに私の恩師がここに住んでいるのだ。恩師は顔が広いく、懐も広い人だ。もし何かあったら、自分を頼るようにと常日頃から言ってくれている。それを頼ることにする。
私のブレスレットが壊れていなければ、こんなことしなくても済んだのだが仕方がない。ちょっとした裏の商店街になっている場所を昴たちは興味深そうにきょろきょろと視線を向けていた。
「マ、ナ、ミ」
横から黒い服の男が飛び出てきて、愛美に抱き着いた。反射的に銃を向けそうになるが、後ろに護衛と思しき体格のいい男が四人居た。さらに、私が銃に手をやりそうになる動きで、店中の人が敏感に反応していたのが見えて、動きを止める。
ここは、マフィアのテリトリー。銃など出したら、こちらが蜂の巣にされるだろう。
「きゃあぁ!」
突然抱き着かれた愛美が驚いて、抱き着いてきた黒服の男に強烈な肘打ちを食らわせた。げほっと息を吐き出す男は、何処となく嬉しそうだ。
完全に変態だ。
愛美を抱き着いた男の性癖を理解しているのだろう。護衛らしき男はその様子を、何も言わずに遠い目をしていた。
「自分から入ってくるなんて、愚かな人だね」
みぞおちを押さえながら、嬉しそうに言う男は、愛美を捕まえてホテルの一室で悪さをしようとしていたここら辺を仕切っているマフィアの孫だ。昴がすかさず、愛美と変態マフィアの間に割り込み、距離を取らせる。
忘れていたわけではないが、こんな時に来なくてもいいのに。アヤメに私たちの後ろを見張ってもらい、私は愛美を庇う昴のさらに前に出て変態マフィアと距離を取らせる。
「こんにちは。私たち先を急いでいますので」
「ボスがお前を呼んでいるんだよ」
マフィアに呼ばれる覚えはないが、もしかしらた特殊隊の人がマフィアに手をまわしていたのかもしれない。
「私だけですか?」
「そう。マナミたちは俺に任せていいよ」
体格のいい男四人に、マフィアの縄張りにいるのだから私に拒否はなさそうだ。私が拒否すれば強制的に連れていこうという顔の男四人を見る。
「愛美たちと離れることがなければ、一時間だけ付き合います。それ以上は一分たりとも付き合いません。さらに、こちらに危害を加えるような真似は絶対にしないと約束してください」
「ボスがお前に話があると言っているのに、お前の意見が通じると思っているの?」
「いいえ。それでも私の意見を通していただけないのなら、何を聞かれても答える気はありません」
変態マフィアは眉間にしわを寄せる。後ろの四人の男たちも私の態度が生意気だと睨みつけていた。変態マフィアが通信を受けたようで私に聞こえないように、少し話をしていた。
「まぁ、お前が抵抗しない限り手荒なことはしない。ついて来な」
昴、愛美、陽菜が不安げな顔をこちらに向けてくる。昴が、戦う? と聞いてきたが私は首を横に振る。ここでやりやって勝ち目があるとは思えない。
ここに来なければこんなことには成らなかっただろうが、他にブレスレットを改造できる場所がないのだ。ここに来るしかない。
何者かに誘導されていたのかもしれないと、今更ながらに思ったが後の祭りだ。
四人に簡易的な防御シールドを張ってから、私はマフィアのボスの待つ場所に案内された。




