二十話
手配していたタクシーに乗り込もうとしたところで、三色に染めた派手な髪のラッテが私の手を引っ張った。先に車に乗っている、昴や愛美たちが不思議な顔をしている。
「あなたに、少し話があります」
ラッテが小さく私に言う。なんだろう。
「なに?」
「どうしたの?」
昴たちが心配そうにこちらを見てくるが、ラッテが他の人に聞かれたくないと、首を振り会話に入ってくることを拒否する。車の中で三人とアヤメに待機をしてもらい、タクシーの運転手は実は特殊班の人だが、彼にもそこで待機していてもらう。
「どうしたの?」
ラッテは、私をじっと見てそれから、私の左手首を掴んだ。正確に言うとブレスレットを上から握っている。
「私は死ぬのは怖くありません。でも、あなたを殺されたくはありません」
眉間に思わずしわが寄る。
「どういう意味?」
「逃げてください。ドーム外に今すぐに彼らを連れて」
迷いのない瞳が私を見る。
「何を言って――」
ブレスレットに通信の着信を知らせる反応がある。
「私を信用できないと思います。でも、これだけは知っていてください」
ラッテは、私の腕を引っ張り耳元で小さくささやく。
「あなたはいつも監視されている」
ブレスレットから手を離しラッテは、小さく笑う。
「私、あなたに一目会いたかった。会えてよかった」
ラッテの栗色の瞳が揺れた。急に、頭が割れそうな超音波が聞こえてきた。頭痛を防ぐためにすぐに防御シールドを起動させるが、起動できない。特別事故処理班のブレスレットが作動しない。これは、さっき握られたときに何らかの干渉を受けた可能性がある。
一瞬の出来事だった。ラッテが、いつの間にかホークを握っていた。それは、朝食で使っていたホークだ。それを躊躇いなく、自分の喉に突き刺した。
「くっ!」
私は自分の右手をラッテの首とホークの間に挟めた。手に突き刺さるホークをそのままに、私はラッテのみぞおちに膝蹴りを食らわせる。それから、ホークの刺さった手のまま、ラッテの腕をねじ伏せて地面に押さえつけた。地面でもがく、ラッテに向けて持っていた電気銃を撃った。白目をむいて気を失った。
いまだに続く超音波に吐き気がするが、特殊訓練を受けている私の目の前で自殺行為をさせるわけがない。シュアから借りているブレスレットの方の防御シールドを起動させる。超音波は聞こえなくなった。
昴たちが乗っている車の方を見た。だが、車が無くなっていた。車の運転手である特殊班の人に連絡を入れる。もしかしたら、超音波が聞こえてきたので昴たちが危険だと思い逃げたのかもしれない。
「やあ、アーネリーダー」
声を聴いて私は嫌な予感がした。この声は、生物兵器対策班の司令の声だ。
「何をしているの?」
「アーネリーダーの同郷の少年少女たちは俺に任せなさい」
「なぜ、あなたが出てくるのです?」
「アーネリーダーがお困りのようだから、手助けですよ」
「なら、すぐに戻ってきて私と彼女を本部に連れていく手助けを、するべきではないのですか?」
「そのぐらい、自分で行けるでしょう」
何かが、急激に動き出している気配がする。嫌な、流れだ。
「彼らどこに連れていく気ですか?」
「安心しなさい。殺したりはしません」
なぜ、殺すという単語がでてくるのだ。不安で胸のあたりがざわつく。
生物兵器対策班の司令の興味を引くものが、昴たちにあるとは思えない。それに、もし、何かあるとしたら連れ去るという強引なことをしなくても、話せば協力できることもある。それを、しないで強引に連れ去るということは、私が止めようとするようなことをしようとしているのだ。
「今すぐ引き返してきてください。じゃないと、あなたが鞄に長い黒髪の女の子の人形を入れて特殊訓練学校に四年間、通っていたとばらしますよ」
「おい、ここでそれを言ったら、他にも聞こえているじゃないか!」
なるほど、この通信は私と生物兵器対策班の司令だけが、聞こえている通信ではないという事か。
私はシュアからもらったブレスレットの方で、昴たちの行方を捜す。まだそんなに離れていない。生物兵器対策班の強行なのか、他の特殊班も絡んでいるのか、まだ判断できない。そう思っていると、メールが入ってくる。一班の人だ。送られてきたのは地図だ。赤い線で安全ルートと書かれた道路が映しだされている。開いて数秒でそのメールは強制削除された。
「黒髪フェチで、自分の髪も黒く染めているぐらいですもんね。まだ、人形をもって通勤しているんですか?」
「やめろ、それ以上いうな!」
「訓練中に私の黒髪を掴んで切ったことありましたよね。本物だって握り締めて歓喜していましたね」
「そんなことはしていない!」
「していたじゃないですか。ドン引きした記憶もありますし、実はいつか使おうとも思って、喜んで笑っている映像も取ってありますよ。今度、社内メールで一斉送信しましょうか?」
「やめろぉぉぉ!」
通信が生物兵器対策班の司令によって一方的に切られた。
一班の人がくれたメールから察するに、特殊班の中で昴たちを連れていく事を容認している。私が、三人を連れて行かせたくない場所に連れて行かせようとしている。それか、私に知られたくない何かがある。
気が付かなかった。私は、特別事故処理班のリーダーなのに気づかせないように周りで、何かが起きていたのだ。一班の人はそれを知っている。彼らとは何度も、共に危険を潜り抜けてきた信頼できるチームだ。特殊班の意志に反したことなのだろうが、彼らが秘密裏に安全な逃げ道を教えてくれている。
つまり。
私の身も危ないという事だ。
昴たちを助けに行かなければいけない。車がないかあたりを見渡す。
猛スピードで一台の車がこちらに突っ込んでくる。あれは昴たちが乗った車だ。フロントガラスから見える運転手に驚いた。運転しているのは昴だった。運転席が開いたままこちらに突っ込んできて停止した。
「アーネ! 乗って!」
愛美が後部座席のドアから乗り出して手を伸ばす。私は、気を失っているラッテを愛美投げるように渡して、昴を運転席から助手席に移動させてハンドルを握った。
ドアを閉めるスイッチを押して、私は車を発進させた。
落ち着け、何が起きているのか、冷静に分析する必要がある。
「あいつら、アーネたちを置いて俺たちを誘拐しようとしたんだ! だから、俺たち抵抗して、車の外に落としてやったんだ!」
「びっくりしたの! 銃を向けてきて! 言う事聞かないと撃つって! 手を噛みついてやったわ!」
「愛美、手にかみつくんだから、私、撃たれると思って、持っていた手帳の角で男の目をつぶしてやったわ!」
「私は腕を振り回して、一人撃退しました。腕が外れていてよかったです。いい武器になりました」
三人とアヤメが興奮した様子で一気に伝えてくる。なんだか、怖いことを言っているようだが、気にしないことにする。
システムを何重にも起動させながら、私は送られてきた安全ルートを走った。向かう場所は決まっている。
このドームのマフィアが仕切っている歓楽街だ。




