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十九話


 派手な髪の頭の少女、ラッテがスライムを引き連れてニノドームに侵入してきたこの事実はまだ一部の人間しか知らない。ドーム外の幻の住人からしたら、彼女は捨て駒なのだ。だからスライムに取り込まれていた。だから、記憶喪失と偽り本当のことを言う気がなく自殺を図ったのだ。

 アヤメが記録していた映像を解析すると、ラッテだけに聞こえるように周波数を整えた音が存在した


『太陽の名のもとに、使命を果たせ』


 それが聞こえた声だ。世界大戦の爪痕でドーム外は灰色の雲に覆われている。太陽が出ることもあるが、わずかな時間だ。そのことから、太陽を汚しておきながらドーム内で生活するようにしている、私たちドームの人間を恨んでいる可能性がある。

 一世紀も前のことだが、世界大戦に負けてドーム外に追い出された人たちの子孫がどういう教育で育ってきているのか、ドームの人間はわからなかった。戦争に負けた側の人間というものは、それ以降の環境しだいで勝った側の人間を恨みつづけるものだ。ドームの外の環境は最悪なのだから、ドームの住民をどう思って人を教育してきたかというのは、想像がたやすい。


 私は、これからラッテを特殊班の本部に連れていく。ラッテの行動を指示したのは誰か、また、ドーム内のシステムに干渉できる人物が協力者としているはずだ。だからその人物を特定する必要がある。


 スライムぐらいの生物兵器ならすぐに対処できる。だが、本気でドーム外の人間が計画的に仕掛けてきているのなら、こちらも対策を取らなければいけない。


 ただ、ラッテを無理やり連れていくと昴が何を言うのか分からない。ドームの問題と昴の機嫌を天秤にかけるまでもなく、ドームの問題の方が優先される。それでも、嫌われたくはないと思ってしまうので、穏便にラッテを本部に連れていきたい。


「なぁ、アーネ。アヤメをあのままにしておくつもりなのか?」

 昴が片腕のない、ふあふあとした栗色の十三歳ぐらいの少女のアヤメを痛ましそうな顔で見る。昴たちを捕まえているときに外れた腕は、ベッドの脇に置いてある。

「いいえ、修理工場に連れていく予定よ」

 昴がアヤメにほっとしたように笑いかける。

「よかったな」

 昴の中で私ってどういう立ち位置なのだろう。自分のアンドロイドの修理もしない、人に思われているのだろうか。ちょっと悲しい。


「それで、これからの事だけれど、病院にいつまでもいられないでしょう。ひとまず、屋敷に帰りましょう」

「ラッテは?」

 警戒したように、昴が私を見る。

「そうね……。ラッテはどうしたい? このまま病院にとどまるわけにもいかないでしょ。保護する施設があるからそこに連れていきましょうか?」

 ラッテは昴をちらりと見てから、横に立っていた昴のズボンを掴む。

「わ、私……」

 一緒にいたいと、視線が昴を見て訴えている。人の兄を頼りすぎだ。案の定、昴はラッテを庇護しなければいけない存在だと再認識したように、私を強い目で見る。

「ラッテを、屋敷で引き取ることはできないのか?」

「……簡単に引き取るというけれど、昴たちのようにはいかないのよ。あなたたちは渡りをしてきた七日間限定でドームにいる人。彼女はどこの誰かもわからない、記憶喪失なのよ。思い出すために専門機関に任せたほうが彼女のためなのではないの?」

「ラッテは検査が嫌いなんだ。そんな専門機械とかに任せられないだろ。思い出したくない嫌な記憶なのかもしれないだろ?」

「アーネ、ラッテがかわいそうだよ。記憶がなくて不安なのに、知り合いのいないところに一人で行かせたりしないで」

 愛美が昴に同意して私を見る。陽菜はそんな二人とラッテを見てから何かを手帳に記入していた。

 まぁ、こうなることは予想ができていた。

「困ったわ。私の一存では決められないのよ。考えてみて、あなたたちの国で、記憶喪失の子がいるとしたら、どうする? 政府に預けないで、自分の家にかくまうの? そんなことしたら、その子はこれからの先、政府の保証を何一つ受けられなくなるのよ? まだ、十五歳ぐらいなら学校にも行かなければ、学力もつけられない。資格を何一つ受けられず、システムをインストールできない。病気をしても保険に入っていないから、莫大な治療費を請求されるでしょう。資格一つもない人をどこの誰が雇うの? あなたたちは七日間いるだけだけど、ラッテはこれからこのドームで生活していくのよ。一人の人生をかわいそうという理由で、左右してもいいの?」

 昴と愛美が、ラッテを見て困った顔をする。ラッテは見捨てられた子猫のような目で二人を見ていた。

「でも、でも、ラッテを一人にさせられないよ。アーネ、ラッテがこんなに不安になるようなこと、なんで言うの?」

「要するに、住民票みたいなのをラッテに取らせればいいんだろ。保険だって、学校だって、住民票があればいいじゃいか。それで、住む場所を俺たちと一緒にすればいいだろ」

 昴いいところに気が付いたね。そう、それを言ってほしかったのよ。

「住民票……。そうね、それがあれば、保証を受けることはできるでしょう。わかったわ、なんとか、ラッテの住民票をとれるように私からもお願いしてみる。でも、住民票を取るためには政府の役所に行かなければいけないのだけど、大丈夫?」

 ラッテを見ると、軽く首を振る。役所に行きたくないという顔だ。

「俺もついていくから」

「政府の役所に入るには、IDがいるわ。昴たちは渡りには入れないのよ。その代わり私が付いていくわ。それでどうかしら?」

 ラッテが私を見て、それから、昴と、愛美を見た。

「アーネなら、よくしてくれるよ。大丈夫」

「……うん、アーネなら、信用できる気がする。俺たちが落ちた時、助けてくれだろ? だから大丈夫」

 ごめん。二人とも。私は二人の信用を利用して、ラッテを特殊班の本部に連れて行こうとしている。彼女が不利になるような事はなるべく避けるけれど、保証は何一つできない。容疑者である彼女は、牢獄されることになるだろう。


「よろしくお願いします」

 ラッテが小さく言う。私は、にっこりとほほ笑み返す。

「それじゃあ、病院から移動して行きましょうか」

 

 支度を整えてから、四人を連れて病院を出た。


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