十八話
朝の早いうちに、特別事故処理班の本部を訪れ今の状況を上司に伝えて、新たな情報を仕入れ愛美たちが起きる前に病院に戻ってきた。シュアは仕事に行き、今はいない。私は戻ってくるとき、特別事故処理班の一班の人たち六人と一緒に来ていた。昨日の出来事をさらに調べるためと、私が派手な少女の担当になったので、それの手伝い役だ。病院の陰に止めた特別事故処理班の車に三人、病院の管理システムのある部屋に三人配置し、調べてもらう。
ついたのは九時半だったが、五時に寝ていた愛美たちはまだ眠りの中だった。先に昴の口から昨日の出来事について詳しく聞く。派手な髪の少女の嫌がることはするなと、威嚇されるが、軽く受け流し話を聞き出す。
派手な髪の少女がなぜ検査を受けたがらないのか、話すことを拒否しているのか、記憶喪失というのは本当なのか、昴がどう思っているのか聞き出した。
昴の言分は簡単だ。派手な髪の少女が泣いていたからかばった、彼女が何を考えているかは関係ない、と。
それだけだ。愛美たちと一緒に検査を受けていた少女が、検査自体を怯えた様子で拒否したので、自分が盾になったという。深くは考えてはいないようだ。
愛美たちが起き始めた。朝ごはんを食べさせたあと、ここにいる私含めて五人で一緒に検査をもう一度受けるべきだと諭す。スライムに飲み込まれて、後遺症があったら困るから、と。
「彩ーネ、さんも一緒に検査するの?」
陽菜が、私のことを彩音と呼ぼうとして、無理やり誤魔化す。昴の方を気にしてちらりと陽菜と愛美が見ている。ごまかした後に隠している本人見たら余計に疑られるよ。昴は、なんで二人して自分を見たのか不思議そうな顔をしていた。苦笑して頷く。
「ええ、私、スライムに入ったのに、検査受けていなかったでしょ。なんだか不安になってきたのよ。愛美は大丈夫?」
私はベッドの横にある椅子に座っている愛らしい大きな瞳の愛美を見る。まっすぐと肩まで伸びている黒髪を軽く触れて、首を振る。
「私は大丈夫だよ、何処もいたくないし具合も悪くない」
「そう、よかったわ。陽菜は?」
愛美の横のベッドに腰掛けている栗色で頬あたりまでのボブショートの髪で、すこしたれ目の陽菜は手帳に何か書きながら、私の方を見ると首を横に振る。
「私も、特に異常はないよ」
「そう、よかったわ。昴は?」
愛美の横に立っている、黒髪でくせ毛の昴は同じように首を振る。
「大丈夫。体調もいいし」
「そう、よかったわ。あなたー。そういえば名前を聞いていなかったわね。私はアーネ。この三人の現在の保護者みたいな感じかな」
十五歳ぐらいで、緑と、赤と、青色に染めた派手な髪をした少女は口を開きかけて閉じる。首を振りわからないと悲しそうな顔をした。
「名前、覚えていないようなんだ」
昴が彼女のフォローをする。
「そう、でもそれじゃあ、なんて呼べばいいのか分からないわ。好きなものとかある? 仮の名前をあなたの好きなものにしましょう」
愛美の横に座っている、派手な髪の少女は少し困った顔をして考える。それから何か思いついたようで、小さく声は発する。
「ラッテで」
ラッテって、ドーム外に生息する猫科のモンスターだ。虎ぐらいの大きさで、尻尾は二本にわかれて、三毛猫のような毛並みをしている。外見はかわいいが、鋭い牙と鋭い爪を隠している。私がドーム外を彷徨っていた六歳のころ、見かけたことがある。その時は、餌と認識されなかったようで、目の前を素通りしていった。尻尾が二つある大きな猫という印象だった。でもドーム内でモンスターについて学ぶとたいへん凶暴で動いたら餌にされると、要注意モンスターと教えていた。
そんな、モンスターの名前でいいのだろうかとも思ったが、彼女がいいのなら、そう呼ぼう。
「ラッテね。わかったわ。『ラッテ』かわいいわよね」
派手な髪の少女改め、ラッテはコクっと嬉しそうに頷いた。
まあ、そうだろうとは思っていたが、記憶がないというのは嘘だろう。記憶がないのなら、ラッテというモンスターの名前が出てくるのはおかしいし、かわいいという姿を知っているのも変だ。日常的なことは覚えていて自分のことだけ忘れている。そういうこともあるかもしれない。でも、だったら「これ以上は嫌なの」というセリフにも違和感がある。
「ラッテってなに?」
「三毛猫のような生き物よ」
「へー。かわいいね」
陽菜が手帳に何か記入している。
「ラッテちゃんね。私のことは愛美でいいからね」
愛美がにっこり笑う。昴は私のことをちらりと見てから、昴もラッテに改めて挨拶をしていた。アヤメは片腕のない状態で私たちが全体見渡せる、私から二歩後ろの位置に立ってもらっている。アヤメの瞳の映像を病院の外にいる特別事故処理班の車に送り、少しでも怪しい動きがないか確認をいた。
「ラッテはどこか具合悪いところはない?」
「大丈夫です」
か細い声で答えてくれる。私はにっこり笑う。
「そう、よかったわ。みんな、今はどこも異常はなく正常なのね。でも、私不安なのよ、遅行性の何かがあったらって、だからみんなで、もう一度検査受けてみない?」
愛美と陽菜はあっさりといいよと返答がある。でも、ラッテが首を振る、それを見て昴も首を横にふった。
「検査が嫌なの? すぐ終わると思うけど」
ラッテはそれでも、首をふる。今まで普通だったのに何かに怯えたように、手が震えていた。この様子、演技には見えない、どう見てもおかしいな。『検査』に嫌な思い出もあるのかもしれない。昴が私を無理強いはさせるなと睨んでくる。
「わかったわ。検査はまた今度にしましょう。その代わり、何か体に異変があったらすぐに教えてね」
四人は了解してくれた。
実はラッテの検査はもう終えていたりもする。寝ている時に、昴たちが渡りをした直後にしたと同じ身体チェックだ。だから、検査をすることを無理強いするつもりは元々なかった。ただ、ここで私が『嫌がることを無理にさせない大人』という認識をラッテに持たせることが重要だった。
「じゃあ、昨日聞くはずだった、夜に何があったのか話してくれるかな?」
昴から聞いているが、改めてまだ聞いていない三人に同じ話を聞く。大体は同じことを話した。ラッテからは何も意見はなかったが、それも予想の範囲内だ。
スライムを見つけた時の話も聞いた。外に出たらスライムに遭遇したと昴たちが言うが、なんで屋敷の掃除を頼んでいたのに、外に出ているのよ。何かやろうとしていたのは知っていたが、やっぱり、屋敷から脱走しようとしていたのだろうか。
でも、愛美と陽菜に私が、彩音だと教えたから、もう屋敷から脱走を図ろうとはしないはずだ。
「ラッテの身元なんだけれど、まだわからないの。両親とか、ラッテのことを心配して探している人がいると思うのだけど……」
困った表情を見せると、ラッテは寂しそうな声で返した。
「わたし、多分両親は居ません。そんな気がします」
「そうなの?」
「はい」
ラッテの血はスライムの中にいた時にすでに採取しDNAを調べている。肉親と思しきDNAどんなに探しても記録になかった。唯一引っかかったDNAが存在したが、無関係だとはっきりと断言できる人物なので肉親ではない。
だから、ドームのデータベースに記録がないと判断したのだ。両親がいないということは、記録漏れの私生児かもしれない。一番可能性があるのは、ドーム外の幻の住人という説。
ドーム外は人が住める環境ではないが、それでもドームの外が本来の人間の住む世界だと唱える人たちがいる。土も、水も、空も、戦争でダメにしたのは人間なのだから、それをもとに戻す努力をするのは人間の役目だというのだ。ドームの住民だって、外の環境を戻す努力をしている。だが、モンスターや細菌兵器に阻まれ作業が難航していた。
そして、このドーム外に住み続ける人たちは、戦争に負けた国の子孫でドームから追い出されたという説もある。一世紀も前の話なので真実はわからない。
現在はドーム外で生まれたとしても、望めばドームで生活することができた。でも、このドーム外に生活する住民は表に出てこない。隠れてどこかに住んでいるらしい。ここ百年は生存を確認されていなかった。だから、ドーム内では幻の住人といわれている。
細菌兵器で死滅したのだろうというが、一般的な解釈だったが、ラッテがドーム外の住人だとすると話が違ってくる。
なぜなら、彼女は、スライムを引き連れてニノドームに侵入してきた。
それが、全特殊班が監視カメラや状況証拠で導き出した、真実だからだ。ドーム外の住民がドームにテロを仕掛けてきている。そう判断されかねない状況だった。




