十七話
話を終えて寝付いたのは五時だった。七時には起きて、私は支度を始めたので仮眠しかできなかった。横を見ると、愛美と陽菜は二人で一つのベッドで寝ていた。この二人本当に仲がいいな。布団に包まり、気持ちよさそうに寝ている二人の寝顔を見て、かわいいなと思う。
それから、派手な髪の少女が寝ているベッドの方を見るとまだ彼女も寝ていた。顔を見ると眉間にしわが寄っている。何か嫌な夢でも見ているのだろうか。スライムに飲み込まれ、屋上から飛び降りたのだから、トラウマになっていてもおかしくない。
軽く三色に染めている頭をなでる。彼女に何があるのか判明しない限り、味方になれるかわからない。
「大丈夫、ここは安全だからゆっくりお休み」
彼女を見捨てると、昴に恨まれることになるから、昴たちが彼女のことを気に掛ける以上、私も必然的に彼女を守ることになると思う。
ドアのところで待機していてもらったアヤメのそばに行き、私たちが寝てから何も起きていないか確認をする。派手な髪の少女が脱走しないようにここに立たせていたが、逃げだす素振りは見せなかったようだ。アヤメの抜けた腕をもって、これは修理に出さないといけないと思った。アンドロイドの修理代は高い。昴たちを引き上げようとした代償だから、仕方がない出費だが私の貯蓄が確実に減っていく。
アヤメについている記録データをブレスレットに移す。これで昨日何が起きたかわかるだろう。アヤメに寝ている三人を任せて私は病室を出た。
シュアたちに会いに行く前にこのデータを見る。夜の一時頃、昴、愛美、陽菜と派手な髪の少女は同じ病室で眠りについていた。何か物音がすると、派手な少女は飛び起きて、病室から出ようとした。そこをアヤメが止めた。どこに行くのか尋ねるが派手な髪の少女は何も答えない。そんなやりとりをしていると、陽菜が声に起きた。陽菜が起きると、愛美も昴も起きて、どうしたのかと問いただす。陽菜は寝ているときもブレスレットをしていたようで、派手な髪の少女と会話ができているが、昴と愛美は寝るときにブレスレットを外しており、二人の言葉はよくわからないと少し怯えていた。
それから、派手な頭の少女は何かに気が付いたように、ハッとしてアヤメの静止を振り切り病室を飛び出した。それから三人とアヤメが少女を追いかけて、屋上まで走っていく。
派手な少女は何も言わない。何かに怯えたように震えていた。昴が説得に入る。手には暗い中を照らすために、携帯端末のライトを持っている。怯えなくていいとか、君を守るからとか、そんな言葉だが、如何せん彼女には言葉が通じていない。せっかく兄が言っている言葉だが、少女には全く理解されていない。
「もう、これ以上は嫌なの!」
派手な少女は叫ぶと、勢いよく走り出すと病院の屋上を飛び降りた。だが、少女が走るのを見て昴も走り出し、彼女の手を捕まえる。だが一人の少女を持ち上げるという体力は昴にはなかったようで、捕まえるのがやっとのようだ。ずるりと体が落ちていき、昴も屋上から落ちた。落ちたところを愛美が捕まえる。屋上のフェンスから乗り出して捕まえているが、愛美の体もずるずると、落ちていく。陽菜とアヤメで愛美の腕を捕まえた。
宙にぶら下がる派手な髪の少女、昴に、愛美、陽菜とアヤメが持ち上げようとしているが、三人の体重を持ち上げるだけの力がない。アンドロイドのアヤメだが、もともと、料理や掃除や子守を想定して作られている十三歳ぐらいの容姿をしている彼女は、重い物を持ちあげられるようにはできていない。
五分ぐらいぶら下がっていた。腕はとうに限界を来ているが、昴が三人を励ましながら持ちこたえていた。この時にアヤメが、システムを使い病院に連絡すればだれかすぐに来てくれただろうと思うが、限界を超えた重量を持ち上げることに力を使っていた。
そこからは、昨日陽菜が話した通りだ。私が乗ったタクシーが止まり、降りてきた私を見て、アヤメがマスターなら二人を受け止められるだけの、機能を持っているはずと、陽菜に言う。足元に、昴が持っていた携帯端末が落ちていた。それを落とし私を気づかせようとした。私がつけた光を見て、三人の気が少し緩む。それから、アヤメの腕が一本、重量の限界で抜けてしまう。外れた腕に、三人は大きく揺れバランスを崩す。昴が一か八かで飛び降りを決意する。昴は大丈夫、俺強運だから!と言って愛美の手を離させた。
陽菜と愛美は息を飲み落ちていく、昴を見ている。だが、軽くなったとはいえ、愛美一人を持ち上げるだけの体力は陽菜にも、アヤメにも残っていなかった。ずるりと、愛美の手が離れて、彼女も落ちた。陽菜とアヤメは急いで下に降りて行った。
映像を見て、やはり不思議に思う。屋上に鍵がかかっている様子も、飛び降り防止のシステムが起動している様子も全くなかった。それに、派手な頭の少女は何に怯えていたのか。
「これ以上は嫌」
何を指していることなのだろう。とにかくこの映像を、特別事故処理班に転送する。分析すれば、少女だけに聞こえる声とか入っているかもしれない。何かの手掛かりになればいい。
昴とシュアがいる仮眠室を訪れると、シュアはすでに起きて、画面を表示させてシステムの処理をしているようだった。昴はまだ寝ている。二人きりにさせて何かあったらどうしようかと思っていたけれど特に何もなかったようだ。
朝の挨拶をしてから、今日の予定について話し合う。私は一度、特別事故処理班に行って、解析の成果やスライムについて新情報がないか聞いてくる。それから、派手な髪の少女の担当を私にしてもらうように、話をつけてから戻ってこようと思っていた。シュアは一度屋敷に戻ってから仕事に行くという。
シュアは自分がしていた三つのブレスレットのうち一つを外して私に見せる。
「君のブレスレットが壊れただろうアーネが使いやすいように調節しておいた。新しいブレスレットを買うまでこれで代用するといい」
「これシュアのブレスレットでしょ? いいの?」
ブレスレットには個人情報が詰まっている。その人がどんなシステムをインストールしていたか、色々な人に送ったメールだって削除していたとしても解析をすれば見ることができた。見ようとは思わないけれどね。
「奥さんに見られても困るものはないよ。アーネが使っていたものには劣るかもしれないけれど、緊急用のシステムもいくつか入れておいたから」
ブレスレットは簡単に買うことができる品物ではない。使えるシステムはその人がとってきた資格による。政府がブレスレットの重要なシステムの管理とインストールするようになっているので、申請してから出来上がるまで一週間はかかる。
特別事故処理班のブレスレットもあるが、仕事用の物とプライベート用では使い勝手が違うのだ。
もちろん資格がないと、システムがインストールされていても使う事は出来ない仕様になっているが、他人に自分仕様のブレスレットを渡すということを普通はしない。
「ありがとう。私のブレスレットが出来上がるまで、大事に使わせてもらうね」
「くれぐれも熱暴走起きるまで、無理はしないでくれよ」
「そうそう、そんな出来事に出会わないよ」
私は苦笑いする。右手首に続いて左手首までに、傷を負ったらシャレにならない。シュアが私の左手を取り、ブレスレットをはめてくれる。
あれ、これ、なんだか、結婚腕輪みたいだ。ドームの既婚者は左手首にお互いの名前を彫ったブレスレットをつける。なんだか、少し頬が赤くなる。照れくさいな。
シュアはそのまま左手の甲に唇を落とす。この動作も結婚式にやることだ。シュアの上目遣いの視線と目が合った。いたずらが成功した子供ものように深緑色の瞳が笑う。
ああ、シュアが愛おしい。やさしく、気にかけてくれて、時には怒られるけれど、私のことを思ってくれる。迷惑をかけてしまうことも多いけれど、彼とずっと一緒に居たいとそう思う。彼に、見合う女になれるように頑張ろうといつも思っている。
私はシュアに抱き着いて、それから唇を奪う。
「シュアを幸せにするからね」
私がにっこり笑うと、シュアも嬉しそうに甘い笑みを見せてくれる。
「楽しみにしているよ、奥さん」
「任せて、あなた」
もう一度、キスをしようとすると、咳き込む音が聞こえた。昴が私とシュアじとっとした呆れた目で見つめていた。あ、ここ仮眠室で昴が寝ていたのだ。
ごめん。忘れていた。
でも、兄よ、ここはもう少し寝たふりでもしてくれればいいのに、兄の前でいちゃいちゃしていたと思うとさすがに、恥ずかしいじゃない。




