十六話
「シュアと出会ったのは十歳の時ね。学校が同じだったの。同い年だったけどクラスは違ったわ。彼、特進クラスで頭がいい人が集まるクラスにいたのよ。接点もあまりなかった。ドームは学力に合わせて飛び級制度があるの。だから頭のいいシュアはあっという間に学年を上がっていったわ。同じドームの学校だったけど、三年ぐらいして見かけなくなったと思ったら、この世界でも学力のトップクラスが通う学校があるドームに引っ越したのよ。それか見かけることはなくなったわ」
「じゃあ、幼馴染みたいな感じではないのね?」
「本当に話したこともあまりなかったわ。特進クラスの子ってやたらとプライドが高くて態度がでかくてね。一般クラスの子から嫌われていたし。一度、シュアにたまたまぶつかったことがあって、私は運悪くジュースを持っていたの。シュアが着ていた上着をちょっと、本当にちょっとだけ汚してしまったの。すぐに謝ったんだけど、シュアは着ていた上着を脱いで私のことを害虫でも見る様な目で見て、私に着ていた上着を投げつけて「二度と触れるな」って言ったのよ」
愛美と陽菜の顔がキラキラしたものから、ゆがんでいく。
「え、最低―」
「よくそんな人を好きになったね」
「十一歳ごろの話だしね。私もそれから、シュアの目の前に行かないようにしたわ。特進クラスでも主席だったから、まるで暴君のようで怖かったし。あの頃、シュアが転校したって知ったとき本当に良かったって思ったものよ。一般クラスで内緒にシュア転校おめでとう会をしたぐらい」
その頃のことを思い出して笑う。いつも不機嫌そうにしていてシュアは本当に怖かった。近寄ったら殺されると、一般クラスでは有名だった。実際殺されはしないが、気に障った奴には徹底的に冷たく害虫を見るような目で見られていた。
まぁ、私もそれにあたるのだろう。
「次に出会ったのはいつ?」
愛美が、その後が気になるようでこっちを見てくる。
「十六歳の時ね。その頃になると、私も学力をつけてこの世界のトップクラスが通う学校に入ることができたの」
「頭よかったのね」
愛美が信じられなという顔で見てくる。六歳のころの私しか想像できないんだろうな。
「このドームって実力主義だから、どんな生まれの人も学力があればいろんな職を選ぶことができるの。だからとにかく必死に勉強したわ。毎日勉強漬けね。友達と遊んだ記憶があまりないくらい」
トップクラスの学校に入るくらい頭がよくないと、特別事故処理班に入ることができないと分かったから必死だった。そのうち来るであろう昴たちを無事に帰すという目標のため、私の青春は勉強ですべてつぶれた。
「そこで恋に落ちたのね!」
愛美が目を輝かせる。いやいや、現実はそんなんじゃない。
「シュアがこの学校にまだ在籍していると知ると私は、隠れたわ。ぶつかっただけで害虫扱いよ。トラウマよ、シュアの影を見るのすら怖いぐらい。その時、シュアの位置を知るために、シュア除けシステムを作ったぐらい怖かった。その時、学校内の研究所に在籍していたシュアが、あと一年で政府の最新技術開発室に行くって知ってどんなに喜んだことか」
そのシュア除けシステムを校内で売りさばき、かなり儲かった。シュアを好きなコアな人や、私のように逃げたい人から大人気だった。学校内の90%がそのシステムを買うほどの人気ぶりだった。トップクラスが集まった進学校でもシュアは主席で暴君だったようだ。
「恋愛話はいつ来るの?」
「彩音ちゃん逃げてばっかりじゃない」
「怖いものからは普通、逃げるでしょ」
あの頃の私が今付き合っていると知ったら、失神したと思う。そのぐらい怖かった。嫌いというよりも、恐怖だ。
「じゃあ、付き合うきっかけになったのはなんなの?」
「十八歳で私は特殊班が通う特殊訓練学校に入学したの。最新技術開発室が作り出すシステムを使いこなせるかそこで実験もしていたわ。私、いくつものシステムを同時起動するのが得意だったから、それが買われたようでね。初め誰が作ったシステムかわからないまま使っていたのよ。開発者とは学校の端末機械を使ってシステムについての問題点をやりとりしていたわ。使うほうからすると、誰が作ったかなんて気にならなくて、使いやすいものを一緒に作るって感じだったのね。ある日学校から、施設に帰ろうとしたらシュア除けのシステムが起動したのよ。近くにいるって。驚いて逃げたわ」
「とことん逃げるのね」
「逃げるわよ。もう二度と会うことないと思って喜んでいたのに、居るんだもん。怖くて速攻逃げたわ」
「進まないね」
「そう簡単に進まないわよ。暴君よ。怖いでしょ? 今はかなり落ち着いたけど、昴の胸倉つかんでいるのを見たでしょ。怖いでしょ?」
二人は顔を見合わせてから、大きくうなずいた。やっぱりあの時のシュアは怖かったようだ。ほら、怖いよね。
「そんな感じで何度も逃げていたんだけど、ある日システム開発者のメールで、直接話しをしたいって来てね。まあ、私もシステムの話だろうと思って、OKしたのよね。そしたら、待ち合わせ場所にシュアがいるじゃない。もう、終わったと思ったわ。今まで散々システムにダメ出しして、ぼろくそ言っていた相手がシュアだったのよ。殺されると思って、逃げたわ」
初めのころ作っていたシュアのシステムがあまりに使えなく、実用性が皆無だったために、本当にぼろくそな報告書を作っていた。こんな一回生(幼稚園児)レベルでも作れるものをよこすなとか、子供の遊び道具用のシステムで売れそうよ、よかったわねーとか、注文にそったものを作ることができないなら最新技術室やめちまえ、とか。あの頃私も勉強詰めで荒れていた。それに訓練学校ではネチネチ言ってくる万年次席の現在、生物兵器対策班の司令がいた。
私にも反抗期のようなものがあったのだ。いいものを作りたいと思う気持ちももちろんあった。
でも、それが、シュアに言っていたと知るともう、恐ろしく、自分をどんなに呪ったことか。
「まだ逃げるのね」
「もうここまで来たら、とことん逃げようと思ったわ」
「いつ恋愛が始まるの?」
「今思えば何度も逃げたのが悪かった。いや、付き合うきっかけだったのよね。シュアからすれば、自分から逃げる人はいないんだって。いや嘘でしょって突っ込んじゃったけど、大抵の人はすり寄ってくるか、目が合うと固まるんだって。シュア除けシステムがあるからこっちとしては、割と簡単に逃げられたんだけど、ある時、シュア除けシステムが正常に働かなくて、ばったり会ったのよ」
逃げ惑っている間も、仕事は仕事なのでシステムについてのみメールのやりとりをしていた。今まで以上に、言葉遣いや内容に気を使ってメールを打っていた。「約束の場所に来なかったね? どうしたの?」とかそんなメールは完全に無視をした。業務連絡のみだけにメールを絞って送っていた。
「ばったり会ったシュアは、それはもう、言葉に表現するのは難しいぐらい怖い笑みを浮かべていたわ。「やっと会えたね」って、私は死期を悟って気を失ったわ」
もうホラーだと思った。シュアは私があまりにうまく逃げるから、その原因を探してシュア除けシステムがあることを知った。そしてそれの発案者が私だと知ると興味を持ってしまった。
「治療室に運ばれて、起き上がるとシュアもいないし、あーよかったって大きくため息をついたら、横からひょこっと出てきて、もう一回気を失うかと思ったわ」
「よく恋愛に発展したね」
陽菜がつぶやく。私もそう思う。
「なんでそんなに、自分から逃げるのかって問い詰められて、正直に同じドーム出身で昔嫌な思いをしたから、関わりたくなかったと言ったわ。できれば、会いたくもない。システムの話はメールでするからほっといてほしいって、素直に言ったわ」
「彩音ちゃん、結構きつくなったね。普通、面と向かって会いたくないとか言わないよ」
愛美が少し驚いている。きつくなったと少し落ち込む。
「本当に会いたくなかったのよ。私にとって恐怖の大魔王のような存在だったのよ。シュアはあっさりわかったって言って、それからはメールのみのやりとりになったわ」
「え、それじゃあ、恋愛に発展しないじゃない。どうしたの」
「それがなぜか、特殊訓練学校の食堂にいたり、私がよくいくご飯処でばったり会ったりして、友人とご飯に行った先に居たりとか、ちょくちょく会うようになったのよ。向こうも偶然だね、って挨拶してくるから無視もできなので適当に会話をしていたの」
特殊訓練学校の食堂など、人がいるところで会うことが多いので、私がシュアを無視するわけにはいかなかったのだ。シュアは政府の最新技術開発室のメンバーなのだから、特殊訓練学校生にしてみれば、上司になる可能性もある。それにシステムを共同制作しているので、ぎすぎすした関係を表面化させれば対人関係に難ありと評価され成績が下がる。私の行動範囲も広いわけではなく、ご飯処などは特殊訓練学校の生徒がよくいく店でもあった。周囲の目が合ったために、無難な会話をしなければいけなかった。
「それも面倒だから、シュア除けシステムを向上させて会わないようにするんだけど、一回は機能するのに二回目は機能しなくなっているのよね。そこで、やっと気が付いたのよ。私がシュア除けシステムを作れるなら、向こうは私を発見するシステムを作っているんじゃないかって。
ある日食堂で会ったときに、シュア除けシステムを持っている人を表示させたら、通っていた学校の90%が持っていたよ。って怖い顔で笑っていたんですもの。私に会いたいというより、シュア除けシステムを売りさばいた嫌がらせだと考え付いたわ。
それに気が付いたときムカついたわ。会いたくないって言ってあるのに、態々いやがらせする? 関わりたくないと言っている人に態々付きまとうことないじゃない。シュアを呼び出して、シュア除けシステムを売りさばいたことをまず謝ったわ。それから、私を発見するシステムを作っているでしょうと聞いたら、あっさり認めて、気が付くのが遅すぎるって笑っていた。何がしたいのかって聞いたら、私に興味があるって」
「それって、告白されたってこと?」
愛美がわくわくとした顔で聞いてくる。特殊訓練学校のシステムを実験するある部屋に呼び出した時を思い出して、軽く首を横に振る。あの時、シュアは笑っていた。笑っていたが、好戦的な笑い方だった。十一歳ごろのシュアは暴君のように何にでも殺気立った目を向けて、苛立ち、つまらなそうにしていた。十六歳で再会したときも、関心を示す出来事があまりないようで、いつも冷めた顔をしていた。さすがに誰かと衝突するという噂はなかったが、頭が良すぎて誰からも
恐れられていた。
興味があると、言ったときの雰囲気はどう見ても、告白という甘い空気ではない。自分に逆らう人間をどう、叩きのめしてやろうかという、笑い方だ。
「興味があるって言われたとき、私、いい事を思いついたの。逃げ惑うから、追ってくるんだって。もう、いっそのこと、シュアがかまうなっていうほど付きまとってやるって思ったの」
「……彩音ちゃん。性格ゆがんだね……」
すこしたれ目の陽菜が、悲しい顔をする。
「ちょっと、陽菜、ひどいこと言うのはやめてよ。引いてだめなら押してみろよを実行したのよ」
「それ、押してダメなら引いてみろじゃ?」
「逆の効果を期待しているのだからいいのよ」
「それで、その効果は?」
「それが、鬱陶しいほど、連絡しまくって、休暇とか一緒に出掛けようって誘ったりしていたら、いつの間にか付き合っていると周りから思われていて。二年ぐらいそれをやっていたら、それが普通になってしまって、あれっと思ったときには、恋人だったのよね」
「えー。なにそれ。告白は?」
「告白っぽいことは、した覚えないんだよね。三年目ぐらいから、お互いのこと大切に思うようになっていたというか。六年目、二十四歳の時にプロポーズされたわ」
「あれ、今二十八なら、四年間結婚してなかったのはなんで?」
「タイミングが合わなかったのよ」
「まだタイミングが合わないの?」
「そうね、あとちょっとしたら、結婚しようかなっとは思っているわ」
ドームの結婚式には、立体映像を駆使して鮮やかな花が空を舞う。不死鳥が会場を飛び回り祝福の星を落とす。この立体映像には結婚生活を円満に過ごせるようにという願掛けがこもっているので、かなり大々的にやる。この派手さや映像を映す範囲が大きいほど、両家にとっては財力の主張であり、順風満帆な結婚生活になると信じられている。ドームすべてに立体映像を映す強者もたまにいるほどだ。
純白のドレスではなく、こちらは淡い水色のドレスに銀糸で刺繍がされている。花嫁の親族がブーケを作り、ティアラを花婿の親族が手配する。特別に真っ白な車を用意して、結婚式場から中央通りをパレードして新居に入る。たまに見かける、花嫁と花婿を乗せた車を見て、ちょっと憧れていた。
でも、ちょっと恥ずかしいので、シュアにはささやかな結婚式がいいといつも訴えている。言わないと、他ドームに住むシュアの両親があらゆる財力を使いド派手な結婚式をされそうで怖いのだ。
「結婚式に出たいな!」
愛美がうれしそうな顔をする。
「従妹が結婚する時って親族も出れるんでしょ? 私、出たい! ね、陽菜!」
「うん。親族代表ってことで、三人で出席したいね。お祝いしたい」
親族席は、空席になる予定だったので、その言葉は素直にうれしかった。父親と歩くバージンロードのようなものドームの結婚式でもある。私は恩師に頼もうと思っていたが、それを昴がやってくれたら嬉しい。
「でも、結婚式って半年ぐらい前から準備しなきゃいけないのよ。急には無理ね」
「そうなの?」
「ええ」
「残念だな……」
落ち込む二人を見て、胸が暖かくなる。従姉たちが私の結婚を本当に祝福してくれている。二人に私が彩音だと告白するのは、デメリットよりメリットが大きいと思ったからだけど、言ってよかった。




