第5話 影~前~
博麗神社の社務所に幽香と霊夢はちゃぶ台越しに向かいあっていた。
およそ世間話をしているような穏やかさは無く、霊夢に至っては非常に深刻そうな表情をそている。
「あー……つまり」
今しがた伝えられたことを整理しつつ霊夢が口を開く。にわかには信じられないことだったのだ。
彼女もこういった仕事を長く続けてはいるが驚く事だってある。
「あいつ、人間じゃあないのね?」
「そういうことになるわね」
そんな霊夢をよそに幽香は悠々と茶をすする。件の彼は「二人で話したいことがあるから」と言って魔理沙と一緒に外へ行かせてあった。
もちろんこれは彼にも伝えなければならない。だがしかしこちらもそれについて曖昧な事しか分からぬ以上、下手に伝えるのにも気が引けたのだ。
「そういう風には見えなかったけど……」
ずず、と霊夢も茶をすする。話が長引いたため湯飲みの中のそれは適度な温度に下がっていた。
そんな彼女の言葉に幽香がクスリと笑い一言
「あら、見た目だけなら私達もそうじゃない?」
「あんたみたいなのは一目で分かるっつの」
クスクスと笑う彼女に愚痴りながらまた茶をすする。いつでもどこでも他人をからかうのが大好きなのだ。この妖怪は。
「それに普通の妖怪でもないのよ」
湯飲みを置いた幽香はちゃぶ台に頬杖を付き、障子の外を見やる。開けられた障子の向こうは裏手の山に隣接した庭となっており、彼女も見慣れたししおどしがあった。
「どういうこと?」
「さっき説明したとおり異常な再生力、微量だけれども感じれる妖力。これだけならどこにでもいる妖怪でしょうね」
幽香の説明を黙って聞くことにした霊夢は彼女にならい、湯飲みを置いた。
「でももう一つ、特徴があったの」
「……もったいぶらないでよ」
ため息をつく幽香に霊夢が言う。対し幽香は目を閉じるともう一つため息をついた。
「私と同じ……「魔族」のにおいがしたのよ」
言って幽香は再び湯飲みを掴む。庭の方でししおどしが鳴った。
「信じられないのは彼が外の世界で暮らしていたということよ」
「……」
黙って聞く霊夢を見て満足そうに微笑むと再び話しはじめる。
「そもそも魔界の者というのは魔界から出ないの。出る必要が無いし」
じゃぁおまえはなんなんだよ、という霊夢の視線に気づいたのか幽香はカラカラと笑いながら「わたしみたいな物好きも中には居るけどね」と答える。
「それに魔界を出るにはかなりの魔力が必要なの」
「つまり?」
「彼が魔界の住人だとしてどうやって外に出たのかって事よ。」
魔界の空気には多量の魔力が含まれている。それに対し幻想郷の外、すなわち「現代(或いは「現実」か)」の空気にはごく少量にしか含まれていない。魔界から外に行けたとして、その後戻ってくるのには膨大な魔力が必要となるのだ。
加えて記憶の欠落だ。いったい何が原因で彼が記憶を無くしてしまったのか。いったいどうやって外の世界からきたのか。
少し考えた二人だが答えはすぐに浮かぶ。
「あいつか」
「あいつよね」
再びししおどしが落ちた。
†
一方境内では彼と魔理沙が向かいあって話していた。
「んじゃぁおまえのことは「権兵衛」とでも呼ばせてもらうかね」
「……なんだよ権兵衛って」
ご想像通り「名無しの権兵衛」からである。記憶がないだけで名前が無いわけではない、と彼が反論するが当の彼女はまったく気にしていない。
「そういえばさっきなにやってたの?」
「さっき?」
狛犬をぺちぺち叩く魔理沙に話しかける。余談だが以前狛犬に跨って霊夢に怒られたらしい。
「ほら、空飛んでた……」
「あー、あれか」
先ほど悪戯妖精達が石を狛犬の口から取り出しポンポンと手で遊ばせながら魔理沙は彼に向き直る。
そしてあっけらかんと一言
「弾幕ごっこ」
「は?」
というわけで第5話 前編でございます。
総量としてはそこまで長くは無いですが、これ以上に続けるとグダりそうなのでいったん切りました。
自分で書いててなんですが博麗神社って社務所あるんですかね。裏手とかにありそうな気はしますけどなんとも微妙なところです。
では、読了ありがとうございました!