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愛の花   作者: 暴風圏
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第3話 妖怪《恐怖》との出会い

やや遅くなりましたが第3話です。



どうぞー!

「はぁっ……はぁっ……」

 森の中を一つの影が駆けていく。焦りを感じさせる足音が短い感覚で発せられていた。

怪我をしているらしく、抑えた左肩からは指の間を縫って鮮血が滴り落ちていく。

「あっ!?」

 足がもつれてしまい、やや前方に倒れた。全身に泥を被せられたかのような鈍い動きで体を起こし反転させる。

そこには不気味な雰囲気を放つ巨大な影。

四つ足でたっており、パッとシルエットだけを見れば熊のようにも見えるがそんなに生易しいものではなかった。

近いもので例えるならそれは獅子舞。しかし目の前のそれは決してめでたいものには見えない。見えるとしたらその人の頭が、である。

ざんばらの白髪からは般若のような恐ろしい顔が覗き、開けられた口からは血のこびりついた牙が見えた。虎のように強靭な脚には見る者を畏怖させる鉤爪が備わっており、今まさに飛びかからんと脈動している。

そう、それは化け物。この地で言うところの「妖怪」であった。





「探検?」

ちょうど洗い物を終えた幽香が彼の方を向く。対する彼は背を向けた姿でそれに答えた。

「うん。いろんなものを見たら記憶が戻るきっかけになるかなって」

玄関の上がり口に腰を下ろし、念入りに靴紐を結ぶ姿はとても楽しげでワクワクとした感じだ。

「いいけどあんまり遠くに行っちゃダメよ? 迷子になるわ」

「へーきへーき」

 身支度を終え、ドアノブにこう手を掛ける。ちなみに記憶を無くしている彼だがおよそ一般常識は忘れておらず、こうして普通の会話をすることができるのだ。

「じゃ、行ってきます」

 家の前で振り返り軽く会釈して彼は走りだした。天気はとても良い。絶好の探検日和だ。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 花畑に設けられたあぜ道をパタパタと駆けていく彼の後ろ姿を見送り幽香は扉を閉めた。

「ほんっと男って探検とか好きよねぇ」

 やや呆れた口調で呟きヤカンに水を入れる。洗濯物は彼が手伝ってくれたのでもう終わっている。お茶でも飲もう。と

「そのうち秘密基地でも作ったりして」

 そこまで子供ではないか、と笑いお湯が沸くのを待つのであった。




「あ、川だ」

 ひとしきり走ると川を発見した。ちなみにここは幽香の家から五キロほど離れた場所にある名も無き森である。

 周りには木々がうっそうとしており、岩場からは沢蟹が出入りしていた。

「魚居るかな」

 起伏の激しい岩場を軽快な足取りで飛びうつり川を覗き込む。日光を反射した水は淡く煌めき時おり太陽が雲に隠れては川底を剥き出しにした。

「なんもいないな」

 残念、とばかりに口を尖らす。しかし彼はあることに気がついた。明らかに感じる自分への違和感だ。

「あれ? 俺全然疲れてない……」

 そう。五キロほども走ったというに全く息が上がっていないのだ 。

「ま、いっか」

 わりとお気楽な彼はそれを気に止めず、再び森の中へ戻っていった。




 そのあとはいろいろな物を見た。巨大な紫色のキノコ(危なそうなので離れたが)や馬鹿でかい獣の足跡。やたらくちばしが大きな鳥など記憶の無い彼だが珍しいものを見た。

 だが相変わらず記憶は戻らない。今日見た物の中にはきっかけになりそうなものが無かった。それは残念だが楽しかったのには変わりないので良しとした。帰ったら幽香に話してやろう。

そんなことを考えながら来た道を引き返していたときだ。

「ん?」

 今まで葉の優しい香りがあった森に腐臭が漂う。近くに動物の死体でもあるのだろう。と気にせず進もうとする、が

「……?」

 背後からズシリと重たい音がした。それは次第に近づいており、枝の揺れが強くなっていく。同時に腐臭も強くなり彼の鼻をついた。

「なんだ……?」

 彼が一歩引いたその瞬間、そこに恐怖は現れた。

「人間の匂い……」

 枝の葉を掻き分けて現れたのは巨大な猪、否、獅子舞のような化け物だった。

「ほう、微量だが妖力に似た気を持っておる。うまそうだ」

 その顔を彼に近づけて匂いを嗅ぐ。 獅子舞が喋るたびに吐き気を催す生暖かい腐臭が彼の前髪を持ち上げた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぬ?」

 同時に彼が取った行動は「逃げる」ことだった。コマンドなどは要らない。自然的な行動だ。

「カッカッカ! 逃げろ逃げろぉ。恐怖した人間の肉は良く締まってうまいからな、ワシに旨い肉を食わせてくれ」

 そう言って獅子舞も走りだした。

脚を踏み込む度に森が揺れ、木にとまっていた鳥達が我先にと飛び立っていく。

 彼もまた常人ではありえないスピードで森を駆けていった。

「こやつ中々足が早いな。どれここは」

 獅子舞が軽く彼の背中を睨む。しかし特に何かが起きた様子はなく、獅子舞はただ不敵に笑うだけだ。

「はぁっ……はぁっ……!」

 疾走する彼の前方に大きく湾曲した枝を持つ木が現れる。この木は彼が森に入って間もない頃に見つけた木だ。

だとすればもう少しで森を抜けれる。そうすれば背後に迫る獅子舞も諦めてくれるかもしれない。

半ば半泣きになりながら彼は走るスピードを上げた。





 その頃幽香は自宅にて夕食の支度を始めていた。今日は彼が好きだと言った大根の味噌汁を作ろう。きっとお腹を空かせて帰ってくるだろうから。

 と考えるも味噌が少ないことに気付き、パッと里にでも行こうとしていたのだが

「あら?」

 家を出たその時、彼女は遠くの森に異変を感じた。幽香の家からも見えるその森からは紫色の煙じみた物が立ち上っており、良く眼を凝らすと木が揺れているのが確認できる。

「あれは……」

 彼女はその煙が何か分かっていた。とある妖怪が使える幻覚の煙。その妖怪も知っているしその煙をどういった風に使うのかも知っている。

 太陽は傾きかけており、花畑にも闇が掛かり始めていた。すなわちそれは妖怪の時間。彼らが蔓延る時間なのだ。

「まさか……!」

 一つの不安を胸に走りだす。どうか無事でいてくれ。そう願いながら。



「な、なんで……!?」

 彼は驚愕していた。その視線の先には前に見たいびつな形をした木がある。さっき確実に通りすぎたはずだ。あの後も道を戻った記憶は無いし第一そんなことをするわけがない。

 そう。それこそが彼の後ろを走る獅子舞の罠

 

 幻覚の煙なのだ。


 先ほどから獅子舞は走りながらこの煙を吐き出していた。獅子舞が狙った獲物はこの煙の中にいる間幻覚をみせられる。

 彼の場合はこの煙の作用により同じところぐるぐると回らされていたのだ。

「そらそら小僧、だんだん足が遅くなっているぞ?」

 今まで一定距離を保っていたが獅子舞はぐんぐんと彼との距離を縮めていく。巫女など耐性がある者はこの幻覚を解けるが彼にそれができる訳がない。

「どれ、血を抜き始めるか」

 ついに彼の真後ろに来た獅子舞が前足を振るう。足に備わった鉤爪が彼の肩を掠めた。

「っ!?」

 痛みにのたうち回りそうになるがなんとかこらえ、足を動かす。肩はじくじくとうねった痛みを発し、せめてもの止血で宛てた手からは鮮血が垂れた。

「あっ!?」

 足がもつれた次の瞬間、彼の体が前方に倒れる。すぐさま立ち上がろうとするが足が震えてしまい思うように動かない。

「さて、小僧。ようやく止まったか」

 たたらを踏んだ獅子舞が彼の前に止まる。恐怖のあまり両手で後ずさったため手が土で汚れてしまったがそんなことを気にする余裕など無い。

「一思いに首をはねてやろう。なに、痛みなど一瞬さ」

 そう言って獅子舞が前足を振り上げる。それはまさに死の宣告。彼には降り下ろされる鉤爪がスローモーションに見えた。

 反射的に眼をつむり、拳をギュッと握る。だが……

「あ……れ?」

 一向に衝撃が来ない。何事かと眼を開けてみると前方に獅子舞がふっとんでいた。

そして彼の前に仁王立ちしているのは他でもない

 

 風見 幽香だった。


「幽香……?」

 ふっとんでいた獅子舞が呻き声をあげたところで彼が我に返り幽香を促す。

「幽香! 早く!」

 逃げないと! と言いかけたのを幽香が遮る。その声音はとても優しく落ち着いているものだった。

「だいじょうぶ。……私もコイツと一緒だから」 

 そう言うと獅子舞に向きなおる。獅子舞はすでに起き上がっていた。

「貴様は風見の妖怪……! なぜその人間を助けるのだ!」

 激昂した獅子舞の白髪がふわりと持ち上がる。体に纏った瘴気が一層強まった。

「私がなにをしようとあなたには関係ないわ。消えるというなら命は取らないけど?」

 それを遥かに超える怒気を発する幽香に一瞬怯むが臆せず飛びかかる。そのときだった。

ゴッ!!

 ものすごい轟音のあとに獅子舞の体が地面に落ちる。たった一撃。そう、たった一撃で巨大な獅子舞を叩き伏せたのだ。

「次はないわ」

 低く発する幽香に恐怖したのか獅子舞が一目散に逃げていく。紫の煙も晴れていた。

「だいじょうぶ?」

 振り返った幽香が彼に声をかける。しかし返答は無く、ただうつむいた彼のつむじが見えただけだ。

「大変! 怪我してるじゃない!」

 肩の怪我に気付き彼の前に両膝を落とす。そして傷の具合を見ようと手を伸ばしたときだった。

「……っ!」

 幽香の手が触れた瞬間、彼の体がビクリと震える。よくみると手足は弛緩したかのように震えていた。その姿に幽香の胸は締め付けられたように痛む。

(あんなところ見せちゃったからなぁ……)

 生来妖怪とは忌み嫌われるものだが平気かと言われればそんなはずは無い。しかし幽香はあることに気がついた。

 見ると彼の手が幽香のスカートの裾を掴んでいる。すがり付くように強く。震えているがしっかりと。

「……」

 そっと彼を抱きしめる。優しく、しかし強く抱きしめると彼も幽香の背中側に腕を伸ばし服を掴む。

皺がついてしまうなど構わずに。

「だいじょうぶ。もうだいじょうぶよ」

「……うん」

 彼に気づかれないように笑った幽香はふと傷を見てみた。そしてそこには信じられない光景が

(傷が……もうふさがってる……)

 決して浅くなかったはずの傷はすでに八割程度塞がっており、今なお再生を続けている。

(やっぱりこの子普通の人間じゃない……)

 もちろんそんなことに彼が気づくはずが無かった。





 その後ようやく落ち着いた彼と帰るころには日も沈みきっており、花畑はまた違った美しさを見せていた。

「ねぇ?」

 隣を歩く彼にふと声をかける。その声音はどこか恐る恐るといったトーンだ。

「ん?」

「やっぱり怖かった?」

 もちろん彼も妖怪の存在自体は知らされていた。だが皆が幽香やメディのような者だと勘違いしていたのだ。

「むちゃくちゃ怖かった……けど」

「けど?」

 彼が立ち止まる。急だったので幽香は少し前方で止まった。

「それでも俺は幻想郷が好きだ 」

 記憶の無い彼だがなにか確固たる感情があるようだった。

「……そう」

 すると幽香は嬉しそうに微笑み彼に手を差し出す。 彼もその手を掴み笑った。

「さ、早く帰りましょう」

「うん」

 こうして彼は始めて恐ろしい妖怪に出会った。しかし彼はまだ知らない。いずれ自分も恐ろしい妖怪になることを。






「そういえば今日の晩御飯は?」

「あ」


 結局その日は野菜スープになったとさ。





ちなみに文中の獅子舞妖怪はまったくのフィクションです。

多分こんな妖怪はいない(笑)



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