第1話 花と悪魔
というわけで第1話です。
前に投稿していた物とはかなり内容が異なっております。
ご了承ください。
それでは、どうぞー!
「ん……」
差し込む日の光に顔を歪めながら彼が目覚めた。
「……っ!」
突如、襲ってくる強烈な頭痛に小さく声が漏れる。
痛みを握り潰すように額を掴み、ゆっくりと体を起こしてみた。
上体だけ起こしてみると同時に吐き気とも怠さともつかぬ気色の悪い感覚が喉元に上ってくる。
「……?」
部屋を見渡してみるが特に見覚えはなく、そのことが彼をより困惑させた。
彼の寝かされているベッドは壁にピタリと付けられており、近くにある窓からはカーテンこそ掛けてあるものの、細い日光が漏れ出ていて、枕を照らしている。
「あ」
「ん?」
しばらくボーっとしていたとき、急にドアが開いたのでそちらを向く。別段驚く様子もなく彼は来る来客を待った。
「……」
「……」
視線の先では薄く開いたドアから半身を出した金髪の少女が恐る恐るこちらを伺っている。
「ゆーかー! あの人起きたよー!」
僅かな沈黙のあとに少女はこの場には居ないだれかの名を呼ぶ。今まで聞こえていなかったがドアが開いたことにより、奥から水の流れる音が聞こえた。
ややあって奥の方から足音とともに「はーい」と返事がかえってきた。トントンと踵がフローリングを鳴らすのを聞き、彼は僅かに身構える。
「なかなかのお寝坊さんね」
現れたのは緑髪の美しい少女。エプロン姿が良く似合い、包容力のありそうな雰囲気を纏わせている辺り一端のレディーと言ったほうが良いだろうか。
「メディ、テーブルにクッキー置いてあるから食べてて」
「わーい!」
言われた金髪の少女──メディスン・メランコリー──が嬉しそうにパタパタと駆けていく。
「あの娘に感謝しなさいよ?」
水場の仕事をしていたのだろう。言いながら女性はエプロンで手を拭いながら彼の居るッドに腰を落とした。
「倒れていたあなたをここまで運んでくれたんだから」
「……あの娘が俺を担いで?」
小柄な、それこそ小学校低学年ぐらいの子供の体型のメディスンが身長170cmの彼を担いで歩く姿はなかなかシュールなものである。冗談と受け取った彼だが女性からは割りと真面目な声音の返答がか返ってくる。
「そーよ。見た目よりずっと力持ちなんだから」
間延びした声音で答える彼女は近くにあった花瓶の花をつつきながら笑う。それに合わせ花がうねうねと動いた。
「あの娘ったら連れてくるなり「お昼ごはんみつけた!」なんて言うから吹き出しちゃったわ」
その時の事を思い出しているのかクックと息を漏らす彼女だが、それを聞く彼はなにがなんだかわかっていないようだ。
「あと私のお腹にも感謝しなさいよね。ちょうどご飯食べたあとだっただけなんだから」
「え、あ……ありがとう……ございます?」
言われるままペコリと頭をさげたものの何か腑に落ちない様子の彼に女性は笑いをこらえながら声をかけた。なにやら食べるだのなんだのとわけが分からない。
「私は風見 幽香。幽香で良いわ」
あなたは? と続けてきた彼女がニコリと笑う。
「俺は……」
そこで彼の声が止まった。どうしても続く言葉がなかった。
「俺は?」
「……なんだっけ?」
「いや私に言われてもねぇ……」
困る、といった表情を浮かべ幽香はあることに気付いた。
「まさかとは思うけど……記憶喪失ってやつ?」
「……多分」
断言は出来ない。恐らくリンゴを差し出されて「これはなんだ?」と聞かれれば答えられる。しかし自分の名前が思い出せなかった。
それだけではない。自分がなんなのかもわからない。自身の情報だけが思い出せないのだ。
「多分って……あなた外の人間よね? そのことは何かわからないの?」
「?」
新しく現れたワードに彼が疑問の表情を浮かべた。
「まぁそれについては追々説明するわ。……それよりも」
言いながら幽香は彼の首筋へと顔を近づける。
ギシ、と軽くベッドの軋む音が彼の耳に届いたと同時に首筋にゾゾッと寒気が走った。妙なくすぐったさに少し身をすぼめる彼に構わず幽香は首筋に鼻を近づけて犬のようにクンクンと匂いを嗅ぎ続ける。
「んー……」
ひとしきり嗅ぐと幽香は離れて一言。
「あなた人間よね?」
「は?」
また意味のわからない発言に彼もとうとう怪訝そうな顔を向けた。
(なんか私やアリスに似た匂いがするのよねぇ……。感じる気配は確かに人間なんだけど)
「……まぁ良いわ! 体は動かせる?」
考えても拉致があかない、と彼女は弾みをつけて立ち上がった。なかなか活発的な性格らしい。
「え? あぁうん」
急に立ち上がった幽香に少し驚きながら彼もベッドから下りた。やや頭痛は残るものの体を動かすのは何も問題はない。
むしろとても体が軽かった。
「とりあえず散歩に行きましょ」
そう言った幽香は彼の手を取り歩きだす。促された彼も従い、ともに歩きはじめた。
しかしのちに彼女は知ることとなる。彼は人でないことを。