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愛の花   作者: 暴風圏
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第9話 日の隣を歩く者


 やっとこさの更新でございます。


 まったくねぇ、新年明けましておめでとうございますの言葉が6月の中旬ですよ。

 いつもどおりののんびり急展開ですがどぞー

 紅魔館というだけあって館は中も外も真っ赤だった。門からしてそうであったが内部もやはり豪奢な作りをしており、廊下には金細工で装飾のされた燭台が点々と掛けられている。

 三人が進む廊下もやはり赤く、壁には高そうな絵画が掛けられ、曲がり角には必ずといっていいほど高そうな壺が飾られていた。

 無論、それらの美術品が外の世界の専門家垂涎物の名品であることなど彼にはわかるはずもない。

「なぁ幽香」

 隣を歩いている幽香に声をかける。本当に歩いているのか疑うほど彼女の足音は小さく(というか聞こえない)上品で閉じられた日傘は咲夜に預ける事なく自分で持ち続けていた。

「なに?」

「ここのご主人ってどんな人?」

 つい先程一瞬で消えてあっという間に戻ってきたメイドは御主人様が云々と言っていた。それにこんな立派なお屋敷の主なのだからきっと凄い人なんだろう、なんとなく気になったのだ。

「そうねぇ……」

 ふむ、と顎に手を宛て考える素振りを見せ幽香はニヤリと笑う。悪い顔をしていた。

「すっごく恐い人よ」

「恐いのか……」

 うへぇ、と苦そうな顔の彼の隣で幽香が続ける。

「随分と前の事だけど幻想郷の妖怪達を相手に戦ったそれはそれは恐ろしい吸血鬼なの」

「吸血鬼?」

「他者の生き血を吸う妖怪よ。あなたも気をつけてね」

 そんなやり取りをしている間に大きな扉が見えてきた。扉の左右にはそれぞれハルバードを携えた甲冑が立っており、今にも動き出しそうな雰囲気を出している。

 前を歩いていた咲夜が扉の前で止まる。

「お客様をお連れしました」

「入りなさい」

 彼が指で甲冑をつついている横で咲夜は挨拶を済ませて扉に手をかけた。彼女の様子からしてそう重くはないのかもしれないが重厚感のある音を鳴らして扉が開かれる。

 部屋に入ると左側にテラス、右には大きな絵画が一幅。他にもボトルシップや地球儀、単眼鏡といったものが並べられていた。

 部屋の奥には大きな椅子に掛けた少女の姿が。

「やあ、久しぶりだねフラワーマスター」

「こんにちは、もしかしてお休みのところに押し掛けちゃったかしら?」

 言葉とは裏腹に悪びれているようにはまったく見えない幽香に対して少女は寛容に「いや、今日は客人が来るって知ってたしね」と答えた。

「……」

「どうかしたの?」

 キョロキョロと部屋を見回す彼に幽香が声をかける。咲夜は既に居なくなっていた。

「吸血鬼ってどこにいるのかなって」

「いや、ここにいるでしょう」

 自分を指差して少女は小首を傾げた。そして彼の隣でなぜか口元を手で抑えて肩を震わせている幽香を睨んだ。

「……?」

「私が吸血鬼レミリア・スカーレットよ。聞いてなかったかしら?」

 言うとレミリアはどこに畳んでいたのだろうかと思うほどに巨大な羽を開き、小さく羽ばたいた。

 よく見ると柔らかそうな上唇の下には発達した犬歯がチロリと覗き、瞳はまるで猛禽類のように鋭い光彩をしている。

「だって幽香が吸血鬼は恐いって……」

「うん。恐いでしょ?」

 ぎゃおー、と腕を振り上げて威嚇(?)の体勢をとるレミリア。可愛いだけである。

「全然恐くない……」

「なっ!?」

 幽香が吹き出した。






「まったく……」

「私じゃなくてあなたの威厳のせいね」

 くつくつと笑いながら幽香がカップに口を付ける。透き通るような清涼感の中にほんのりと甘さがあるお茶だ。

「エルダーフラワーね」

 ポットを置きながら咲夜が答える。

「ええ。美鈴が薬の調合に使うといって育てているんですよ」

「あなた大丈夫なの?」

「私はレモンティーだから平気よ」

 四人がいるテラスからは霧の湖が一望出来た。パラソルの下で優雅にハーブティーを飲み、おしゃべりに興じる。なんとも平和な昼下がりである。

 始まったガールズトークに着いていけず彼はチラリと部屋の中を見る。壁には長髪の男性の肖像画掛けられており、その下に先程彼らが通ってきた扉があるのだ。

 男性は飾りの付いた帽子に口ひげ、黒のマントとかなり暑苦しそうな格好をしているが彼にはどこか親近感があるように思えた。

 そのまま視線を下げる。扉が少しだけ開いていた。

「ん?」

 そのまま視線を下げていく。

「あ」

 女の子と目が合った。レミリアと同じくらいの背丈で金色の髪さサイドで結んでいる。

 小さく扉を開け、半身だけ出して彼をじっと見つめている。肩口からは枝のようなものが伸びており、まるで演劇小屋のランプのような配色をしたほ宝石がぶら下がっていた。

 しばらく見つめ合っていると女の子はニコリと笑い彼に向かって小さく手を振って扉の向こうに引っ込んでしまった。

「ところで」

 仕切り直すようにレミリアが言う。カラン! とグラスの中で氷が動いた。

「世間話をしに来た訳ではないんでしょう?」

「……二人で話したいのだけれど」

 幽香がそう言うとレミリアは咲夜に彼を連れてその辺を散歩してくるように指示した。






 レミリアが口を開いたのは彼と咲夜が出ていってから少ししてからだった。

「ペットは選んだ方が良い。躾をしようが結局は本能というものに逆らえないからね」

「どういう意味かしら?」

 組んだ手の上に顎を乗せて幽香が尋ねる。

「悪魔は飼えないよ。飼ったとして裏切られるのが常だ」

「飼ってるなんていうわけじゃないわ。一緒に寝起きしてご飯食べたり遊んだりしてるだけよ。……それより」

 頬杖を付いてレミリアはグラスを傾ける。出ていくときに咲夜がおかわりを注いでいったのだ。

「……やっぱり悪魔なのね?」

「一口に悪魔と言っても色々居るよ。その辺ついてにはあなたの方が詳しいんじゃない? 昔は魔界に居たと聞いてるけど」

「人間の匂いがするのよ」

 ふぅ、と溜め息をついて幽香が目を閉じる。日傘は彼女が座っている椅子の背もたれに掛けられている。

「人間が悪魔に転じる、なんてのはよくある話よ。私も質問いいかしら?」

「どうぞ。私に答えられるかどうかは別としてね」

「彼、どうして日の光に当たって平気なのかしら」

 吸血鬼には様々な弱点がある。十字架、ニンニク、聖水、銀、雨、白木の杭、そして太陽。他にもあるが代表的な物はこれだ。

「彼はどちらかといえば私達吸血鬼に近いタイプの悪魔よ。デイウォーカーとかなら話は別だけど」

 レミリア曰く、そもそも悪魔というのは例外をこそあれど基本的には日の光を苦手するらしい。

「純血だと思うわよ。多分」

「それにさっきのエルダーフラワーの事も私に聞いたわけじゃないんでしょう?」

「ええ、彼は美味しそうに飲んでたみたいだけどね」

 エルダーフラワーは魔除けとも知られており、ヨーロッパでは古来から庭先に飾っておく習慣があるのだ。

「日光の事については私もわからない。ただ……」

「ただ?」

「最近わかったことだけどね。彼は影を操ることが出来るみたいなの。もしかしたらそれが関係してるのかなって」

「影を……」

 当の本人は飛ばされたシーツを拾う事に使っているだけだが。

「私もやってみようかな」

 むん、と幽香の影に手を向ける。なにも起こらなかった。






「ここが紅魔館名物『開かずの間』です」

「不便ですね」

 一方、彼ら二人は紅魔館の名(迷)所巡りをしていた。

 七不思議の一つとして数えられる事もあるこれを『不便』の一言で片付けるのも彼ならではなのかもしれない。

「といっても呪いとかじゃなくて立て付けが悪いだけなんですけどね。ほら開いた」

 ノブを斜め上に上げながら捻るのがコツですよ、と無駄知識を披露し次にへと進む。



「ここは通称『恐怖の階段』です」

「ほうほう」

 着いたのはなんの変哲もない階段である。

「登る時と降りる時の段数が違うと妖精メイド達の間で恐れられています」

 そもそも何故数えたのか。

「私も試してみましたが……」

「違ったんですか?」

「違わなかったです」

 しれっと答える咲夜。段数を数えながら階段を登り降りしている様はある種のホラーなのかもしれない

「妖精は頭が良くないですからね。きっと数え間違えたんでしょう」

「実際怖くないですもんね」




「ついこの前まではここに福寿草があったんですよ」

「福寿草?」

「心臓に良いと定評のある草ですわ」

「へぇ」

 次に来たのは館の裏手側。彼の居る場所からはテラスから日傘で相傘している幽香達の姿が見えた。

 何かを話しているが彼の位置では聞こえない。

「なんで日傘差してんだ?」

「お嬢様は吸血鬼ですからね」

 彼の呟きに咲夜はすかさず捕捉を入れる。

「吸血鬼はお日さまが苦手なの。それにお姉さまはお日さま嫌いみたいだし」

「……ん?」

 背後から掛かる幼い声。咲夜の物ではない。

 振り返った先には先程扉からこちらを見ていた少女が日傘を差しながら立っていた。

「わたしはお日さま好きなんだけどね。日さまはわたしの事嫌いだから」

 ほら、と言って少女は日傘の外に手を伸ばす。日光に当たった途端、透き通るような白い手が指先からボロボロと崩れていった。

 彼はそれを呆然と眺める。少女の指先が崩れる様子がとても美しかったのだ。虫眼鏡で紙を燃やしたような荘厳さとガラスに亀裂が走るような繊細さが合わさったようだった。

 咲夜に止められて少女は手を引っ込める。

「ほらね?」

 あっけらかんと言う少女の手はまるで映像を残したフィルムを巻き戻したように元に戻っていく。

 そしてその光景以上に不思議そうな顔で少女は彼に尋ねた。

「あなたはお日さまに嫌われてないのね。どうして?」

「俺が?」

「だってあなた私やお姉さまと同じでしょう?」

 少女が少しだけ傘を傾けて顔を見せる。レミリアと同じく愛らしい顔つきだが、大きな犬歯と鋭い瞳は吸血鬼のものだった。

「俺は血なんて飲まないぞ」

「同じ『悪魔』ってことよ。たくさんの種類がいるってパチェの本で読んだわ」

「パチェ?」

「ウチに居る引きこもり」

 足下からくしゃみが聞こえたような気がした。少女が続ける。

「空、陸、水、他にもジャパニーズデーモンや数式の悪魔、思考の悪魔他にもたくさんいたわ」

 あなたがどれかは知らないけどね、と少女が付け加える。枯れ枝のような翼に付けた宝石が太陽を反射した。





「まぁ、少しずつ知らせていけば良いんじゃないかな。本人なりに色々戸惑うことはあるだろうしね」 

 一通り話が終わり幽香とレミリアは正面ホールに戻ってきていた。

 咲夜に伝え、彼とは門で合流することになっている。

「ええ、そうするわ」

 踊り場で別れ、幽香が階段を降りていく。

「そういえば……」

 思い出したように足を止めて振り替える。レミリアは手摺に腰掛けていた。

「貴女、彼の運命とか見なかったの?」

「ええ、見たわよ」

 悪戯っぽく微笑み背中の翼を小さく羽ばたかせながらレミリアが言う。


『運命を操る程度の能力』


 彼女の能力だ。文字どおり運命を操り、運命を見通す。

「でも真っ暗で何も見えなかったわ。お先真っ暗ってことかしらね」

 ふふん、と鼻を鳴らしながら左手を握り幽香の方へ向ける。

「運命が見れなかったのは彼の他に二人居るわ」

 言いながら人差し指を立てた。

「一人は咲夜よ。まぁ咲夜はいつも何考えてるのかよくわからないだけだけど」

 基本的に仕事は完璧にこなすが時たま、すっとぼけた事をするのだという。

「天然なのね」

「もう一人はあなた。霊夢のも見えるのに不思議よね」

「え? そりゃそうよ」

 わざとらしく驚いた素振りをしながら幽香はそっと前髪に触れる。そしてニッコリ笑うと言った。

「だって私運命とか信じていないもの」

 くるりと踵を返し、ひらひらと手を振りながら幽香は紅魔館を後にした。





 門で合流した二人はそのまま家へと歩きだした。時刻は八つ時、つまりは午後二時頃で太陽はやや傾いている。

 二人が歩いている道はこれといって舗装はされておらず、ただ人が大勢歩いたことだ踏み固められているだけ。左右にはそれほど大きくもない木が並んでいた。

「幽香」

「んー?」

 日傘の陰から幽香が顔を出す。隣を歩く彼は途中で見つけた石ころを蹴りながら言った。

「俺って悪魔なんだってさ」

「へぇー」

 短いやり取りをして二人の間に一瞬の沈黙が生まれる。幽香が気づいたのは数歩歩いてからであった。

「い、今なんて?」

 錆びたブリキ人形のようにぎこちない動きで彼へと向いた幽香の顔は笑顔でひきつっている。

「いや、さっき聞いたんだけどさ。俺って悪魔なんだって」

「え? それであなたどうなの?」

「どうなのって?」

 霊夢ともレミリアとま話し合った。「ひとまず彼には本当の事を隠しておこう」と。

 彼がショックを受けてしまわないかと考えていたがまったく動じていないらしい。いつも通りの彼だった。

「そりゃまぁ多少はびっくりしたけど別にいいかなって」

「いいかなって……私が言うのもなんだけど要するにあなたは妖怪なのよ?」

「つまり幽香と一緒なんだろ? なら良いじゃないか」

 あっけらかんと言う。彼にとって自分の正体が妖怪であったことなどはどうでもよく、幽香と同じような存在であることへの喜びの方が大きいのだ。

「……そう」

 呆れたのか安心したのか、はたまた両方かで幽香は溜め息をつく。

「もう一つ聞いて良い?」

「……なに?」

 もう今さら驚くことなど無い。

 そんな様子で幽香は彼の質問を待った。

「幽香はお日さま嫌いなのか?」

 彼の問いに幽香はキョトンとしながら日傘を回す。石ころが少し遠くに飛んでいった。

「さっきのレミリアもそうだけどいつも日傘を差してるから」

 先程庭で話した少女(レミリアの妹で名をフランドールというらしい)は姉はお日さまが嫌いだからああして日傘を差していると言った。

 同じくいつも日傘を差している幽香もそうなのではないかと思ったらしい。

「そうねぇ。好きだけど妬ましい、ってとこかしら」

 言いながら彼女は日傘越しに太陽を見つめる。霧の中で見た時のように白く濁っていた。

「妬ましい?」

「お花が咲くのに太陽の力は必要不可欠だわ。アレが無いとお花は咲けない。なんだか悔しいのよ」

「そっか」

 先程蹴り飛ばした石ころが再び彼の足元へ戻って来たのでもう一度蹴った。

「好きなものとの上手な付き合い方教えたげる」

 明後日の方向に飛んでいった石ころが木の根にぶつかり、林の奥へと消えていく。

「好きなものとは物理的にも精神的にもちょこっとたけ距離を作るの」

「どうして?」

「近すぎるとお互いに相手の良いところだけじゃなく悪いところも見えてくるのよ」

 一枚、薄くてもなんでもよく一枚だけ相手との間に壁を作っておけば長く付き合える、幽香ならではの考え方なのかもしれない。

「俺は良いとこも悪いとこも全部知りたい」

「それもきっと答えよ。情熱的で良いと思うわ」

 でも暑いのは苦手だ、と彼は自分の影を伸ばして日傘を一つ作った。

 影で作ったからだろうか。完全に日光を遮断できる優れ物だ。

「あなたはお日さま好き?」

 それを横目で見よ幽香が同じく彼に聞いた。

「どっちかっていうと苦手だ。暑いの嫌だし」

 それはみんなそうでしょうね、と幽香が笑う。

「でも……」

「うん」

「お日さまは花を咲かせてくれる。花が咲いていると幽香は楽しそうだし、幽香が笑顔だと俺も嬉しい。だから嫌いじゃない、かな」

 たどたどしくもハッキリとした声音で彼は言う。一瞬だが日光が強まった。

「そっか」

 幽香の日傘はいつの間にか閉じられていた。そして滑り込むように彼が持つ影の日傘に入ると彼女は抱きつくように彼の腕に絡んだ。

「ありがとね」

「ん」

 晴天の空の下、一輪の花が静かに揺れていた。






 はい、というわけで第9話でしたー。いつもよりちょっとだけ長いね。

 ところどころネタを放り込んであるのは仕様ですね。気になったら適当にググってみてくだせぇ。


では、読了ありがとうございました。次回もまたー


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