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慣れとは無自覚の病である。(本屋)

 

※見ようによってはR15すれすれなのかもしれないけど、違うのかも知れない。


 

 

 鈴ノ木さんが珍しく凹んでいる。

 比喩的に言えば茸が生えそうなどんよりじめっとした陰鬱さを背負い、さらにはこの数時間で五キロは痩せたようにやつれて見える凹み具合。ポーズはお決まりの体育座りで部屋の隅から動かない。こういう新手の植物みたいだ。


 理由を私は知っている。本日、遊びに来たサトにけちょんけちょんに言い負かされたからだ。

 プロの作家の家を見たいという動機で彼氏宅に親友を招いたのだが、私の馴れ初めに手を貸すくらいだから仲がいいと思えばとんでもない。意外にも犬猿であった。

 いや、同族嫌悪だろうか。絶対に近しいものを持つ二人は私をネタに喧嘩を始めたのだ。

 始めたと言っても、サトの圧勝ではあったのだけど。

 作家だから、言葉のプロだから口喧嘩は強いと思ったら大違い。やはり理屈をものともしない女の方が圧倒的に強いのだと改めて学んだ。


 言い合いの詳細については鈴ノ木さんの名誉の為に黙っておくが、彼を凹ませると私はサトに手を引かれファミレスに連れてかれたのだが、気になってサトと別れたあとに戻ればこの様だ。

 人間は加湿機能がついていただろうか。どんよりじめじめとした彼を前にそんな阿保らしい事を考えて、そっと除湿器を置いたれば鈴ノ木さんは力なく小さく笑った。意図は通じたようだ。


「分かってる。元気出さなきゃだよね」

「サトに言われたこと、あまり気に病まないでね。気にかけた方がいいけど」

「そういう完璧に甘やかさないひいちゃんが好きだよ」


 でも、と鈴ノ木さんが鼻にかけたような甘えた声を出す。


「今日くらいは甘やかして欲しい」


 この人と私は九つは年の差がある筈だがなぁと思いながらもそれすらもなんだか愛おしくなり、いいですよと私はベッドに腰掛け鈴ノ木さんの頭を膝に乗せた。


「眠るまで撫でてあげます」

「撫でるだけ?」

「ほっぺも撫でてあげます」

「撫でるだけ?」

「禿げるまで髪を毟りましょうか?」


 観念したか鈴ノ木さんが大人しくなる。私は彼の指通りのいい髪を撫で、子供を寝かしつけるように背中を優しく叩いた。


「俺、子供みたい」

「拗ねていじけて慰められる現在は確かに子供っぽいですねー。たまにはいいですけど」


 ぽんぽんと背中を叩いてつい子守唄を口ずさめばますます子供扱いになる。


「ひいちゃんの膝があったかい」


 微睡みながら鈴ノ木さんが私の膝に顔を埋める。くぐもった声が聞こえづらくて顔を近づけて耳をすませば、そのまま頭をぐりぐりと膝に押し付けるように仕掛けてきた。


「ちょっと鈴ノ木さん!」


 やめてくださいと怒ろうとしたら、不意に鈴ノ木さんが起き上がったために反動で私はベッドに倒れた。


「ひいちゃん。俺、甘えたりない」


 ぎしっとスプリングが軋み、膝立ちの鈴ノ木さんがにじり寄る。


「子供はね、赤ちゃんなんだ」

「初めは誰しも赤ちゃんですね。でも言ってる意味が分かりません」


 でも言わんとしてる事に嫌な予感しかないので、逃げるようにベッドを下りようとしたら捕まって引き寄せられた。背中から羽交い締めにされると、猫が甘えるように鈴ノ木さんの細い鼻筋が私の頬にすりすりと擦り付けてくる。


「赤ちゃんはみんな女の人に守られて眠るんだ。俺もさ……」


 ひいちゃんの中で眠りたいな。

 耳に直接甘い声を吹きかけられると、一気に心拍数が跳ね上がるのだからこの人は魔性だ。たとえ誘い文句に品がなくとも、声に指に匂いに理性ごと持って行かれる。


「こんな甘やかし方、今日だけですからね」


 口では仕方ないのポーズを見せるが、今日だけで終わるかの保障も自信も全くない。

 静かにベッドに倒れ込み、優しいキスを貰いながら私は事の発端の言い争いはなんだったのかを考えていた。

 サトは何を言ってたんだっけな。

 色々言っていた気がするけど、一番最初に何を言ったのだろう。

 なんだっけ。なんだったっけ。

 うんうんと思い出していたら、あっと思い出した。


『愛がウザい』


 それがひきがねだったんだ。

 そうだったそうだった。妙に私も納得した筈なのに忘れちゃうなんて、どうしたのだろう。

 とってもとってもしっくり来てたのに。

 おかしいな。


「甘やかすひいちゃんに俺への集中を疎かにするのはいただけないな」


 つい吹き出したら鈴ノ木さんにそんな不平を言われ、罰のようにきつめに首を吸われた。

 そうでした。私は私で甘やかさなければいけないのだった。

 向き合って首に抱きつけば、それに嬉しそうに応えて背中に手を回す鈴ノ木さん。

 不思議な事に、今の私にはサトの言葉に頷けない気持ちで枕元のリモコンを操作して暗い室内の沈むのだった。


 


 こちらもおたおめ祝いとしてリクエストして貰った「サトちゃんがお兄さんに毒を吐き、それをひぃちゃんが庇ったがためにお兄さんが調子に乗ってひぃちゃんを連れ込まんとす1000字」でした。


 最初は1000文字で頑張ったのだけど、途中で解除されたので好きに書きました。書いたら何か違うような方向になりました。多分お兄さんが調子に乗るとそんな風になるんだと思います。


2012.08.30

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