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とある休日(本屋)

 

「今週の土曜、どこに行きたい?」


 なんて聞かれて「図書館」と即答した私。鈴ノ木さんは笑って「じゃあ、一緒に行こうよ」とか言ってくれたけど、あとあと考えてアレはデートのお誘いだったのではと気付き、失敗したと思っても遅い。こんな失敗、以前もあった気がする。

 今更「やっぱり舞浜に行きたいです。ねずみの巣とか見たいです」と言い直せないのは長女気質の所為だとしておく。なんとなく、自分の鈍感さにしておくのは悔しいのだ。ジョシリョクとかその辺において。


 さて、とにかくデートだとしても行き先は図書館だ。気負った服装は場に合わないが、やっぱり可愛く見せたい。普段はジーンズの所をリネンのワンピースにしてみただけ努力賞だ。ローウエストのガーリーさで、ちょっとは華やかな鈴ノ木さんの隣でも彼女っぽさが出たらいいなって精一杯の見栄。


「可愛いね」


 待ち合わせ場所のマンションの玄関ロビーですぐさま褒めてくれる彼はマメだ。女の子の扱いに慣れてるなって思うも、悪い気はしない。

 近所の市立図書館はかなり大きくて蔵書数も豊富だ。おまけに庭園も広々としていて、ゆったりと寛げるので最高なんだけど、この日は生憎の雨で、庭園が使えない上、普段から足繁く通っているので新鮮味もない。やっぱりデートには不向きの場所だったと悔やまれるのに、鈴ノ木さんは全然そんな素振りも見せない分、ほっとする。

 けれど、私がそう悔やんだのも最初の十分くらいだった。大好きな本を前にすると鈴ノ木さんの存在すら忘れて、片っ端から本を手に取り読みふける。近所の本屋では見掛けない古い本とか、絶版になった絵本とか、読書室の机に重ねて全ての中に目を通す。はっと気付いたのは、自身の腹の音でお昼時間を知った時だ。


「あ、鈴ノ木さ……」


 どうしよう。一瞬焦り、目の前の席に彼の人が似たように本を読んでいて胸を撫で下ろした。


「どうかした? あ、そうか、お昼時間だね。近くにいいカフェがあるけどそこに行こうよ」


 そう言って席を立つ、鈴ノ木さんは私の本まで抱えて貸出カウンターに向かう。まだ読んでいない分、借りる分をきっちり把握しているみたいだ。

 私は本に夢中だったのによく見ているなと感心し、同時に自己嫌悪。これはデートとしてアリだろうか。

 心配になって、図書館を出てから鈴ノ木さんに謝ると、彼はきょとんと目を瞬かせ、少しして照れ臭そうに破顔した。


「俺は‘耳をすませば’みたいで甘酸っぱかったけどな」


 そこで文学女子の好きなジブリ作品を引用する鈴ノ木さんに私まで赤くなる。

 確かに本を読みふける主人公の雫の向かいに天沢聖司が座っているシーンがあったのだ。

 そんな風に例えられると気恥ずかしい中に妙な嬉しさがあって、ごめんなさいも引っ込んでしまう。


「そもそも、俺はひとみちゃんが本を読む姿に一目惚れしたんだから、図書館デートが退屈な訳ないのに」


 拗ねた顔は私の鈴ノ木さんへの理解度の低さを責めていた。そんな風に私を甘やかすから、自分の好きに行動してしまうのをこの人は分かっているのだろうか。

 こんな時、たまらなく「好き」だと口にしたくなるのに、いざという時に舌が回らないのが私の不甲斐ない所。だから精一杯の思いで体を寄せて鈴ノ木さんの腕に腕を絡ませて私達は並ぶ。私の傘は敢えてしまっての相合い傘。

 私の精一杯の誘惑は通じているだろうか。

 見上げて鈴ノ木さんの目を見つめると、人目を傘で隠してほんの数秒のキスを貰う。雨の湿気を含んで、いつもより水っぽいキスだった。


「……これでデートらしい感じかな?」


 まるで私の不安を言い当てるように呟いて、鈴ノ木さんはもう一度私の唇を啄む。


「図書館デートってさ、思うより悪くないよ? 気持ちが平坦で穏やかになる反面、結構奥でくすぶられるものがふとした時に激しく燃え上がるから」


 それってどういう意味?

 問い掛ける前に目的のカフェについてしまった。

 食事をしながら主に最近読んだ本の話をし、学校の話、友達の話、鈴ノ木さんの仕事の話をする。

 なんて事はない平易な日常。恋愛を知らなかった頃はデートって物凄い勢いで盛り上がるものだと思っていた。だけど、私が知ったデートはなんの特別もない。ちょっといつもの日常より半歩はみ出したくらい。それなのに不思議とピカピカしている。

 例えるなら雨上がりに虹がかかったような。程度は小さいのに、何故か、ちょっといつもより特別なそんな感じ。

 鈴ノ木さんとの時間は雨上がりの虹なんだ。

 でも、それでいいような気がする。そんなゆったりとした時間で合っている気がする。少なくとも今の私にはこれくらいの歩みが心地良い。

 無理して遠出して、カップルらしい事は私の身の丈に合っていない気がする。行きたいけどね、舞浜。二人きりが良いと思わないのが実は現状。

 鈴ノ木さんはそれを分かっていて、待っているんじゃないのかな。そんな気がした。

 鈴ノ木さんは意外にずっと私を待っていてくれているんだよね。そんな優しさが嬉しくて、心地良くて、もう少し甘えていたくなるんだ。


 そうだ。今度は近所の神社巡りを提案してみようかな。

 ふと思い付くデートプラン。それを言ったら鈴ノ木さんはどんな顔をするのだろう。

 数秒先の未来を描いて含み笑いを浮かべ、口を開く三秒前。


 なんて事はない、とある休日の切り抜き風景。


 

 

 中学生日記です。

 どうにも微笑ましくなってしまいます。一般公開版としては正しいのですが、どうにも煮えきれない思いを抱えるのが作り手の我儘なんでしょうか。

 余談ですが、耳をすませばは名作です。

 


2012.08.20

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