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七夕マジック(本屋)

「七日ですか? その日は曾祖父の十三回忌の法事で帰省するんですよね」


 なんて言ったのはまずったかなと思ったのは当日の出発時になってからだった。

 今日は七月七日、七夕だ。

 クリスマスのような盛り上がりはないが、織り姫星と彦星が年に一度の逢瀬を重ねる日。ある意味恋人達のイベントである。本来は五節句の星祭りだとかお盆だとかの行事だった筈なのに何故かロマンスに酔ってしまう最近のこの風潮は如何なものかと思う。

 そんな不承もあってか、正直、今まで素通りしてきたイベントに感慨などないのだけど、向こうはそうじゃないんだろうな。 誘われたタイミングを察するべきだった。しかし、十三回忌は大事な法事だ。

 今日のは父の実家の法事なのだが、父方の身内は特に女手が少ない。十三回忌は基本、内内で行うが教師を勤めていた曾祖父は顔が広く、集まるお客さんが多い。すると女はとにかく忙しいのだ。

 男の人は狡いと思う。挨拶と称して客人と膝つき合わせてお酒を煽るだけが仕事だ。女は台所で戦争なのに。勿論、戦力の頭数に入れられている私が抜け出す訳にも行かない。よしんば、抜けれたとしてもこういう行事を蔑ろにするのはどうにも違う気がする。

 いくら、付き合い始めて最初の七夕だろうと関係ないのだ。ただ、いつものデートとは違い、七夕の日のお誘いを断ったのはやはり心苦しい。特にその日すら失念していた身としては、あまりにもすげない返事だったかも。


 もし、今日が、今年がなんでもない日なら鈴ノ木さんはどんなデートをしてくれていたのだろう。

 そんな事を思ったのは、法事も済んで落ち着き始めた夜の十時頃だった。祖父母宅の縁側に出て、祖母自慢の藤棚越しに空を見上げる。珍しく七日に晴れて天の川もはっきり見えるのに私達は離れ離れだと、溜息が出た。

 それをちょっぴり切なく思い、私は鈴ノ木さんに電話を掛ける事にした。着信が一回目が鳴り終わる前に鈴ノ木さんが出る。


『ひとみちゃん!?』

「そうですよ。鈴ノ木さん、出るの早かったですね。もしかして私の連絡でも待っていました?」

『そうだよ』


 からかうつもりで言ったのに即答されてしまった。冗談だとしても嬉しい。


「メールをしてくれても良かったのに」

『忙しいと思ったら、なかなか出来ないよ』

「仰るとおり、大した返事は出来なかったでしょうけどね」

『お疲れ様。明日には帰るのかな?』

「昼過ぎにはそっちに着いてる予定ですよ」

『良かった。もし良ければ家に来ない? 美味しいケーキを用意しとくから、うちでゆっくりしていってよ』

「はい。そうします」


 今度は色好い返事が出来て良かったと胸を撫で下ろしながら、すとんと一緒に別の言葉がついて出た。


「ごめんなさい」

『なにが?』


 心底不思議そうな声音で返って来たので、今日のお誘いを断った事を説明する。鈴ノ木さんは軽く笑いあげた。


『そんなの気にしてないよ。そりゃ七夕イベントをやってる所に誘うつもりだったけど、ひとみちゃんとのデートはいつだって特別なんだから』

「……そういうの、恥ずかしげもなく言わないで下さい」


 普段から臆面なく言っちゃう鈴ノ木さんだけど、声を直に耳に当てて聞く電話からの破壊力は強烈だ。あまりにも照れ臭くて私は挙動不審に背後の仏間に視線を送る。一仕事を終えた母やおばらも交えて、プチ宴会となっていて誰も私が彼氏と電話をしているなど気にも留めていないようだ。

 ほっとして携帯電話を持ち直すと、まるで今の私の焦りを見ていたみたいに鈴ノ木さんが喉の奥で笑っていた。


「なにがおかしいんですか」

『照れてわたわたしてるひとみちゃんが可愛いなって』

「わたわたしてません!」

『あれ、そうなの? 電話じゃ足りないのかな。明日ぎゅっとしながらもう一回言ってもいい?』

「……丁重にお断り申し上げます」


 それこそ身が保たない!

 しかしなんて事だ。結局会えもしないデートも出来ていないのに、それにも劣らないときめきを言葉だけで与えられるなんて。


「来年は七夕デート実現させましょうね」

『そうだね。なんならこの先この時期に法事があれば、弔い上げまで付き合っちゃうから安心していいよ』

「はっ?」


 一瞬、なんの事を言ってるかが分からない私に鈴ノ木さんは「気が早いかな」と首を傾げるような声で言った。遅れて意味を理解した私は耳が熱くなった。


「それはかなり先の長い話ですよ」

『だとしても、ひとみちゃんがその先に俺がいると思ってくれてるだけで十分嬉しいな』


 その先の言葉を生み出すのにかなり苦戦するくらい私は身悶えた。

 鈴ノ木さんの直球は本当に心臓に悪い。私は鈴ノ木さんの甘い言葉にどれだけ打ちのめされればいいのだろう。いつかは慣れるのだろうか。弔い上げの頃には平気になっているのだろうか。


 考えてまたなんとも言えないくらいに恥ずかしくなった。

 その気になってるというか、当たり前のように受け入れている自分に驚愕だ。私は恋愛に淡白だと思っていたけれど、意外に情熱的なのかも知れない。

 私の未来は鈴ノ木さん以外に考えられないのだから。


「……鈴ノ木さん」

『ん?』

「好きだよ」

『――へ?』


 瞬間、ガツンと物凄い音が鼓膜に響いた。私も慌てて通話を切ってその上で電源も落とした。俗に言う、言い逃げというやつだ。

 告白した日以来口にした事のない言葉を衝動的に言っていた。

 どうしてだろう。天の川をふと見上げて織り姫達は出会えてるのに、私達は離れ離れだと思ったらたまらなくなって口走ったとしか言いようがない。


 鈴ノ木さん、驚いてケータイを取り落としてたよ。

 明日、どうやって顔を合わせよう。

 三百六十五日の内の一日会えないだけで、なんとも腑抜けてしまったのか。

 七夕マジックおそろしや。

 火照る顔を隠すように私は頭を隠すのだった。


 

 

 おたおめSSとして友人よりリクエスト頂きました「お兄さんで七夕ネタ」でした。

 七夕なのに法事ネタが中心であり、ハピバの方に法事ネタ。

 しかも肝心のお兄さんが電話のみの出演でごめんなさい。頑張ってひぃちゃんをでれさせたのでこれでお納め下さい。

 ブログ公開で短いし、付き合い後のくせに微糖でごめんなさい。

 どうやら甘甘が不得手だと最近気づきました。


2012.08.20

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