表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠らない街

作者: 描迷 氷菓

終電の丸ノ内線の乗客は少ない。灰色のスウェットを着ている男がだらりと寝ている。俺の3個隣の席では薄汚い中年オヤジが新聞を広げている。その新聞は12月24日のだろう。日付はもう変わってる。25日だ。

ネオンで輝く池袋駅に着いたのは午前12時頃。池袋は夜中の昼を迎える。居酒屋の勧誘やコンビニの隣でたむろする少年少女や飲み会帰りのサラリーマンなどで駅前が大きな声を立てている。


横断歩道をそのまま直進する。車なんてのはタクシーしか通らない。料金増し。地下を電車がはり廻っているいるというのにタクシーなど使わないだろう。


「お兄さんどうだい、飲み放題で1200円だよ」

「カラオケいかがっすかー」

「兄ちゃん、いい女いるよ」

「聖なる夜にどうだい?」


路地に入っていくほど、ひどい勧誘ばかりだ。テレクラ、ラブホ、SMホテル、アナルクラブ…。世の中変なこと考えるやつもたくさんいるもんだ。

西口公園のステージではリズムのいい曲が流れている。ショートパンツに肩が見えるTシャツを着た胸と骨盤がよく強調された女が三人ダンスを踊る。

芸術劇場は改装中でクリスマスだっていうのに閑散としていた。誰が作ったか知らない漆黒のブロックレプリカはそれが真の姿であるように電光飾すらされずに聳え立っていた。


「よう、遅かったな」

円形に並んでいる鉄のベンチの端に座っていたのは友人の翔である。ジーンズにこげ茶のレザー、インナーは青のYシャツと茶のカーディガン。御洒落さん。

「こっちは新宿から帰ってきたんだよ」

「歌舞伎町の女とでも遊んできたか?」

「あそこはこことは大違いに縄張り意識が強いんだ。俺なんかがあそこの女に手出したら新宿が俺の墓場になるわ。どうせなら池袋で死にたいね。」

「王様いいこというね。春稀今日相手いないの?」

「俺はお前と違ってヤリチンじゃねぇんだよ。アナルクラブにでも行ってろ」

「俺あ、ケツの穴より膣のほうが興味あるんだよ」


「ねぇ、ちょっとお兄さんたち暇ー?」前を見ると若い女が二人。他の場所に座るグループが一瞬こちらを睨む。西口公園はいつもナンパと逆ナンの戦場。

「ちょっと私たちと遊んでかない?」まだ17ぐらいだろうか。甘えている子猫のような声で鼓膜を震わせる。「うち、あなたのこと知ってるよ。春稀さんと翔さんでしょー」茶色ストレートのボブ。ネオンでキューティクルが煌いている。肩出しのニットからブラの紐が見えている。ジーンズのミニスカから伸びる肌色の脚は肉つきがよい。寒いのによく頑張るものだ。

「知ってるよー」そういって笑ったのは、金髪のロングストレート。スキニに流行りのダウン。

「お!まじで?いやー、俺達人気者だなぁー。どうする?居酒屋行っちゃう?」翔が調子に乗って立ち上がる。酒に潰れるのは勘弁だ。潰されるのは闇だけでいい。

どうやら翔はボブの女の子が気に入ったようだ。

「名前なんていうの?」ボブの子が美咲、金髪の子が麻美というそうだ。俺はちなみにどっちもタイプではない。

「春稀さん何歳なのー?」美咲が胸を協調させながら上目遣い。繁華街に出る。居酒屋やカラオケが多い。街路樹はもうほとんど裸で寒そうだ。

「21」本当のことなんて言う必要ない。どうせ1日だけの付き合い。一人で歩いているときよりも勧誘が多くなる。特にホテルから。そんなにヤってほしいのか。

みんな裸になったら、隠さなくなったら、世界は平和じゃなくなるよ。


「いらっしゃいませー。何名様ですかー」入ったのはチェーン店の居酒屋。座敷に通される。俺以外は生ビール。俺はオレンジジュース。酒は飲みたくない気分だ。

俺等はつまみをつっつき、酒を飲み、翔から出る話を肴にして盛り上がった。

俺がトイレにいくと立ち上がると麻美も立ち上がった。並んでトイレへ向かった。生憎なことにトイレは兼用。この居酒屋はどうにかしている。御先にどうぞ、と彼女を通す。彼女は笑いながら俺の腕をひっぱって個室へ連れ込む。ガチャと怪しい音。鍵なんて心以外に掛けるものじゃないぞ。

「なにがしたいの?」俺を壁に押し付けて、彼女は体を俺に擦り付ける。足が絡み合う。

「クリスマスだってのに、一回もイかないなんて悲しくないの?」

「クリスマスは裸になって重なり合う日だなんて俺は知らないね。俺はヤりたいときにヤるだけさ」彼女は俺の左手を自分の胸に押し付ける。顔が火照っている。ある意味新しい自慰行為だと思った。

「池袋の王様は女に飢えてないの?」空いている右手で太ももの内側を撫でる。下腹部に触るか触らないかぐらい。焦らしのうまいやつ。

俺はいきおいをつけて、彼女を突き放した。彼女は傷心したようだ。むっとこちらをみてくる。

「ごめんな。」頭を撫でて俺は個室からでていく。あぁ、トイレしたかったのにな。


座敷に戻ると美咲が酔い潰れている。翔が隣で「お開きかな」と苦笑い。麻美が戻ってきて、お開きとなった。二人は椎名町が家だそうなので冷たい夜風にあたりながら1時間ほどかけて二人を送った。男は紳士じゃなきゃ。もう一度、西口公園へ戻る。時刻は午前2時半。いつまで経っても明るく、星が点にしかみえない。この星は田舎に行ったら、ここのネオンぐらい美しくみえるのだろうな。

「なぁ、知ってるか。クリスマスだって」翔が濁った夜空を見上げながらいう。息が白い。

「あぁ、知ってる。キリストの誕生日だろ」

「…死んだ日じゃないの?」

「誕生日だよ」

「へぇ…。そういうことじゃねぇよ、春稀。クリスマスだってのに、一回も挿入してねぇよ」

「去年は何回入れた?」

「のべ5回ほど」

「ほう。俺は0回だ」

「キングよ。もっと飢えろ」

「遠慮しとく」

「顔もスタイルもいいんだから、ほいほい女釣れるだろ?」

「全部お前への記念日プレゼント。」

「ほぼ毎日じゃねぇか」

「毎日が俺とお前の記念日」


西口公園を見渡すとさっきまでいたグループはもういなくなっていた。陰では浮浪者が固い布団の上で寝ている。

「あっ。こんちわっす、春さん」現われたのは俺の後輩。黒縁眼鏡の好青年。俺といい勝負の至純さ。「なんすか?ナンパ待ちっすか?男ならガンガンいかないとだめっすよー」

「そういう真澄ますみはなにやってんだ。一人だし」隣で翔が真澄ちゃん久し振りーとニコニコしている。いつまでも能天気。

「俺、クラブの勧誘してるんですよ。どうです?いきません?踊りません?」真澄は腰を振ってダンスの真似をする。

「行こうぜ、春稀。どうせ暇だ」翔が言い出せば俺もついていく。それは決まっているのです。


真澄が案内してくれたクラブは東口にあった。歩いて20分ほど、地下に広がる宇宙ほど暗い舞台。大きな音楽が体を包み込む。

「あっちでドリンク買えますから。じゃ、自分はまだ客釣ってきますよ」真澄はそう言ってすぐに寒い外へと飛び出していく。熱心なところすごくイケてるメンズだと思う。

ノイズがひどい曲に耳を澄ませば洋楽の有名なクリスマスソングが流れている。洋楽には詳しくないのでよくわからない。

雑踏の中、翔とはぐれてしまった。袖が引っ張られたので振り向くと、クラブに似合わない女性がいた。狼の群れに迷い込んだ羊のようだ。

「あ、あの!」彼女は背伸びをして俺の肩に両手を乗せて、唇を耳に近づけた。彼女の吐息が耳に掛かる。くすぐったい。酒の匂いがするから飲んでいるのだろうか。「ちょっと付き合ってくれませんか!」

俺は頷いて、彼女がなすがままついていった。彼女は先に進むのだが人ごみに潰されているので、俺は彼女に覆いかぶさって壁際に押し付けた。

「危ないよ」

「ありがとうございます…」彼女が口をパクパクさせている。全然聞こえないので、耳を口元へ近づける。頬が少し重なった。吐息がくすぐったい。「私、愛美まなみっていいます。真澄くんにあなたのこと少し聞きました。困ったら、春稀さんのところ行けばいいって」

「なにか困ってるの?」彼女は照れ臭そうに両手を俺の首へ掛けた。距離はさらに近くなる。部屋が暑いのか、俺達が暑いのかわからない。


「私の処女を奪ってほしい」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ