俺の春 出会い編
出会い編です。長くなってしまいました…。
愚かだと思った。
だが・・・・・・
それ以上に愛しくて、抱きしめたくてしょうがなかった。
「というわけで、今日からうちの店を調査する尾形☆正隆さんだっ!みんな、仲良くやってくれるかな★??」
そう言って、店長はマイクのように握った右手を店員さんたちに向けた。
もちろん、誰も「いいとも!」とは返さなかった。
朝から、そのテンションを求められてもな・・・。
微妙な空気から抜け出すように、俺は一歩前に出た。
「尾形正隆と申します。短い期間ではありますが、よろしくお願いします。なるべく皆さんの邪魔にならないように行動しますので、どうかご協力下さい。」
言い終えた後に一礼し、顔をあげるとはると目があった。すぐにそらされてしまったが。
少しがっかりしつつ、ここまで近づけたことに喜びを覚える。
無論、この距離で満足したりしない。
目指すのは、誰よりも君に近い場所なのだから。
特にめげた様子もなく、店長は話しだす。
「さて☆それじゃ、尾形くんのお手伝いをしてくれる人を決めよう★う~ん・・・誰がいいかな~◎」
誰にしよっかな~と一人ひとり指をさしていく。
いちいち芝居がかってんな、この人。
「木野さんは返品入力があるし、山田さんには発注してもらわなきゃだし・・・三木さんは・・・腰痛だし☆」
大丈夫か?三木さん。
「という訳でっ!君に決めたっっ!!」
そう、決めてたんだ。ずっと前から・・・。
「佐竹はるさんっ☆尾形くんを頼む!!今日から君と彼は、一蓮托生だっ!!」
・・・店長、さすがにそれは言いすぎだろ・・・。
朝礼の後、調査面接と称して事務所の中で、はると初めて向き合った。
「すいません。面倒なことを頼んでしまって・・・。ですが、どうしても実際にお客様と接している方の意見が必要なのです・・・。」
言葉にいつもの切れがない。どうやら、ガラにもなく俺は緊張しているらしい。
「い、いえ・・・。でも私なんかが・・・役に立てるでしょうか?」
下を向きながら話す彼女を少しでも安心させたくて、言葉を探す。
「もちろん。店長はあなたを信頼して任せられたんですよ。」
店長と聞いて、彼女が顔をあげた。
「・・・そうですね・・・。私にできることがあれば何でも言って下さい。」
店長は彼女の大切な人の一人だ。わかってはいたが・・・妬けるなぁ。
「では、改めて。尾形正隆です。今日からよろしくお願いします。」
「あっ・・・えっと初めまして・・・っ。佐竹はるですっ!よろしくお願いしますっ!」
初めまして・・・ねぇ・・・。やっぱり、覚えてなかったか・・・。
一ヶ月前の、あの出会いを。
―数ヶ月前―
「は?月曜日の女?」
同僚である恒藤の話に、俺は素っ気なく対応した。
「お前は曜日ごとに違う女がいるのか。なかなかやるな。」
「俺を何だと思ってるのかな、尾形くんは。ぜんぜん違うよっ!ほら、いつも通る公園の近くにでかいマンションがあるだろ?」
「あぁ、確かに。」
「月曜日にだけ、公園のベンチに座ってそのマンションをずっと見てる女の子がいるんだよ。」
話の意図がわからず、俺は首をかしげた。
「それがどうした?」
「何か気にならねぇか?何で月曜日だけなのかとか。何であのマンション見てるのかとかさ。しかもさ、帰りしにもまだいんの、その子。一日中だよ?おかしくない??」
「誰かを待ってるのかもしれないだろ。」
俺は適当に返した。
「ん~・・・あれは、誰かを待ってるっていうより・・・。あぁ!もう!!」
言葉を濁し、恒藤は突然立ち上がった。
「説明すんのも面倒だ!ちょうど月曜日だし、今から見に行くぞっ!」
「はぁ?俺は別に・・・。」
興味ないと続ける前に、恒藤は俺の腕を強引にひっぱりだした。
そして、初めて俺は君を見た。
「な。いるだろ。」
自分の話を立証できて満足なのか、得意げに恒藤は言った。
だが、俺は彼の話を聞いてなかった。視線の先にいる彼女に釘づけになっていたから。
細身な身体で髪を一つくくりにした若い女性が、公園のベンチに座り、マンションの入り口付近をじっと見つめている。
どこにでもいそうな女性だった。
なのに・・・
彼女は・・・
彼女のまとっている雰囲気は・・・「誰かを待っている」というより
「・・・捨て犬だ・・・。」
そう、一時は誰かに求められたものの、人の勝手な都合で捨てられた犬のようだった。
一度、愛でられた記憶を忘れられず、飼い主が迎えに来るのをずっと待ってるような・・・。
「あぁ、そんな感じだな。な?気になるだろ?」
俺は答えなかった。そして、彼女に背を向け歩きだした。
「おいっ、尾形!」
恒藤の声にも足は止まらなかった。俺は一体どうしたのだろう。
いつも、ほとんど波立つことのない感情が暴れて全くまとまらない。混乱する自分に対応することができず、俺はその場所から逃げ出した。
その日から、俺は月曜日だけ通勤する道を変え、彼女を遠くから見るようになった。
何でこんなに彼女が気になるのかは考えないまま。
月曜になると足は自然とあの公園に向いた。彼女を見たら、訳のわからない感情に苛まれるとわかっていても、どうしてもやめられなかった。
何の変化もないまま、月日だけが流れていった。
その月曜日も、俺は見ているだけで何も起こらないはずった。
そう、君が倒れるまでは。
その日は祝日で、会社は休みだというのに俺は公園に来ていた。
自分の行動のおかしさを、ちゃんと頭では理解できるのに家にいても全く落ち着かない。
そして、俺はあきらめ自分におもうがままに行動することを許した。
彼女はいつものベンチに座ってた。
今日は祝日だから、時間制限はない。
家から持ってきた本を片手に俺は彼女が見える位置にあるベンチに座った。
1時間ほどたった時、突然彼女が崩れ落ちるようにベンチに横たわった。
俺は、慌てて彼女に駆け寄る。今まで一切近寄ろうとはしなかったくせに。
「どうしました?大丈夫ですか??」
返事はなかった。
呼吸が乱れ、顔が異常に赤い。ためらいがちに額に触れれば、ありえないぐらい熱い。
くそっ、もっと早く気づいていればっ!
とりあえず、救急車を呼ぼうと電話を取り出そうとした俺に声がかかった。
「にいちゃん、その子、うちに連れてきぃ!」
振り返ると、小柄なおばあさんがいた。
「ほら、ぼおっとせんと早く!!」
そのおばあさんの勢いに負け、俺はその指示にしたがった。
抱き上げた彼女の体は、とても軽かった。
おばあさんの家は公園の目の前で、古い商店のような佇まいだった。
「ここに、ゆっくり寝かせて。」
言われるがまま、ふとんに彼女を寝かせた。
それから、おばあさんは驚くほどテキパキ動き、家に連れてきて15分ほどで彼女の顔色が少しよくなった。
一段落した頃合を見計らって声をかける。
「ありがとうございました。俺一人じゃここまで迅速に対応できませんでした。」
おばあさんは少し笑って
「かまわへんよ。この子とは知りあいやしね。」
「お知り合いだったんですか。」
「そぉや。この子はな、今マンションが立つ前に、あの場所にあったアパートに住んでた子やから。ご近所さんのよしみでな。」
あそこに住んでたのか。
「そうでしたか。」
「あの子にもな、何度も言うたんよ。もう待つのはやめって。」
その言葉に俺の感情が、またざわめきだす。
「彼女は誰かを待っていたんですね・・・。」
「そぉや。この子は6年前からずっと母親を待ってるんよ。」
「母親・・・?」
「男と逃げた母親が最後に言うた「月曜日に帰ってくる。」いう言葉を信じてな。」
そんなっ!
「それで、6年間ずっとですかっ!?」
「そぉや。ほんまにあほな子やろ。」
おばあさんの彼女を見つめる目は、すこしうるんでいた。
「何度やめるように言うても、「もし、お母さんが帰ってきた時、家なくなってて困るだろうから。」って全く聞かへんのや。」
「ほんまにあほな子や。」そう言って、おばあさんは水をかえにいった。
愚かだ。
愚かだよ、お前は。
普通、もう帰ってこないってわかるだろ。
なのに、なんでそんな自分を捨てたヤツずっと待ってるんだよ。
ありえないだろ。
全く理解できない。
なのに
なんで
こんなにも
「・・・愛しい・・・っ。」
どうしようもないくらい、お前が愛しい。
今すぐ、抱きしめて二度と離したくない。
お前が望むなら何だってしてやるから。
だから・・・
その時、彼女が目を開けた。まだ、視界がはっきりしていないのだろう。俺の顔を見て
「お・・・かあ・・・さん・・・?」
と言った。
俺は微笑み言った。
「もう大丈夫。君を一人にはしないよ。」
そっと乱れた髪をなでる俺を見ながら彼女はたどたどしく話す。
「・・・ずっと・・・一緒・・・?」
「あぁ、ずっと一緒だ。」
お前が俺を選ぶなら。
「・・・そう・・・。」
と嬉しそうに微笑み彼女は目を閉じた。
その寝顔に俺はゆっくり話しかける。
「誰よりもお前を愛し、誰よりも大切にする。
だから、誰よりも俺を求めろ。
そうすれば、永久に俺はお前を愛するから。」
安らかに眠る顔を優しく撫ぜ、俺は立ち上がった。
ここで、俺にできることはもうない。
「おや、帰るのかい?」とおばあさんに声をかけられる。
「はい。彼女のことよろしくお願いします。」
「頼まれるまでもないよ。元気になるまで、この家からは出さないさ。」
「えぇ・・・。あ、そうだ彼女の名前を教えて頂けませんか。」
「ん?あぁ、佐竹はるだよ。」
「佐竹はるさん・・・ですか。ありがとうございます。それでは・・・。」
「ちょい待ちな。あんたの名前は?」
「名乗るほどのものではありませんので、失礼します。」
と言って俺は歩きだした。
そう、いつかちゃんと彼女の前で名乗る日が来る。それまで。
「あっ、ちょっと!」
それから、俺は使えるものは何でも使ってはるの情報を手に入れた。
はるを完全に手に入れるために。
恋愛に関して俺は自分はドライだと思っていたんだが、どうやら違ったらしい。
独占欲も執着心も人一倍だ。
初めてはるを見た時も、俺以外の人間を求めてるはるに苛立ち、はるに求められている人間に嫉妬したにすぎない。
ガキくさいなぁ・・・俺。
「あのっ!」
ん?
「あの・・・ずっと考え込まれてるようですが、どうかしましたか・・・。」
あぁ、そうだ。今は、はると面談中だった。
まあ、あんな状態で会って、俺を覚えてるはずないよなぁ。
しょうがないか。
「いえ、はるって印象的なお名前だなと思って。」
「え・・・?あ、母がつけてくれたんです。春みたいに暖かくて、みんなに愛される子になってほしいって・・・それで・・・。」
どんどん声が小さくなり、顔は下を向いていく。
はる、お前がまだ母親を求めているのなら、俺はその気持ちごとお前を受け入れる。
「なるほど。素敵なお母さんですね。」
その言葉を聞いて、はるはパッと顔をあげて、
「はいっ!」
と笑顔で言った。
過去はどうしても変えられない。
でも、未来なら割と自由にいじれる。
ゆっくり、時間をかけて近づいていこう。
距離がなくなる、その日を夢見て。
今日の教訓:おばあちゃんを侮るな。
読んで頂きありがとうございました。次回は接近編です。正隆さんと愉快な仲間たちが裏で暗躍します。よければ次回も、お読み下さい。