後編
後編です。
少しでもほめてもらいたくて、一生懸命勉強した。
少しでも役に立ちたくて、家事も覚えた。
少しでも楽になってほしくて、高校に入学したら絶対にアルバイトしようと決めていた。
大切だった。
大事だった。
ずっと側にいてくれると思ってた。
でも、いなくなった。
私じゃない人を選んだから。
私の何がダメだったの―――――お母さん
待ち合わせの場所は、初めて二人で食事に行った喫茶店。
家からはちょっと遠いけど、歩いていこうと決めた。
「彼女」でいられる時間が少しでも長く続けばいいと。
なんて、往生際が悪いのだろう。
見慣れた町を歩きながら、自嘲した。
母が男の人と出て行ってから、人と距離を置いてきた。
ただ、別れにおびえて。
誰といても「いつか、あなたも離れていくんでしょう?」と心のどこかでいつも思ってた。
出会う前から、別れを覚悟してた。
はずだった。
「はずだったのになぁ・・・。」
また、視界がにじみ始めた。
一晩中泣いたのに、まだ泣けるのか。
こぼれないように上を向けば、母がいなくなった日と同じように雲一つない青空だった。
深く息を吸って、喫茶店のドアを開ければ、あの日と同じ席に彼がいた。
思えば、こういった場所で待ち合わせるのは初めてかも知れない。
いつも、彼が私の家に迎えにきてくれたから。
もう迎えに来る必要さえないよね。
もしかしたら彼はずっと前から、こんな風に行動で私に別れを示していたのかもしれない。
鈍い私が気づかなかっただけで。
さよならの下準備を。
私が覚悟できるように。
優しいね。
でも、いらないよ。
そんな優しさは。
「久しぶりだね、正隆さん。」
ちゃんと微笑んだつもりだったけど、自信はない。
「あぁ、久しぶり。はる」
いつもより声が低い?
疲れてるのかな・・・。
「はる・・・少し痩せたんじゃないか?」
眉をひそめ、私の顔に触れようと彼が手を伸ばしてきた。
いや。
もう、私に触れないで。
そんな心配そうな顔しないで。
拒絶の意味を込めて、子どもがいやいやするように首をふった。
「大丈夫だよ。それより話しって何?」
優しいふりはいらない。
早くキレイに終わらせて。
「あぁ・・・そうだな・・・」
彼が姿勢を正した。
そして、告白された時のように私の目をとらえて
「はる・・・俺と・・・」
彼は母より誠実だ。
メールでも電話でもなく、こうして私にちゃんと別れをくれる。
私も、精一杯それに答えよう。
下唇を噛み、手に力を込めた。
「結婚してほしい。」
「・・・うん。正隆さんがそういうなら・・・。」
結婚しよう・・・・。
ん?
結婚!?
「け、結婚っ!?」
思わず叫んだ。
周りに注目されているのに気づき、縮こまる。
「け、結婚って・・・。わ、別れるんじゃ・・・?」
ダイナミックな言い間違いではないだろうか。
「別れる?はるが泣いて叫んでもそれだけは絶対に認めない。」
何かすごいことをサラっと言ったよ、この人!
今、起こっていることに頭が全くついていかない。
にも関わらず、彼は立ち上がり・・・
「さて、指輪を買いに行こう。」
と言った。ちょ・・・っ!
「まだ、返事してないっ!」
「さっき、うんって言ったじゃないか。」
「あれはっ!」
別れようって言われたと思ったからであってですね!
もごもごしている私を見て、正隆さんは言った。
「ふう。しょうがないな、はるは。」
と改めて席に座る。
再び向かいあった私たち。
も、もしかしてあきれられた・・・?
違うの!嫌とかじゃなくて!!
あわてて言葉を捜す私の両手を彼は握った。
いつかと同じように。
そして、私の視線をからめとる。
いつかと同じように。
そして彼は言った。
「佐竹はるさん、俺と結婚して下さい。」
私は答えた。
今度は自分の意思で。
いつかと同じ言葉を。
「よ、よろしくお願いします。」
今度は何か涙もでてきたけども。
さりげなく私たちの会話を聞いていたお客さんたちの拍手に見送られながら喫茶店を後にし、一生来ないだろうと思っていた高級そうな宝石店で指輪を買った。
値段が書いてないところが、よけいに怖かった。
いくらしたのか後から聞いても笑って教えてくれなかったけど。
そのまま連れて行かれた先は、彼のマンションで。
これでやっと落ち着けると思ったら、ドアを開けるなり押し込まれ、玄関で強く抱きしめられた。
「っ!?正隆さんっ!?」
こんなに乱暴に扱われたことは一度もなかったので、恐怖心から彼を押しのけようとした。
けど、
「はる・・・会いたかった・・・。」
かすれた声で切なげに言われ、私は抵抗をやめた。
足早にベッドに運ばれ、いつもより余裕のない彼の全てを受け入れた。
やっとまともに会話できるようになったのは、それから何時間も経った後だった。
ひっかかってたことを何とか言葉にする。
「あの…何でこんなに連絡なかったの…?」
私の言葉を聞いた彼は、突然起き上がり、私の両肩を掴んだ。
「聞いてくれるか、はる!災難続きだったこの2ヶ月を…。」
へ?
うん、本当に壮絶だった。
まず、上司から仕事を丸投げされ、さらに部下の尻拭いに駆り出されたそうだ。
残業だけでなく、ほとんど休日返上で働いていたらしい。
それがやっと片付いたのが、二週間前で。
疲れた体をひきずって出社したら突然、病気になった人の変わりに海外への主張を命じられ、向こうに到着した途端、携帯が故障・・・。
普通に聞くとありえないと思うけど、普段あまり感情を表に出さない彼が、時々声を荒げながら話す様子を見る限り嘘ではないだろう。嘘だったほうがよかったとも思うけど・・・。
最後のメールの「しばらく会えない。」は飛行機に乗る前に空港から送ってくれたらしい。
「大変だったね・・・。」
心から思うよ・・・。
「何がつらかったって、はるに会えないことが一番つらかった・・・。
何度、真夜中の襲いに行こうと思ったか・・・。」
おそ、襲うっ!?
でも・・・。
「襲ってもいいから会いに来てほしかったな・・・。」
ポツリとつぶやいた言葉は、まぎれもなく本音。
だけど・・・。
な、なんて恥ずかしいことを!
「あのねっ」
今の発言はですねっ!?
私の身体に住み着いている・・(以下省略)
「わかった。これからは、ガンガン襲うことにする。」
真顔で、そんなこと言わないでください!
照れくさいやら恥ずかしいやらで、私はうつむいた。
そんな私を彼が呼ぶ。
「はる。」
おずおずと顔をあげた私に彼は言った。
「ずっと一緒にいろ。」
さよならの変わりに、絆をくれたあなた。
私にできることなんて、ほとんどないけれど
今度は、握られた手をちゃんと握り返すよ。
私の全てで、あなたをつなぎとめ
・・・られるように頑張ろう。
死が二人をわかつまで
「よろしくお願いします!」
最後まで、お読み頂きありがとうございました!次回は、正隆さん視点を書こうかと思っております。彼と愉快な仲間たち(?)が、はるちゃんをおとすために(裏で)頑張る話です。よろしければ、読んでやって下さい。