第四話
「つまり、お前は団子屋の岡っ引きなんだね」
しばらくの押し問答の後、やっと納得して言った俺に、団子屋の岡っ引きは腕を組んで首を傾げた。
「なんか違うけど、面倒くせぇからそれでいいわ」
いつの間にか青ちゃんの姿がない。
きっと青ちゃんも面倒くさくなって、どこかに行っちゃったのだろう。
俺は自分の肘より高い、橋の欄干に飛び乗り座った。やたらとでかい岡っ引きの、目線にやっと近くなる。
「そういうわけで、俺は岡っ引きだから、盗賊をしょっぴかなきゃならねぇわけだ」
それは、まあ、分かるけど……。
「でもね、たしかに俺は盗賊だけど、ホントに俺は団子を食べてただけなんだ。そしたら、あの狐と狸の二人組が来て、俺の団子を食べちゃったんだよ」
「狐と狸?……ってことは烏組のもんか?」
「カラス組?」
「ああ、烏之介様率いる、政府御用達の元羅刹刈りでぇ」
「えー? 俺たち盗賊なのに、なんで羅刹狩りに襲われなきゃなんないの」
「お前はちゃんと人の話を聞け。今、“元”っていっただろうが“元”って」
岡っ引きが俺のでこを十手でつついた。
痛い……。
「今、景元様が羅刹との和平を進めていらっしゃる。羅刹狩りだった烏組も、今は盗賊狩りに精を出してるってわけよ」
政府だとかカラスとか羅刹とかよく分かんない。
羅刹は見た目はヒトとおんなじだけど、中身がヒトとはちょっと違う。もちろんアヤカシとも全然違う。
羅刹は戦うのが大好きらしい。強い奴が一番偉い奴。そして時々、ヒトを襲う。そこに理由は特にない。襲いたいからただ襲う。
だから、それを狩る側のヒトがいても不思議はない。
それが和平を結んだからって、なんで盗賊狩りになっちゃうの? 他に狩る物がないから?
「でも、俺はホントに団子が食べたかっただけなのに……」
「お前、そんなに団子が食いたかったのか」
雷が呆れたように言う。
「俺、そんなにしょっちゅう町に来るわけじゃないから、あんまり団子とか食べらんないの。お金はきさらや青ちゃんが持ってるし。栗とか柿なら山にもあるけど」
山に団子のなる木は生えてない。
「そうなのか。俺は団子屋に生まれたから、まあ、小せぇ頃から団子に不自由したことはねぇが」
うわぁ、それってすごく羨ましい。
なんで岡っ引きは岡っ引きになったんだろう。俺なら絶対、団子屋を選ぶのに。
「岡っ引き、いいなぁ……俺も団子屋に生まれたかった」
俺が口を尖せ呟くと、岡っ引きは眉尻を下げて俺を見た。
「なぁ、ちび介」
「俺、ちび介じゃないよ。耶八だよ」
「そうか、そうか。俺は雷ってんだ。なぁ耶八、今度また町に来たときは、うちの団子屋に遊びに来い。また団子、食わせてやるからよ」
「ホントっ!?」
「おう。男に二言はねぇ!」
そう言って岡っ引き……じゃなかった、雷は二カッと笑った。
雷、いい奴だ!
背は俺よりずいぶんでかいけど、笑った雷は意外と子供っぽくて、俺や青ちゃんと、そんなに歳も変わらないのかもしれない。
「まあ、なんてったって、風月庵は日本一の団子屋だからな」
「風月庵は日本一の団子屋だ!」
「ああ、日本一だ!」
「日本一だ!」
俺と雷が笑っていると、橋のたもとに戻って来た青ちゃんの姿があった。なんだか怪訝な表情で俺と雷を見ている。
俺は欄干から飛び降り、青ちゃんの前へ駆けて行く。
「ねーねー、青ちゃん、聞いてよ! 雷がさ、また団子屋に遊びに行っていいって!」
すると雷もニコニコしながらやってきた。
「おう、じゃあな、耶八! おい、そこの無愛想なの、来る時はお前も一緒に来いよな!」
青ちゃんの肩を叩いて帰っていく雷に、ぶんぶん手を振っていた俺の頭に、青ちゃんの手が置かれた。
“頭ぽん”だ。
なんでだろう。何かいいことでもあったのかな。
やっと乾いてきた頭に、青ちゃんの手の重みが心地いい。
良かったね、青ちゃん。
また団子が食べれるよ?
青ちゃんを見上げると、なんだか可笑しそうに笑っているのが見えた。
刀を持たなきゃいけない青ちゃんの代わりに、俺は買い物の包みを運ぶ役目を買って出た。結構大きなその包みを頭にのせて、俺は青ちゃんの前を行く。
お日様がもう山に隠れる頃で、空はほんのり茜に染まっていた。
さっき団子を食べたけど、もう腹が減り始めた俺は、小屋での夕ご飯のことを考えていた。
早く帰りたいと思っていた俺だったけど、そんな俺の足を止めさせる物がある。
「青ちゃん、なんかいる」
河原にたくさんの人の影。集まって何か話している。
盗賊か。それともまた、盗賊狩りか。
俺の鼻が河原からの風にひくついた。
「どうした、でこぱち」
「青ちゃん、あれ、ヒトじゃないよ?」
この匂い。
ヒトではない。ケモノでもないし、アヤカシでもない。
心が落ち着かなくなる、そんな匂い。
おいで
おいで
こっちにおいで
誰かが俺を呼んでる声がする。
声に惹かれるように俺の足は、そっちに向かう。
草むらの中、俺が顔を出そうとすると、ついて来た青ちゃんが俺の頭を押さえる。草の陰から見えたもの。
――羅刹だ。
ヒトでも、ケモノでも、アヤカシでもないそれが、たくさん集まっていた。
垂れ流しの殺気に当てられて、俺の体がピリピリする。
戦闘種族の羅刹は、女もやっぱり戦うのが好きらしい。集まっている羅刹たちの中には女の姿もあった。見せびらかすように開かれた背中には、まるで大きな蝶が止まっているかのような、それを見る者を見返す目のような、鮮やかな赤い痣がある。
それがヒトとは違うところ。
「では、町の北東、賽ノ河原より一里の場所を第一候補に」
その声に見ると、メガネの男が何か手にした帳面に書き込んでいた。
あれはヒトだ。
よく見れば、ヒトも何人かいる。
こんなところで羅刹とヒトが何をしてるんだろう。
「いいだろう。後は任せる」
メガネに答えた羅刹の女が、俺たちの方に顔を向けた。
綺麗な顔だった。まるで作り物の人形みたいで、どこか冷たく、偽物みたいに綺麗な顔だ。
隠れている俺たちが見えているらしい。
「何か、見つけられましたか?」
メガネもこっちを見て、羅刹女に訊いた。
「……いや、この辺りを塒にする盗賊か何かだろう」
「申し訳ございません。そういった輩は建設前に一掃しますので、お任せください」
メガネは羅刹女に頭を下げる。あの羅刹女はどうやら偉い奴らしい。
「そういう輩が残っていても、私らは一向に構わんのだが? ヒトを狩る口実が出来るだけの話だ」
羅刹がヒトを狩るのに口実が必要なのか。
そういえば、羅刹とヒトは和平を結んだんだっけ。
「迦羅殿、そういったお言葉は……」
「分かっている。我が主がお前らヒトと手を結んだ時から理由なき限り、ヒトに害は与えぬと約束している」
羅刹女が小さく笑って、俺たちから視線を外した。
「ねーねー、青ちゃん」
俺は青ちゃんの、赤い着物を引っ張った。
「何だ?」
「もしかしてさ、この辺に羅刹族が増えるのかな?」
「分からん」
最近、青ちゃんでも分からないことがいっぱいで、それが俺にはちょっぴり不安だった。
◆◆◆◆◆
お日様が山の向こうに隠れる頃、俺たちはやっと小屋へと戻ってきた。
今日はアヤカシ二匹と戦ったし、雷には追いかけられるし、ちょっと疲れた。
竹千代の着物やお茶碗が入った包みが、だんだん重たく感じてくる。落としたら大変だから、両手で抱えるように持つことにする。
「代わりに持とうか」
青ちゃんが見かねたように訊いてきたけど、これは俺の役目なの。
俺には左手も右手も揃ってるんだから。
「帰るまでおれが持つんだ」
やっと小屋の戸の前まで到着すると、青ちゃんが開けてくれた戸から中へと駆け込んだ。
「ただいまー! おなかすいたっ」
荷物を置いて、履物を脱ぎ捨て、きさらを呼ぶけど返事はない。
俺はきさらを探して小屋の奥へと走った。奥の部屋にいたのは竹千代一人。
「お、おかえり……」
「きさらは?」
訊くとぶんぶんと首を振る。
「きさら、いないよ?」
俺は戻って戸の影から顔を出し、青ちゃんに報告した。俺の下から同じように竹千代も顔を出す。
「帰ってないよ」
外はもう、一番星が見える頃なのに。
「来い、でこぱち」
突然、青ちゃんが険しい声で言うと小屋を飛び出した。
「えっ? うん!」
慌てて脱ぎ捨てた履物に、もう一度足を突っ込む。まだ乾いていないそれは、少し重い。
見失わないよう、異様な緊張感を漂わせる、青ちゃんの背を追いかける。
小屋を出るときに、ジジ様が俺たちを見ていたけれど、あの口煩いジジ様が、なぜか何にも言わなかった。
なんだか嫌な感じだ。