転生の話。
掲載日:2026/05/27
某氏のエッセイに触発され ―― 。
ひとは来世の夢を見る。
次こそは報われる楽しい人生を、と。
なろう小説の大半は、この発想に基づく。
いろいろと問題のあるマインドである。
来世という不確かなもの。
これを確定させたいのであれば、「前世」を思い出せばいい。
輪廻という概念が、連続的なものである以上、来世があるのであれば、前世も高い確率で存在する。
無根拠に来世を祈るくらいなら、先に前世を思い出した方が、夢想も確信へと変えやすい。
しかし、前世を語り出すと、いよいよ「電波」と思われるという恐怖も付きまとう。だから、ほとんどの人間が前世を考えることすらせず、埋葬し、その墓の上で来世を祈る。
ひょっとすると、前世の自分からすれば、現世の自分は「夢のような生活」をしているのにも関わらず、毎日溜息をついている、なんてこともありえるのだが。
「今の人生」をないがしろにし、来世を夢見る人に、果たして幸福な来世なんてものが訪れるのだろうか?
今を楽しむマインドセットに持って行った方が、もっと良い循環を生むんじゃないかな、とかなんとか考えてみたり。




