17話 論争
「放課後、百澄に行ってくる」と聞かされた魁と悠は、最初こそ都季を止めたが、「大丈夫だから」と押し通された。
学園内でも疾風と伊吹は都季についており、部外者……それも、スーツという目立つ出で立ちのせいか、何事かと周りに騒がれた一日だった。ちなみに、学園には特務から話を通していたため、授業中、教師は二人の存在を気にしながらも普通に過ごしてくれた。
そして、放課後。すんなりと百澄に向かえるかと思いきや、現実はそう甘くはなかった。
「なんで俺達が行っちゃいけねーんだよ!」
『『そうだそうだー!』』
魁の抗議に、悠の肩にいる御黒と茶胡が呼応して声を上げる。
今、都季達がいるのは、下校する生徒が多く通る正門だ。すぐ近くにはいつか見た黒塗りの車が一台停まっている。
苛立ちを抑えきれなかった疾風は、魁に強く言い返す。
「今から行く所は百澄家の別荘だ! ちったぁ分を弁えろ!」
「僕らは都季先輩の『正式な』護衛です。それを置いていけだなんて、分を弁えてほしいのはそっちですけど?」
『『そうだそうだー!』』
「で、ですが……」
悠も「正式な」を強調して、疾風に負けじと反駁した。
疾風から話を聞いて都季を迎えに来た慶太は、そんな二人と二匹の勢いにたじろいだ。最も、御黒と茶胡の二匹は魁や悠に賛同の声を上げているだけだが。
事の発端は、一台しか来なかった五人乗りの車に、魁が「俺達はどうやって移動すんだよ?」と訊ね、疾風に「役に立たないイヌはお留守番してろ!」と挑発的に言われたことから始まった。
「だーかーら! 先方は都季だけ連れてこいっつってんの!」
「勝手に呼び捨てにしてんじゃねーよ!」
『『そうだそうだー!』』
「魁先輩、そこはスルーしましょう。話が別方向にいっちゃいます」
「お、おお……」
ズレる前に悠がストップをかけ、魁も今回は素直に受け入れた。
通り行く生徒が何事かと視線を寄越すが、険悪な雰囲気が漂うせいで足を止める者はいない。
事が治まるのを待つ都季と琴音は、どうしたものかと互いに顔を見合わせる。口を閉ざしている伊吹に視線を向ければ、「何もできないから諦めろ」と言わんばかりに首を左右に振られた。
「約束事は可能な限り果たす! それが大人ってもんだ!」
「じゃあ、これは不可能です。可能にすれば、僕らの約束が破られちゃいますから」
『『そうだそうだー!』』
「でも、以前はお連れしましたが……」
「うっ」
最もな慶太の発言に、魁は言葉に詰まる。さすがの悠も閉口した。
「で、でも、都季一人で行かせることに納得なんてしてねぇよ!」
「今回は、あくまでも都季先輩が百澄と話をするだけです。もし帰されなかったら、出るとこ出させてもらいますよ」
『『そうだそうだー!』』
「「うるさい」」
『『そうだそうだー!』』
「いや、君達だから」
『『え!?』』
魁と悠揃って御黒と茶胡を叱ったのだが、二匹は特務へのものだと勘違いして声を上げた。すぐさま悠が指摘すれば、愕然として固まった。
「聞き分けねぇなお前ら! ちょっとくらい我慢しろっての!」
「聞き分けないんじゃないです。納得がいかないんです。納得できる理由を十文字で言ってください」
「これだからガキは嫌いなんだ!」
「あなたに言われたくないですね」
疾風は今にも力を発動して強行突破しそうな勢いだ。対する悠もかなり頭にきていると分かる。
大きく溜め息を吐いた都季は、場を治めるべく間に入った。
「『俺がいいって言った』。これなら文句ないだろ?」
「十文字きっかりだのぅ」
「なんで貴方が答えるんですか」
指定どおりの文字数で収めた都季に、悠は不満そうに口を尖らせた。そして、先ほどから止める気配のない月神を見て言う。
「月神は構わないんですか?」
「我は都季から離れられんしの。これも器が定着したときから覚悟はしておった」
刻裏ほど未来をはっきりと視られるわけではないが、月神もある程度なら先を視ることができる。その中で、都季が百澄に行く姿を視ていた。
最初、渋っていたのは都季が自分のためではなく、周りのために行こうとしていたからだ。それではなんの意味も持たない。
「絶対に帰って来るから。だから、信じて待ってて」
「「…………」」
その言葉にはかつて最悪の結果があったため、二人は怪訝に顔を歪めた。しかし、真っ直ぐに魁と悠を見る都季に、もはや迷いはなかった。
それを見た琴音が、都季の前に歩み寄って小さく言う。
「更科君。小指、出して」
「え?」
「琴音先輩?」
都季は、感情の読み取りにくい表情でポツリと言われた言葉に首を傾げた。
悠も怪訝な顔で琴音を見る。
だが、彼女にはきちんとした理由があった。
「約束。だから、指切り」
「なんだ、詰めるんじゃないのか」
「思考が怖ぇよ!」
わざとらしく落胆した悠は冗談を言っていると分かるが、関わりの少ない特務にしてみれば理解に苦しむ言い様だ。
悠は声を上げた疾風に「煩いなぁ」とぼやきつつも、それ以上の文句は言わなくなった。
琴音が小指だけを立てた右手を都季の胸の高さまで上げる。
気恥ずかしさを感じながら、都季はその小指に自らの小指を絡めた。
「破ったら……何するんだっけ?」
「知らないんですか? 千本の針を一本一本、じわじわ刺すんですよ」
「違う! けど惜しい!」
小首を傾げた琴音は、指切りをよく知らないままでやろうと言ったようだ。
悠が意気揚々と説明するが、内容はかなり恐ろしい。ただ、飲ますか刺すかの違い程度のため、都季も完全否定できなかった。
しかし、琴音は針を刺されるところを想像したのか、悲しげに眉尻を下げた。
「……痛そう」
「いや、死ぬからね?」
例え急所を突かれていなくとも、痛みに気が狂って死にそうだ。
本当にそうならないよう、必ず帰ってこなければと心に刻み付ければ、琴音が少しだけ指に力を込めた。
「絶対に、帰って来てね」
「……うん」
しっかりと頷いてから小指を離した。
それを見た疾風が行動を催促する。
「じゃあ、行くぞー」
「はい」
「やれやれ。お主、普通の声量も出せるではないか」
「大声はコイツのせいだ!」
「は?」
「うっ……。なんだよ、年下のクセに……」
疾風に指された悠は腕を組みながら低く返した。
その鋭い睨みに怯んだ疾風は、しおしおと都季と共に車へと向かった。助手席に疾風が座り、運転席には慶太だ。
都季は隣に座った伊吹を横目で見て、またあの危険な運転にならなくて良かったと胸を撫で下ろした。
そんな都季をバックミラー越しに見た慶太は小さく笑んだ。
「ご当主様はこちらの別荘にいらっしゃいますから、今日はそちらに」
「町内にいるんですか?」
「はい。更科様がお越しになりやすいようにと」
百澄の本家は、恵月町の西に隣接する大きな市にある。わざわざこちらまで出向いている辺り、やはり連れ戻すことは本気のようだ。
どう話をしようかと思案する都季の耳に、疾風の軽い声が入ってきた。
「あ、そうそう。伊吹は運転荒いけど、慶太は初心者だから、そういった意味じゃかなり怖いから気をつけてな!」
「え?」
「やだなぁ。まだ自損事故しか起こしてないですよ。壁とか電柱とかガードレールとか」
「事故!? じゃあ、不知火さんは運転とか……?」
心外だと言わんばかりの慶太だが、事故を起こすのは運転に問題があるからだ。
都季は残る一人に淡い期待を抱いたが、隣にいる伊吹がなぜか首を左右に振っていた。
その意味は顔を輝かせた本人から知ることとなった。
「この間、やっと仮免取れたんだぜ! 仮免の試験落ちまくって、先生に『諦めるか?』って言われたけど、やっぱオレ様はできる奴だからな!」
「なんで不安要素しかない人が運転してるんですか!?」
「それで大丈夫なのか、特務よ」
伊吹が首を振っていたのは、「コイツもダメだ」という意味だった。
誇らしげな疾風だが、いくら運転免許を取れない年齢の都季でも仮免許の試験を通れないことが危ないのはよく分かる。
「一番運転が上手いのは副長。で、次に滝宮と七海だな! その次に慶太!」
「まだ一年経ってないんですし、頑張って上達しますよ」
「一年経ってないって、初心者マーク貼ってました?」
「「「…………」」」
運転免許を取って一年の間は初心者マークを車体に貼るのが義務だ。一年以内に外してしまうと法律違反になる。
しかし、都季は目立つはずのマークをこの車体で見ていない。
押し黙った三人だったが、エンジンをかけた慶太は何事もなかったかのように笑顔を浮かべる。
「さて、行きますねー」
「チェンジ! ドライバーチェンジ! 何さらっと違反してるんですか!」
「殺す気か!? 伊吹の運転は俺でも嫌だ!」
「…………」
無表情の上に口を開かなかった伊吹が僅かに反応を見せた。やや不満そうに疾風を見れば、伊吹は失言に気づいたのかバツが悪そうに口を閉ざす。
すると、何かを思い出した慶太がダッシュボードを探り、内側から窓ガラスに貼るタイプの初心者マークを二枚取り出した。どうやら、貼り忘れていただけで中にはあったようだ。
慶太は伊吹に手渡してリアガラスに貼ってもらい、自分でフロントガラスにも貼る。そして、疾風達を軽く叱るように言った。
「もう、二人とも座っててくださいよ。じゃないと、『凶暴な犬』に噛まれても知りませんからね?」
「犬?」
「うっ」
右手の中指と薬指を親指に合わせ、人差し指と小指を立てた慶太を見て、都季は「それは狐じゃないのか?」と思った。しかし、「凶暴な犬」が何かを知っている疾風には効果抜群だったようだ。
伊吹も小さく息を吐いて背凭れに体を預けた辺り、あまり逆らわないほうがいいと察した都季は、素直に大人しくしておくことにした。
シートベルトも着けた慶太は、気を取り直して車を発進させる。いつかのように、空を飛ぶことはなかった。
走行音のみが占める車内の中で、月神はぽつりと言葉を漏らした。
「『十二生肖は来るな』とは……穴があるのぅ」
「つっきー?」
「いやなに、独り言だ」
「ふーん?」
口元に笑みを浮かべた月神は何か閃いたようだ。
言おうとしない彼に追究はせず、都季もシートに体を預けた。
「烏が煩いな……」
恵月学園から南に五分ほど行った場所にある男子寮の屋上で、刻裏は南西に向かって走る黒い車を見ながら呟いた。
昇降口の屋根には数羽の烏がおり、好き好きに鳴いている。それがどういった意味なのかは刻裏でも解りかねるが、唯一、不穏なものが混ざっていることには気づいていた。
屋上の縁にいるまま、体を反転させて烏を見る。
「やれやれ。感動の対面も満足にさせてやれないのかね?」
目を細めれば、烏達は一斉に羽ばたいた。一羽を除いて。
赤黒い目で刻裏を見る烏は、彼の動向を窺っているようだ。
「周りには誰もいない。喋ってはいかがかな? その為の喉は君にはあるだろう? ただ鳴くだけではないはずだ」
妖しく笑んで語りかける刻裏に、烏は普通の鳥のように数回首を傾げたあと、大きく“三対”の翼を広げて羽ばたいた。
そのままどこかへ飛んで行きはせず、刻裏のすぐそばのフェンスに留まった。そして、刻裏の催促に応じるように、烏は愉しげに喋る。
『お前はどちらにつく?』
「あれの家自体に、私は興味ない。ただ、言えることはひとつ」
烏を通して視えた青年の姿に、刻裏は「あやつも飽きないな」と内心でぼやいた。そっと下げたままの右手を開けば、意思に応じて手のひらに燐光が集約し、一振りの刀が形成された。
「私は私の意志に従い、『彼女』についている」
昔から変わらない確固たる意志。
言い切った刻裏の背後に、建物の下から巨大な黒い蛇が現れた。闇に紛れれば、その赤い目だけが不気味に浮き上がっていただろう。
「やれやれ。君の勧誘は毎回、荒すぎる。落としたいなら、もっと優しくしなければね?」
刻裏は余裕な姿勢を崩さず、大きく顎を開いて食らいつこうとした大蛇を、振り返りざまに横一文字に切り裂いた。
大蛇は痛みに叫びを轟かせ、建物の下……寮の横を通る中央通りを行き交う一般人が、何事かとやっと異変に気づく。
「おっと、騒ぎになってしまうか。消えなさい」
騒がれては面倒だ、と刻裏は指をパチンと鳴らした。
その瞬間、血を噴き出し叫んでいた大蛇の姿は鮮血ごと消え去った。下で騒いでいた人達も、何事もなかったかのように再びそれぞれが動いている。
消す前に大蛇を斬りつけたのは、今しがた大蛇を転送した先の苦労を思ってのことだ。
「これくらいの手助けは構わないだろう」
『……フンッ。所詮、お前は「人に飼われた狐」か』
烏は面白くなさそうに鼻で笑った。
その例えに、刻裏は刀についた血を振り払いながら言い返す。
「飼い主はいないさ。今は、その飼い主の家族に相手にしてもらおうと足掻く、みっともない狐だ」
『狐の長たる貴様が、落ちぶれたものだな』
「長? ははっ! そんなもの、とうの昔に捨てたさ」
かつてはそう呼ばれた時期もあったか、と刻裏は懐かしむように目を閉じた。
いつの頃からか、長と呼ばれる狐は別のものに変わっていたが、元よりその立場に執着していなかったせいか何とも思わなかった。
『お前のことを買い被りすぎていたようだ』
「私は、皆が思うほど神聖で気高いものではないさ。人一人に執着する、その辺りの狐となんら変わらない」
『……次に会った時は、容赦なく殺す』
「ああ、私もそうしよう」
刻裏は刀を仕舞い、烏に背を向けて町を眺める。
烏が飛び立つ音が聞こえた。
これから起こることを考えれば、烏を辿り、主を消してしまうのがいいだろう。しかし、刻裏は自分がそれをしてしまったときの周りの行く末が嫌だった。
「私も、随分と甘くなったものだ」
自嘲気味に笑って、刻裏は目を閉じる。
瞼の裏に浮かんだ一人の女性が、「今さら気づいたの?」と可笑しそうに笑った気がした。




