1話 厄介な組織
「先の月神盗難および局襲撃の件、やはり、裏で糸を引いていた組織がありました」
壁を挟んだ店内の音楽が漏れ聞こえてくるだけの、静かな依月事務室内。
報告スタイルとして定着しつつある茜のデスクの隣に立った龍司は、ここ数日で調べ上げた内容を告げた。既に収束した事件の、その後の調査結果を。
手に持つ黒いファイルには、今回の報告書や資料を挟んでいる。
「『組織』? 悠単独の行動じゃなかったのかよ?」
予想とは異なる報告に、茜は怪訝な顔で龍司へと体を少し向けて、高い位置にある彼の目を見た。
悠の起こした事件は約二週間前に収束しており、今、彼は決意を新たに「十二生肖の“子”」という役を背負っている。
また、局内も月神が宣言したとおり、各部署で業務内容を見直ししているところだ。最も、実行されるにはまだ時間は掛かるだろうが。
犯人が分かって終わったからこそ、月神を盗み出すための局襲撃事件の調査も終わったのだが、それはあくまでも表向きの話だ。調査終了後も、龍司をはじめ一部の十二生肖などは、事件の中に点在したいくつかの不審点を洗っていた。その結果、浮かび上がってきたのが、とある組織だ。
「ええ。悠は確かに、局に破綻組が侵入しやすいよう経路を作りました。ですが、あの数は彼一人によるものではありません」
「なんだと?」
「悠が接触した破綻組は、『佐藤圭介』ただ一人でした。他は、組織が佐藤を通じて得た情報をもとに破綻組を動かしたものです」
ふと、茜の脳裏にある組織の名前が浮かんだ。
ここ数年、活動はちらほらと見受けられたが、どれも目立つことがない些細なものだった。だからこそ後回しにしていたのだが、どうやらそれが裏目に出たようだ。
「あれだけの破綻組、そう簡単に集まるはずがないと思っていましたが、案の定でしたね」
「……『奴ら』か」
「ええ。お察しのとおりです」
龍司はファイルから書類を取り出し、茜に手渡す。
書類には、組織が確認された最初の事件から、収束に繋がったもの、残党による大小様々な事件が羅列していた。そして、彼らが旗印として掲げていた、黒いドラゴンの紋章の画像が。
久しぶりに目にした紋章に、茜は思わず眉間に皺が寄るのを感じた。
「破綻組のみで構成されていると噂の、『ラグナロク』です」
通常、破綻組は破綻が進行すればやがて消滅してしまう。知的能力も低下し、会話が不可能になる者も多い。そのため、捕縛したとしても組織の全容は明らかにはできず、組織の名称と複数の破綻組が属する組織であるということが分かった程度だ。
場合によってはコミュニケーションすら困難な破綻組を、組織の長たる者はどんな力で統率しているのかが気になる。
茜は書類をデスクに置きながら溜め息を吐いた。
「あたしらがもたついてる間に、水面下で復活してたってわけか」
「そのようです。規模が小さかったのは、寄せ集めで一時的なものと見せるためかもしれません」
「今、誰が調査に当たってる?」
間接的に十二生肖を良いように使われた挙げ句、局を襲っているのだ。放置するわけにはいかない。
龍司は局を出る前に確認した、対処に当たるメンバーを思い出しつつ答える。
「調律師と警邏別働隊を中心に、十二生肖では千早、奏さんの二人。麗さんと璃空は、破綻組の一部が他県から来ていたこともあり、そちらの方へ調査に出たところです。紫苑と煉は別件に当たっています」
「別件?」
「はい」
優先すべきものが他にもあるのか、と普段から局に出入りすることが少ない茜は小さく息を吐いた。
茜は、花音と共に依月を拠点にして情報収集やその整理等に当たっており、店の外に出ることはあまりない。それに関しては他の十二生肖や局も認めている。
龍司は一瞬だけ困惑の色を滲ませたが、気を持ち直すとファイルから一枚の紙を新しく取り出した。
「実は、こちらも厄介でして」
「……マジか」
手渡された紙に書かれていたのは、ラグナロクとはまた別の組織からの要請書だ。巫女の子供と月神について報告をしてほしい、という。いっそ、まだ大きく出てこないラグナロクのほうがよほど可愛らしいと思えるくらいだ。
頭を抱えたくなった茜に、龍司も肩を小さく竦めてみせた。
「隠そうにも、あれだけ派手に動けば目には付きますよね」
「見ない振りはしてくれないわな。で、なんて返してる?」
「保留という形で紫苑と煉が対応に当たっていますが、先方も『必要な手順は踏んでいる』と引く気配はありません」
「だろうな。じゃあ、コレ送っておけ。忽ちは黙るだろ」
「……分かりました」
茜はデスクの引き出しから一枚の紙を取り出し、なんだろうかと目を瞬かせる龍司に渡した。
紙へと目を落とした龍司は、書かれている内容に一瞬、息を詰まらせる。「あの人」はこうなる状況を予想していたのか、と鳥肌が立った。
すぐに平静を取り戻すと、なくさないようにファイルに挟んだ。
「念のため、魁達にも忠告をしておきましょうか?」
「頼む。まぁ、アイツらが対処できるとは思わねぇが……」
「そうですね。『特務自警機関』は、一般人による対依人、幻妖の組織という形からやや変わっていますし、今やその戦闘力は我々十二生肖と拮抗すると噂ですから」
龍司が口にした組織の名前に、茜は疲れたようにまた溜め息を吐く。
特殊管理局が政府の下を離れてから、人間は人間で新たな対抗組織を作り上げている。もちろん、そちらでも一般人に幻妖世界を知られてはいけないことが大前提ではあるが、組織自体は以前から幻妖を知っていた一般人か特体者が半数以上だ。
ただ、その形態もおよそ三年前に大きく変わった。
「『上』があれだしなぁ」
「……そうですね」
龍司の表情が僅かに曇る。
そんな彼から視線を逸らした茜は、「厄介」と言われた特務自警機関からの要請書を見ながら呟いた。
「特務か……。お前も複雑だな?」
「『彼』はもう部外者です。向こうもそのつもりですから」
何かを揶揄した茜に対し、龍司は堅い表情で返した。
□■□■□
「なあなあ、まだ動かへんのー? 今日の勤務時間終わるでー?」
「今は資料をまとめてもらっていますから、その内容次第です」
洋風の広い室内には、二十代後半頃の二人の青年がいた。
一人は大きな窓を背にしてデスクに座る、端正な顔立ちの黒髪の青年。もう一人は方言を使う金髪の優男風の青年だ。
どちらも黒いスーツを着ているが、金髪の青年はジャケットのボタンを開け、ネクタイも緩めている。とても仕事中には見えない服装だが、黒髪の青年が咎める様子はない。
金髪の青年の気怠げな声に対して、黒髪の青年は急ぐ様子もなく淡々と言葉を続ける。
「百澄ご当主直々のご依頼ですからね。失敗は許されません。動くとなれば、当然、私も出ますよ」
「はぁ……。最初っからこうなるん分かっとんやけん、首輪でも何でもしとったらええのに」
「よもや狐が介入するとは、一般人と同じ彼らには読めなかった、ということです。いくら強い力を持つ特体者が身内にいようとも、その他に関係はありませんからね」
最初は『依頼主』を敬う姿勢であった青年だが、呆れた様子の金髪の青年に返した言葉はどこか見下げた言い方だ。
正反対の物言いをしてみせた黒髪の青年の本心はどちらなのか。金髪の青年は内心で自問して、「両方か」と自答した。
再び静かになった室内に、ノック音が三度響く。次いで、扉を挟んでいることでくぐもった声が。
「特殊精鋭部隊、雲英です」
「どうぞ」
「失礼します」
断りののちに扉が開かれた。現れたのは、二人よりもやや若く見える青年だ。着崩した金髪の青年と違ってきっちりと着込んだスーツは、彼の真面目さを表している。
銀縁のメガネの奥で、濃紺の目が二人を真っ直ぐに捉えた。一瞬、金髪の青年の服装を見て眉根が寄せられるも、一々気にかけるものではないと、すぐに平静へと戻される。
「遅くなり申し訳ありません、『総長』。例の件について、資料が揃いました」
彼は「総長」と呼んだ黒髪の青年、九条誠司に新しい書類を渡す。そこに書かれているのは、先ほどから二人で話していた依頼に関わるものだ。
誠司はまだ年若いが、これでも「特務自警機関」という組織の「総長」という肩書きを持つ。また、それまでの組織を大きく変えたきっかけを作った主でもある。
資料に軽く目を通した誠司は、綺麗にまとめられたそれに満足し、総長直轄の特殊精鋭部隊の一員である青年を労った。
「ご苦労様です」
「なっちゃん。『慶ちゃん』とは一緒やないんやね?」
「その呼び方は止めてください、副長。あと、岸原とはいつも一緒にいるわけではありません」
金髪の青年、桜庭斎は、彼、雲英七海のきっぱりとした返答に無邪気な笑みを浮かべた。
生真面目な七海が斎の服装に眉を顰めつつも口に出して指摘しなかったのは、あくまでも彼が上司であるからだ。最も、場所が違えば言うときは言うのだが。
「ははっ! 慶ちゃんも入って早々から慣れへんモン相手にしとるせいか、なっちゃんをよう頼っとるしなぁ。てっきり四六時中一緒におるもんやと思ってまうわ」
「私は彼の教育係ですから、何かあれば答えるのは当然です」
「……誠ちゃんからも、この真面目ちゃんにもうちょい力抜けて言うてやぁ」
のんきな斎に対し、七海はあくまでも堅い姿勢を崩さない。
資料を読む誠司に助けを求めれば、読み終えた彼は二人を呼んだ。
「雲英さん、斎」
「はっ!」
「なんでしょか?」
名前を呼ばれた途端、七海の背筋が一瞬にして正された。
その素早さに内心で口笛を吹きながら、斎も誠司に向き直った。
「さっそくで申し訳ありませんが、『彼』をお連れしてください」
「畏まりました」
「連れてくるだけなん?」
「はい。どうやら、“先手”を打たれたようですからね。このままでは、犯罪に手を染めかねません」
意外そうに目を瞬かせた斎だったが、資料に落とされた誠司の視線を追って納得した。
状況を変えたのは、昼過ぎに局の関係者が持ってきた封筒だ。中身は局に出した要請書に対する返信であり、この紙がある以上、誠司達は依頼を完遂できない。
七海がすんなりと了解したのは、誠司に対して忠実なだけではなく、こうなることを予想していたからだった。
「了解。ほな、ちょお待っといてな」
なっちゃん、行くで。と七海にも声をかけて、斎は部屋を後にした。




