16話 審問
局に着けば、まるで待ち構えていたかのようにスムーズに審問は開かれた。
「――これより、十二生肖が“子”、子峰悠の犯した一連の事件についての審問を行う」
局の最上階。その北側にある大会議室で、審問の進行を担う初老の男性……先代の“辰”が切り出した。
部屋を一周するように設置されたテーブルには、正面に先代の“辰”を含めた九人の老若男女が着いている。
十二生肖を裁けるのは、原則として当代と先代の十二生肖と警邏部の隊長、調律部の師長のみ。先代の十二生肖で現在もまともに動けるのは茜を除く十一人の内、七人だけだ。
悠が犯した事を述べている“辰”は、自身にも他者にも厳しく、最も融通が利かない性格だ。その分、審問については周囲からの信頼が厚いのだが。
(寅兄や辰兄、イノ姐がいるとはいえ、空気が重いなぁ……)
悠の後ろには紫苑や龍司、茜が待機している。「悠が逃げたり、何かを起こさないように見張る」という名目で、悠のフォローに当たるつもりだからだ。
さらに、茜の肩には月神がいる。先代達の雰囲気がいつにも増して堅いのはそれが大きい。
先代の“辰”も表情こそいつもどおりだが、視線はたまに月神へと向けられている。
「また、先の局への襲撃の際、子峰悠は――」
「孝太郎よ。犯した内容は全員が知っておろう? もうよい」
「……承知いたしました。では、子峰悠。そちらの言い分を聞こう」
面倒くさそうに遮った月神に、先代の“辰”、辰宮孝太郎は一瞬だけ怪訝な顔をした。だが、すぐにそれを消し去って悠に向き直った。
悠は小さく息を吐いてから、静かな空間を裂いた。
「私がやったことはすべて事実です。今さら弁明する気はありません」
「そうか」
「ただ、今の局のあり方に疑問を抱き、行動を起こしたのも事実です」
ざわつくほどにはならなかったが、先代達の間に動揺が走ったのは見て取れた。端にいる調律部の師長である才知や、その隣に座る黒髪の男性……警邏部の隊長、一葉葵は、真剣な表情で悠を見ていたが。
警邏部は十二生肖の下にある部署であり、関わりは調律部よりも深い。そのため、葵は悠の発言の意味を知ろうと聞いている。
「巫女の事故や前任の“午”の件、私にはどうしても、先代達の考えが理解できません」
「お前は知識こそ豊富だが、その思考はまだまだ甘い。この世界には、犠牲というものは常に隣り合わせだ」
「それは承知しています」
つい先ほど、悠も都季に同じようなことを言ったばかりだ。
しかし、都季は犠牲を出させなかった。月神の力を使ってあの場を収め、未来の可能性を示してくれた。
ならば、悠も都季同様に無駄な犠牲を出さない方法を選びたい。
「ですが、避けられる犠牲というものもあるはずです」
「その件に関してはあとで審議しよう。今は――」
「では、今回の件に関して、私からも一言よろしいでしょうか? 先代」
審問の内容がだんだんとずれているため、孝太郎が一旦話を区切って戻そうとする。だが、それを遮ったのは悠の後ろに控えていた龍司だった。
孝太郎の孫に当たる龍司は、まるで他人に接するかのように、祖父でもある先代を見る。
思わぬ横槍に言葉を失った孝太郎だが、すぐに龍司から視線を外した。
「お前は下がっていなさい。龍司」
「いえ、私も片棒を担いでいるようなものですので、彼だけが責められるのは納得がいきません」
「ならば、お前もあとに審問に掛ける。今は下がっていなさい」
あくまでも、今の対象は悠のみだ。増やしてしまえば正確な陳述を得るのは難しい。
龍司は「そうですか」と小さく肩を竦めて見せると、素直に引き下がった。
代わりに、月神が悠の隣に浮いて出る。
「まったく、どこもかしこもお堅いのぅ。のう、才知」
「そうっすねぇ。まあ、こうでなきゃ審問はできないでしょ。ね、一葉隊長」
「ああ、お前の緩さではできないだろうな」
月神が言葉を投げかけたのは、腕を組んだまま様子を見ていた才知だ。彼は真剣だった表情を崩し、無邪気に笑いながら隣にいる葵に同意を求める。
軽いノリの才知に対し、葵はまだ場の空気を読めていた。落ちつきを保ったままの緑色の目が月神を捉える。
「しかし、過去を清算するのも必要でしょう。ただ、今はゆ――子峰殿の処分を決めねばなりません」
「そうだのぅ……。だがの――」
審問を開いたのは、悠の処分を決めるためだ。
都季は以前と同じように悠と過ごせると思っているようだったが、完全に同じとはいかない。かといって、月神には悠の意志を無駄にする気もなかった。
「こうなった根源には、この局の変わってしまった意識がある。それを全てこの幼子に背負わせるには、些か我々が無責任すぎるだろう」
「ですが、それに匹敵するほどのことを彼は犯してしまった」
「まあまあ。月神は先を視て十二生肖を決めるんでしょう? なら、月神の言葉は最も参考にすべきかと思いますけど?」
十二生肖が謀反を起こすなど、あってはならないことだ。無罪放免するには些か重い内容であり、孝太郎も折れる気配はなかった。
そんな彼の意志を受け、月神はこの事さえも見越して選んだのなら、対処も知っているはずだと才知がフォローを入れる。
才知に心の中で礼を言いながら、月神は言葉を続けた。
「もちろん、相談もなく実行したのは褒められたことではない。ならば、本当に正しいことをしたかどうか、彼にさせてみるのはどうだ?」
「……お言葉ですが、それでは子峰悠にすべてを背負わせるのと同じではありませんか?」
「否。我々も変わる必要はある」
「…………」
悠が謀反を起こした理由が正しいかどうか、それを試すには周囲も一旦は悠の改革の意志を受け入れる必要がある。変えるために動くのは悠だけではない。
「今まで正しいとしてきたことを変えるのだ。それで今までの咎を清算できるとは言わぬが、その上で、この局の行く末を……世界の行方を見届けることが必要だ」
「子峰悠の謀反を見逃せと?」
「『謀反』と『改革』は違うぞ?」
悠がやろうとしたことを、月神は謀反ではなく改革に変えてしまおうとしている。
その思い切った行動に、今度こそ先代達の間にざわめきが起こった。
「ははっ! まったく、これじゃあ、審問の意味がないねぇ」
「いや、この場だからこそ、局の改革の『手始め』にはいいのだろう」
局の行く末を決定できるような上層部の人間が集う機会だ。
だからこそ、月神はこの場に来た。局の最上位に君臨する月神の言葉は、先代にとって何よりも優先されるものだ。
もちろん、先代にも異論はあるが、月神は「異論は後日、分神を交えて聞こう。今の十二生肖達にも話をせねばならんしな」と強制的に話を終わらせた。
そして、唖然とする悠の目の前に出る。
「子峰悠。新しい任務を与えよう」
「……はい」
悠の表情が引き締まる。
それは、十二生肖の役を継承した日を思い起こさせた。
あの頃よりも悠はずっと成長しているが、その目は当時と違って幾分か大人になっている。重責や、それに対する覚悟をよく知る者の目だ。
「お主は、お主の命尽きるまで、足掻いてでも生きよ」
「…………」
「生に縋るのは格好悪いか?」
「……いえ」
以前の自分ならば、未練のない世界に無様に縋るのは嫌だと思っていただろう。
だが、今はそう思えなかった。
「人間も依人も幻妖も、生を捨てれば等しく終わる。その先にある可能性すら潰すくらいなら、足掻いてでも生きよ。そして、『僅かな可能性』を実現してみよ」
「……っ!」
「返事は?」
「っ、はい!」
巫女を失い、十二生肖への負担が肥大化しつつある局を、破綻組を救えなかった局を改革する。それを、局の最上位である月神自身が認めた。
意地でも成功させてやる、と悠は心に誓った。
「審問はこれにて終了だ。皆、ご苦労だった」
「っ、月神よ。お話が」
「分かった分かった。順に聞くゆえ、そう焦るな」
月神の一言で審問が終了し、先代が月神に詰め寄った。茜と龍司、紫苑が間に入って先代達を宥めている。
すっかり蚊帳の外状態の悠は、去っていいものか迷いながら息を吐いた。明日からも、今までどおりに過ごしていいものか。
そんな中、悠のもとに歩み寄ってきたのは才知と葵だ。
「悠殿」
「どうかしましたか? 葵さん」
葵は慣れた呼び方で声を掛けた。いくら親しいとはいえ、公の場で下の名前を呼ぶのは憚られたのだ。
嫌な緊張感から解放された悠は、言いたいことを言ったからかすっきりした表情だった。
そんな彼に、才知はへらりと笑みを浮かべる。
「いやー、コイツがさ、まーた変な予言してんだよ」
表情を崩さない葵は才知と同期であり、同い年でもあるせいか部署は違えど仲は良い。二人の力が入局当時から別格だったため、何かと関わることが多かったからでもあるが。
そして、二人して僅か五年で各部を統率する地位にまで上り詰めた。
厳格な雰囲気の漂う葵だが、その性格は外見ほど堅いわけではない。むしろ、周囲からの評価は反対だ。
「『不思議ちゃん』の発揮ぶりは相変わらずってな」
「例の少女の件、まだ残っているようですが」
「聞いてないし……」
「まだ残っているって、どういうことですか?」
茶化す才知を無視して話を進める葵に、才知はがっくりと肩を落とした。
だが、悠も才知に構っている余裕はなくなった。何せ、葵の予言めいた発言はよく当たるのだ。
「私にも分かりかねます。ですが、あの妖狐が少女に力を継承したのは、あなたを救うためであったと」
「おいおい。狐と話したのか?」
「勘だ」
「なぁ、お前、本当にうちで治療受けるか?」
「断る」
真顔で葵に治療を勧めた才知だが、それを真顔で拒否された。
葵の発言に関しては本人も言うように確証はない。異様に勘がいいのは、彼が持つ能力が関与しているからだ。
悠はその能力を持つ幻妖を思い出しながら小首を傾げる。
「『フラウロス』の予知は、召喚した陣の外じゃ嘘ばかりだってもっぱらの噂だけど?」
「私は継承者ですから、『嘘』というよりは外れるだけです。それでも、この局にいる間は予知の的中率も上がります」
フラウロスとは、複数伝えられている「悪魔」のうちのひとりだ。豹の姿をしており、戦闘に長け、未来のことも予知できる。
その力を持つ葵は、時折、周囲に能力で得た予言をしてみせるのだ。一部の女子局員には密かな人気になっている。
「じゃあ、その予言ではどう視ていたの?」
彼が視るのはあくまでも未来だ。過去ではない。
そこから察するに、葵は過去に予知をしていたが、それを言えずに抱えていたことになる。
「あの少女を悠殿に関わらせていると、いずれはあなたが命を落とすことになっていた。それは、妖狐が目的を果たすには大きな障害となる。だからこそ、妖狐は少女に対して継承をし、あなたを死から遠ざけた」
「狐の目的は視えたのか?」
悠が死ぬのはいつなのか、それは葵にも分からなかった。しかし、悠が少女を庇い、その先で命を落とす姿は視えた。
では、刻裏が悠を助けてまで果たしたい目的とは何なのか。
内容によっては今後の出方も変わってくるために才知が問うも、葵はゆっくりと首を左右に振った。
「残念ながら、この予知を視たのは局の外にいた時だ。だからこそ、悠殿が死ぬかもしれないなどという不吉なことは、間違いであっても口にはしたくなかった。間違いないのであれば、尚のこと」
葵は言わなかったことを悔いているのか、そこで初めて表情を険しくさせた。
もし、悠に話していれば、未来は変わっていただろうか。破綻し、消滅してしまった少女を救えたのだろうか。
疑問はいくつも浮かんだが、もはや実行に移すことはできない。
未来が垣間見えるのは面倒だ、と悠は小さく息を吐く。
「ありがとうございます。後出しだろうと、それが知れただけでも満足です」
「申し訳ありません。もっと早くに言っていれば、このような結果にはならなかったかもしれませんでした」
「そうかもね」
あっさりと頷いた悠に、葵は視線を落とす。
予言には、教えられない続きがあった。「少女が継承をすれば、悠ではなく彼女が死ぬ」という。また、悠が起こした事件についても察してはいた。悠には何か考えがあるのだろうと黙っていたが、まさかこのような形に落ちつくとは予知できなかった。
葵が自身の能力をまだまだ扱いきれていないことを悔やんでいると、やたらと落ちついた悠の声が聞こえてきた。
「けど、これも一つの運命だ。僕は一時的に死から遠ざけられただけで、生きている以上いつかは死ぬ。それが遅いか早いかの問題だよ」
顔を上げて悠を見れば、彼は今までに見たことがない、優しい表情を浮かべていた。
彼をここまで変えたのは一体、どんな人物なのか、と葵は言葉を失った。
一方の悠は、呆然とする葵の様子を見て、くすりと笑う。
「だから、今を精一杯生きますよ。彼女の分まで」
任を与えられなくとも、生き抜いてみせます。
そう宣言した悠を、いつの間にか先代達との話を終えた月神達も見ていた。
「なんとか収まりましたね」
「一旦はのぅ。では、我はもう戻るぞ」
「はい。また後日」
月神は都季のもとに早く帰りたいのか、そう言い残すと一瞬で姿を消してしまった。今回、またしても月神の力を使った都季の様子が心配なのだろう。
月神が去り、先代達も納得がいかない顔をしつつ部屋を出て行く中、茜は大きな溜め息を吐いた。
「まったく、苦労ばっかされられちゃあ老けるっつーの」
「茜さんが言うと笑えませんね」
「ああ」
「ぶっ飛ばすぞ」
溜め息を吐いた茜に龍司と紫苑がポツリと呟けば、彼女からドスの聞いた声が返ってきた。
茜は、即座に両手を小さく挙げて降参した龍司と紫苑の額をそれぞれ指で弾き、「帰るぞー」と早々に大会議室を後にする。
置いていかれた二人は、聞いたことがない鈍い音を立てた額を押さえつつ、痛みを堪えるせいで震えた声音で不満を口にした。
「こういう役目は、紫苑のはずでしょう……」
「ああ……えっ、俺!?」
大会議室を出た才知は、地下にある調律部に戻ると、スマホを取り出してアドレス帳を表示した。
その表情は遠足前の子供のように浮かれており、調律師の一人が審問帰りとは思えない様子を不思議がって声をかける。
「五十嵐師長、ご機嫌ですね。審問でいいことありましたか?」
「んんー? ちょっとねー。ゆ・ず・り・はーっと」
調律師には適当に返しつつ、外にいる部下の一人の名前を口にしながら見つけると、すぐに電話を掛けた。
呼び出し音を聞きながら、踊る胸に笑みが浮かぶ。
数コールして聞こえてきた「はい」という落ちついた女性の声に、上機嫌なままで返した。
「あ、蒼姫ちゃん? 俺俺ー」
《すみません。詐欺なら間に合ってます》
「詐欺じゃねぇよ! しかも間に合ってんの!?」
スマホを見れば、ディスプレイに表示される名前で誰からの電話かは分かる。それでも、名乗らなかった才知を「蒼姫」と呼ばれた女性は一刀両断した。
才知のツッコミに、彼女はやや疲れたように溜め息を吐く。
《今は取り込み中なので、あとで掛け直してもよろしいですか?》
「おー。そういや、破綻組一級の追跡中だったか。ご苦労さーん」
《切りますね》
「ちょっ、待った待った! 面白いことになったんだよ、こっち!」
あっさりとした部下に慌てて言えば、抽象的な言葉だったせいか彼女は電話を切らずに意外そうに返してくる。
《面白いこと……五十嵐師長の幻妖が、また脱走したんですか?》
「それはもう土下座して謝ったから大丈夫」
調律師は術に長けている他、幻妖を使役する。才知も何匹か幻妖を使役しているのだが、些か本人が軽い調子のため、一部は嫌気が差してよく逃げ出すのだ。
当時を思い返した才知は頭痛を感じつつ、声音を引き締めた。
「本題な。局が、大きく変わるかもしれねぇ」
《変わる?》
「ああ」
《それは……リフォームとかではなく?》
「蒼姫ちゃんのボケはたまにズレてるよな」
《ご心配なく。五十嵐師長よりはマシですから》
「相変わらず厳しいねえ」
容赦ない部下に才知は苦笑を浮かべる。
調律部には数十名の調律師はいるが、これほどまでに手厳しい部下は片手で足りるほどだ。
「まぁ、それはともかく、破綻組の件が終わって帰ってきたら話してやるよ。楽しみがあったほうが、作業が捗るだろ?」
《なんだかイラッとしたので、早急に片付けて戻りますね》
相手は破綻組一級。ランクとしては最も手強い相手だが、蒼姫は微塵も気にした様子を滲ませずに通話を切った。
通話が切れたスマホの画面を見ながら、才知は「帰ってきて痛いのだけはよしてくれよ……」と離れた地にいる部下に不安を抱いた。




