2話 裏側で
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
少し前まではほとんど聞くことがなかった音は、魁達の迎えが始まってからはほぼ毎日耳にするものになった。
「あ、来た」
「おお、もうそんな時間か」
手早くテレビの電気を消し、戸締まりを確認してから鞄を取って外に出た。
玄関先にいた魁と琴音と挨拶を交わし、通学路を三人で歩きながら他愛ない日常会話をする。それがここ数日の流れだったが、今日に関しては月神が「分神に直接の用がある」と言って局に向かったため、普段よりはやや静かだ。
都季はいつもより軽く感じる肩に物足りなさを覚えつつ、魁の怪我を負った足に視線を向ける。
昨日、松葉杖は邪魔だから返したと言っていたが、今日はまた右側だけ松葉杖を使っていた。歩き方は怪我をした側をやや庇い気味だが、怪我の直後よりしっかりしてきている。
「足の調子どう? もしかして悪化した?」
「平気平気。本当なら、もう杖もいらないくらいだし」
「『昨日、帰ってから痛かった』って聴こえたから、念には、念を入れて」
「なるほど」
困ったように笑う魁は、少しばかりやせ我慢をしているようだ。彼の本音を聴いた琴音が使わせているのは正解だろう。
魁を心配する琴音自身も怪我をしているのだが、彼女の場合は腕のため、長袖のブラウスを着ている今は魁みたく状態が一目で分からない。
都季が琴音の腕を見ていたせいか、彼女は自身の左腕に視線を落とすと、袖を捲って見せる。
「あれ?」
「大丈夫。局で、治してもらったし……元々、自然治癒能力が、高いから」
予想外の状態にきょとんと目を瞬かせた都季を見て、琴音は小さく笑みを浮かべた。
一夜のナイフに斬られた左腕。そこには、大きめの絆創膏が貼られているだけで、元の傷の大きさも分かりにくいほどだ。また、「内側の怪我よりも、外傷のほうが治りは早いんだ」と魁が説明してくれた。
唖然としていた都季だったが、ふと、ここにはない姿を思い出して訊ねる。
「そういえば、今日も悠がいないけど、またテレビの仕事かなにか?」
「…………」
「あー……悠な」
悠とは一夜の件で、刻裏を助けた時に別れたきりだ。
昨日は仕事だと言っていたが、今日も仕事である可能性は否定できない。特に、彼は現在進行形で俳優業もこなしているのだ。
まだ会わなくなってから一週間が経つか経たないかだが、毎日のように会っていたせいか、姿を見ない数日間が長く感じる。最も、芸能人……それも人気があるともなれば、数を抑えていようとも毎日は学校に登校できないのかもしれない。
純粋に疑問に思っただけではあるが、困惑気味な魁の様子から、あまり訊かれたくないことなのは明白だ。
琴音も少し俯いたまま、口を開く気配はない。
そこで、悠との最後の会話を思い出した都季は、彼が現れない理由がぼんやりと浮かんできた。
「もしかして、刻裏を助けたの、まだ怒ってるのかな?」
「それに関しては問題ないんだ。……いや、問題ないことはないけど、もし、本当に嫌なら都季の制止も振り切るはずだし」
「それはそれでどうなの」
「……うん。そうだな」
自分で言っておきながら、フォローのしようもない。
都季は、視線をさ迷わせていた魁にそれ以上の追究はせず、次の話題を探す。気にはなるが、言いにくいことならば無理に訊く必要はない。悠もそのうち、ひょっこりと現れるだろうと。
しかし、魁が隠そうとしたことを、琴音ははっきりと告げた。
「悠、怪我をして入院してるの」
「え?」
「琴音」
予想だにしなかった答えに、話題を探していた思考が止まる。すぐに我に返って月神に文句を言い掛けたが、肝心の彼は局に向かったためにいない。
宝月を通して十二生肖の様子を知れる月神ならば、悠の怪我にも気づいているはずだ。
今朝、魁達が来てから局に向かったのは、このためか、と合点がいく
困惑する都季を見た魁が非難するように琴音を見るも、彼女は悲しげに視線を落として言い返す。
「更科君は、もう仲間なのに……。黙っておくの、おかしいよ……」
「…………」
正論をぶつけられ、さすがの魁も押し黙った。
局に登録する以前の都季ならば、今回の件は黙っていても良かっただろう。依人の問題だからと突き放すこともできた。
だが、今や都季は局の一員だ。その上、悠の問題には都季も絡んでいるため、彼にも知る権利はある。
琴音は都季に向き直ると、不安げな表情のままで言った。
「更科君。悠を、嫌いにならないでね?」
「嫌いに、って……」
「悠ね――」
琴音の話を聞いた都季は、予想を遥かに上回る内容に驚きを隠せなかった。
月神が宿る器を破壊すると、抑えられていた力が溢れ出すため、当然ながらその器が定着した都季も無事では済まない。
だから、月神を取り込んですぐの時、悠は月神の能力を使うことを止めたのかと合点がいった。
「――でも、それも事情があるんだよな?」
「……まぁな」
「そっか」
事情があるなら仕方がない。そう片付けるには重い話だったが、一夜を見た後では、悠だけを責めるのは違う気がした。
小さく息を吐いた都季は、一度、悠と会って話をしなければと思った。すぐには解決しないだろうが、話さなければいけない気がした。
「なぁ、悠のお見舞いとかって行けないのか?」
「面会謝絶ってわけじゃないから行けるけど、あんまりオススメはしねぇよ」
「大丈夫。つっきーも町の外に出ないならいけるみたいだし、それに、『昼過ぎには戻る』って言ってたから」
月神は力の半分を器に宿している。そのせいか、都季と遠く離れることができないと言っていた。主に引っ張られるのは月神の方で、せいぜい、恵月町内が限界とのことだ。
既にお見舞いに行く気の都季は、病院の場所を訊ねる。
「入院ってことは、この近くだと中央区の総合病院とか?」
「……いや、局の東隣にある方なんだ」
「局の隣? あの辺りに病院ってあったっけ?」
局にはまだ片手で数えられる程度しか行っていないが、近所に病院があったかと記憶を探る。
民家やマンションに似た建物はあったが、病院らしきものは見ていない。
しかし、記憶にないのも当然だった。
「その病院な、俺らみたいな裏の奴らが行くところだから、おおっぴらに名前を出してねぇんだ。一般人が来ても困るし」
「でも、幻妖世界に関わる人は、大体、知ってる」
「なるほど。卯京さんや悠も、家はそっちなんだっけ」
「うん」
町の東北の地域には局や神社がある他、幻妖世界に関わる人達が暮らす住宅が並ぶ。魁達、十二生肖の実家もその中にある。
そこに住んでいる琴音や悠には、随分と遠回りな登下校をさせているのだと今さら身に染みて感じた。
「なんか……ごめん。朝とかかなり早くないか?」
「ううん、平気。……あんまり、家にいたくもないし」
「え?」
「……なんでもない」
小さく口早に呟かれた言葉はうまく聞き取れなかった。ゆっくり話すことがほとんどの彼女にしては珍しい。
改めて聞こうとするも、琴音は首を左右に振るだけだった。
僅かに重くなった場の空気を変えるように話を元に戻したのは魁だ。
「その病院な、見た目はマンションとかそんな感じなんだ。だから、知らないと分かりにくいんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、申し訳ないけど、放課後に案内してもらってもいい?」
「りょーかい。イノ姐にも話しとくわ」
今回、都季に悠のことを知られれば茜へ報告をするようにと言われていた。隠しておけとまでは言われなかったので、いつかのような説教はないはずだ。
学校までの道を歩きながら、都季は悠と何を話そうかと考える。疑問はたくさん浮かんではくるが、言葉を誤れば責めるような口調になりかねない。
(放課後までにまとめておかないと)
それに対し、悠がどう答えるかは分からないが、一夜の時のように一戦交えることにならなければいいと思った。




