17話 過去の仲間、今の敵
――アイツが守った場所は壊したくない。けれど、アイツを切り捨てた場所が憎くて仕方がない。
――更科都季は関係がないから、命を狙うのは筋違いだ。けれど、彼がいなければあの事件は起こらず、アイツが死ぬこともなかった。
二つの反する感情に押し潰されそうになった時、目の前に現れた素性の知れない少年は言った。
憎いなら、深く考えずただ壊せばいい、と。
自分がやらなければ、また誰かが犠牲になるのだ、と。
(でも、壊して、その先は?)
一夜は疑問を抱きながらも、体は少年の言葉に従うように動いた。異変を起こすため、空間に穴を開けてこの世界と幻妖界を繋げた。
溢れ出した異界の空気が肌を突き刺す。それは一夜にとっても毒だが、一般人と比べるとまだ耐性はある。
歪みから入ってきた幻妖は思い思いの場所へと去って行く。たまに向かってくるものもいたが、それはナイフで切り裂いて消した。
今、一夜がいるのは天降神社の近くだ。局にも近いが、一般人が暮らす場所にはまだ距離がある。十二生肖や局の者を誘き出すにはいい場所だ。
宙に浮かぶ歪みを茫然と見ていると、駆けつけたのはかつて共に戦っていた同胞達だった。
真っ先に声を張り上げたのは、先日、復活したばかりの紫苑だ。
「一夜! お前、いい加減にしろ! こんな事やって何になるんだよ!?」
――ああ、うるさい。それは俺が一番聞きたいさ。
ゆっくりと戻ってきた思考に、埋められない喪失感に、冷笑が零れた。
すぐさま花音が辺りを隔離するため、神器である大玉の数珠を宝月から呼び出す。地面に両手をつけば、白い光の線が全員を囲うように地面を走り、正方形を描いて輝きを放った。
龍司は、無防備になる彼女の前で襲い来る幻妖を術で跳ね返す。琴音と煉も神器を呼び出し、飛び回る幻妖を地に伏していく。
(前は、俺もいたのにな)
元仲間の戦闘に自身の姿がないことに寂寞感を抱かずにはいられない。
だが、自分はもうその場所を捨てたのだ、自分は裏切られたのだと思えば寂しさもすぐに薄れた。
「こんな事、紗智が見たら泣くぞ!?」
「っ!」
「あの単細胞……。なぜ今その名を出すんだ」
「龍司君、『前の人格』滲んでるよ」
紫苑が出した名前に一夜の肩が跳ねる。
龍司は一夜から滲み出す殺気を感じ、悪態をつきながらも、交戦に備えて神器である錫杖を握りしめた。後ろにいた花音は半分呆れていたが、気にしている場合ではない。
「お前らが……」
「一夜?」
「局が、アイツを殺したんだろう!!」
「このヤロッ……!」
叫ぶと同時に地を蹴り、ナイフを振るってきた。
紫苑は自身の発言が招いたと知ってか知らずか、舌打ちを一つしてそれを躱す。態勢を立て直したと同時に、後ろにいた龍司が声を上げた。
「紫苑、退きなさい! ――召雷!」
「お前らの力が俺に通用するかよ」
龍司が錫杖で地面を突けば、金環がぶつかり合って高い音を奏でた。
その次の瞬間、星が瞬きはじめた雲一つない濃紺の空から、木々の合間を縫って一筋の稲妻が落ちる。
しかし、一夜は避けようともしなかった。避ける必要がないからだ。
彼の頭上で、まるで見えないなにかに吸い込まれるかのように、稲妻が音もなく消えた。
「……やはり、あなたの『無効化』は厄介ですね」
裏支の能力は、役割が特殊であるが故に複数ある。
その一つが、対象者の能力の無効化だ。ただし、十二生肖のように力が強い者が相手の場合は、無効化できる時間も限られてくるが。
「これと似た能力のせいで、アイツが死んだって聞いた時は嫌になったけどな。でも――」
一夜の体から、見えない力の波が押し寄せる。解き放たれた霊力が、衝撃波となって周囲を薙いだ。
だが、それは十二生肖に被害を及ぼす程のものではなく、龍司や紫苑は眼前に腕を翳して圧に耐えた。琴音は木の影に、煉は木の枝に飛び乗って避ける。
影響があったのは、別の場所だった。
「っ!?」
「今は、嫌じゃない」
「花音さん!?」
龍司の後ろで大地に両手をついて結界を張っていた花音が、突然、苦悶の表情を浮かべて倒れた。
最も近くにいた龍司がすぐさま彼女の上体を起こせば、彼女は額に汗を滲ませた青白い顔で「壊された」とだけ言った。言葉が指すものが何かは聞かなくても分かる。
花音の張った結界がなくなったことで、幻妖達が四方八方へと散った。
「逃げんじゃねぇよ!」
「数が、多すぎる……!」
「警邏に連絡しておきますから、しばらく耐えてください!」
歪みから無尽蔵に増え続ける幻妖は、もはや煉や琴音だけでは押さえきれない。
焦り、戸惑う二人に龍司が檄を飛ばし、すぐさま支証を使って警邏部と連絡を取った。
支証は十二生肖の証である以外にも、特殊な力で通信が取れるようになっている。最も、その通信ができる者は限られており、支証を持つ者同士か局員の一部だけだ。さらに、通信ができるとはいえ、町中での使用は怪しまれるので、基本的にはスマホの使用が多いのが現状だが。
「辰宮龍司より、警邏部各隊へ伝令。天降神社西より幻妖が拡散。各隊は担当区域へ。至急、討伐および捕獲に当たりなさい。最重要任務に当たっていない機動隊員は、調律師と共に歪みの有無の確認のため巡回を」
警邏部には四つの隊と機動隊があり、四つの隊はそれぞれ東西南北の名を冠する。そして、担当区域もその名と同じだ。機動隊は十二生肖の指揮では基本的に動かない特殊な隊だが、緊急の際には指示も受ける。
警邏部の各隊の隊長や機動隊員から「了解」の声を聞いてすぐ、龍司は通信を切って一夜に向き直る。
(聞いていたよりも、破綻する可能性は低いように見えるのですが……)
今は紫苑が“寅”の能力で一夜を牽制しているが、力の暴走の前兆は牽制されていることを除いてもないように見えた。
駆けつける直前、茜から一夜の破綻の可能性についての連絡があった。覚悟をしてここに来たが、予想に反して一夜は普段と変わりなかった。
(千早は、一夜が自身の力を制御できないと言っていたようですが、今の彼は制御ができている。でも、千早が見た時は違っていた。しかも、狙っていた更科さんに逃げるようにも言った。なら、今の一夜は――)
冷静に分析しながらも手は休めずに幻妖を倒す。導き出された一つの答えに、同時に出てきた人物の顔に、龍司は顔を僅かに歪めた。
紫苑は一夜を抑える傍らで、襲い掛かってくる幻妖を神器の大剣で斬り伏せている状況だ。当然、それには限界があり、多くの傷が見受けられる。
「こうなったら一気に蹴散らしてやる! ――宝月、形態変化! 神使!」
「ガアァァァ!!」
紫苑の持つ紫色の宝月が光り、大剣が紫の光の玉へと形を変える。拳大のそれが紫苑の前方で輝きを放つと、巨大な白い虎が現れた。
轟く咆哮が空気を震わせ、幻妖や一夜の動きが止まった。
その隙に鋭い爪で一夜の背に切りかかるも、それを予測していた一夜は横に跳んで避けた。
一夜が持つ、中央が赤い透明な宝月が輝きを放った。宝月から複数の光の玉が飛び出し、白い虎に向かう。
「猫は猫同士で遊んでな」
「蹴散らせ、雪丸!」
白い虎、雪丸に飛びついたのは、光の玉から姿を変えた数多くの黒い猫だ。
裏支は神使を持たないが、能力の一つに「一時的な神使の創造」がある。宝月の保持が条件ではあるが、それにより雪丸に張りつく猫を出現できたのだ。
紫苑が雪丸に指示を飛ばせば、雪丸の足元から青い炎が噴き出した。その熱に弾かれるように、猫達が背中や足、首から離れて一夜の周りに戻った。
「相変わらず、名前と外見が属性に合わないのな」
「そりゃどうも」
「けど、俺の属性も忘れられちゃ困る」
一夜が片手に炎を灯す。雪丸とは違う、真っ赤な炎を。ライターなどはなく、手品のように出現させたそれは、一夜の手のひらの上で浮いている。
「炎纏」と呟けば、手のひらにあった炎が勢いを広げて猫に飛散した。
先ほど熱によって離れた猫だが、今度は嫌がることなく次々とその身に赤い炎を纏う。
「お前の火と俺の炎じゃ質も量も違うんだよ。血統組ナメんな」
「属性を二つも持ってる奴が質を語れんのかよ? 図体デカイだけの猫が」
裏支はその代によって属性が異なるのだが、今代の“猫”は火の属性だ。対する“寅”は木と火の属性を持つ。
火花を散らす寅と猫に、同じ火の属性を持つ“申”の煉がうんざりしたように言う。
「なぁ。あの二人、俺も火の属性持ってんの忘れてない? 張り合いなら混ざっていいか?」
「……目的、変わってるけど」
小さくツッコミを入れた琴音は、もはやどうでもいい様子だ。
互いに出方を窺う中、先に動いたのは一夜だった。
「質だけじゃない。量に関しても、な」
「「っ!?」」
猫は雪丸ではなく、幻妖の合間を掻い潜って近くの木へと飛び移る。
すると、その身に纏った炎が木に燃え移り、瞬く間に辺りは炎の海へと変わった。
「これだけやれば、お前らはあの少年一人に掛かれないだろう?」
「おいおい、燃やすとかマジかよ!」
「龍司!」
「分かってます!」
同じ火属性とはいえ、さすがの紫苑や煉でも自身が発生させていない火には触れない上に操れない。
紫苑が水と土の属性を持つ龍司を頼るように名を呼べば、花音のそばにいた彼は既に水を発生させて消火に移っていた。
だが、燃え盛る炎に、ただでさえ二つの属性を持つがゆえに純度の落ちる水では蒸発が先だ。
「不甲斐ないですが、私一人で対応しきれる規模ではありません。すぐに悠か、最低でも茜さんを呼ばなくては――」
「ああ。来てやったぞ」
「っ!?」
この場にはなかった声がした直後、鈍い音を立てて一夜の体が横に飛んだ。燃え盛る木の幹に強く叩きつけられた彼は、受け身を取る余裕すらなく地面に落ちる。
花音と龍司の前に庇うように立ったのは、怒りを露にした茜だ。
そして、一夜がいた場所には、体高が茜の肩近くまである巨大な白いイノシシがいた。口からは三対の牙が鋭く伸び、鼻を鳴らしながらぐったりとした一夜を見据えている。
一夜を吹っ飛ばしたのは茜ではなく、巨大なイノシシと化した牡丹だった。
龍司達に振り向いた茜は、隣に戻ってきた牡丹の背中に腕を置くと、苛立ちを通り越した呆れ声で言う。
「不甲斐ねぇな。男三人揃ってこの様とは」
「すみません。ですが、今は……」
「ああ、分かってる。牡丹」
「ピギィ!」
木々に広がる火を消すのが先だ。木だけでなく水の属性も持つ茜が来た今、龍司と力を合わせれば効果は増幅する。
前に向き直った茜が牡丹の名を呼べば、同じく体を反転させた牡丹から短い鳴き声が上がった。直後、牡丹の体が淡い青色の光に包まれた。
「――天雨」
「――水鳴」
茜が唱えると、牡丹の体を包む光が空に昇り、上空に水の塊が発生した。
次いで、龍司が口早に唱えて錫杖を振れば、その塊が弾けて大粒の雨となった。
勢いを増していた炎は、徐々にその威力を減らしていく。
「げほっ、ごほっ……。ってー……肋、イった」
「またデケェ穴を掘ってくれた上に燃やしてくれてるわけだが、どう落とし前つけてくれんだ? ああ?」
「早く、しないと……元に戻せない……!」
歪みはその規模が大きければ大きいほど、修復に手間と時間がかかる。今まで修復不可能となった歪みはないものの、これから先も修復できないものがないとは言い切れない。
一夜が開けた歪みは、時が経つにつれてゆっくりと大きくなっている。炎は鎮火目前で心配はないが、歪みがある以上、まだ状況に油断はできない。
「この際、修復は後回しだ。一夜を先に静めるぞ」
「どうするつもりなんだ?」
「“アレ”だ」
そう言って、前を向いたままの茜は親指で自身の後ろを指す。そこにいるのは龍司と花音だが、二人は一夜を静める術を持っていない。
では、何を指したのか。
答えは、段々と近づく馬の駆ける音が運んできた。




