16話 増加する破綻組
午後の授業も終えて四人で下校していると、正門を出た瞬間に魁のスマホに着信が入った。見ていたのかと思うほどのタイミングの良さだ。
着信は茜からで、通話ボタンを押した魁は告げられた内容に声を上げた。
「ええ!? またかよ!」
《仕方ないだろうが。あたしだって迷惑してんだ》
「また幻妖か依人?」
「……うん。破綻組」
都季がここ数日の流れから察して言えば、琴音は申し訳なさそうに視線を落として頷く。
責める気はなかったので「大丈夫だよ」とフォローするも、「……ごめん」と結局は謝られてしまった。
「更科君のこと、警護しないといけないのに、また一人にしちゃう……」
「でも、今はつっきーもいるから」
「そうだぞ。我を誰と思うておるか」
「つっきーさん。出過ぎるとさすがにバレますって」
「お主にそのあだ名を使われとうないわ!」
ふんぞり返っていた月神に悠が一言余計なものをつけて軽く注意すれば、案の定、彼は怒りを露にした。
月神相手だろうと悠の言動はお構いなしだ。
悠は月神の抗議を流して魁に向き直って訊ねた。
「破綻組の種族は何ですか?」
「複数あるからメールで送るって。あ、きた」
「……いっぱいいる」
スマホに届いたメールを開けば、琴音が横から覗き込んで眉を顰めた。
それを見た悠も加わり、画面に羅列する名前を声に出して数える。
「ひー、ふー、みー、よー……うわぁ、破綻組の増加半端なーい。『全国の破綻者大集合!』的な? 破綻組パーティーでもする気ですか?」
「早く行かんか!」
「はーい」
危機感など微塵も感じられない悠に月神が声を荒げた。
場所は町中に分散しており、三人はそれぞれ違う方向に走って行った。もちろん、都季に「何かあったらすぐに呼べよ!」と注意して。
困った友人の力にはなりたいが、対抗する術を知らない都季が動いたところで対処はできない。むしろ、餌になりに行くようなものだ。
大人しく家に帰ろうと、都季は溜め息を一つ吐いてから歩みを進めた。
隣に浮いている月神は、考えるように片手を顎に添えて唸っている。
「つっきー?」
「どうも、破綻組が多いのぅ」
「おかしいことなんだ?」
まだ知らないことが多いせいか、おかしな点にも気づきにくい。
腕を組んだ月神は都季の肩に乗り、まだ考え続けながら言った。
「確かに、依人の中でも破綻組は継承組に次いで多い。しかし、こうも連日して何人も現れることはないの」
「ふーん」
「……少し、幻妖界に還ってみるか」
「え。俺、一人で大丈夫かな?」
魁達は都季のそばに月神がいるからこそ、別の仕事に向かえたのだ。
その月神がいなくなれば、都季はどうやって身を守ればいいのか。不安が一気に押し寄せた。
しかし、月神はさして気にした様子もなくあっさりと言ってのける。
「心配無用だ。器はお主の中にあるからの。我の名を喚べばすぐに来られる」
「『つっきー』?」
「つ・き・が・み! だ!」
月神が人間界に来る手段は神降りの木だけではなく、都季の体内にある宝玉も使える。そのため、人間界へ来た際に器を有する都季の元に現れるのも可能だ。
だが、都季が試しに呼んだのはあくまでもあだ名であり、月神は一文字ずつ区切りながら訂正した。
あまり呼ぶなとの忠告は、もはや都季の頭に残っていない。
不安になりながらも、彼は善は急げとばかりに「気をつけての」と言うと姿を消してしまった。
「ホントに帰っちゃった」
月神が現れたのは昨日のことだが、久しぶりに一人になった気がした。賑やかな町に対し、自身の周りだけがやけに静かに感じる。
立ち止まっていても仕方がない、と都季は自宅に向けて足を進めた。
陽は傾き、空はオレンジ色に染まりつつある。
大通りには学生やサラリーマンなどの帰宅する人、はたまたこれから出勤するという人が多く行き交っていた。
そんな中、通り沿いの店を眺めつつ歩いていた都季は、道のど真ん中で立ち止まる女性に気づいた。何か嫌なことでもあったのか、洋服店の窓ガラスを見つめながら重い雰囲気を纏っている。
(そっか。あれからまだ四日か)
女性の姿を見て、魁を見かけた日のことが思い浮かんだ。同時に、たったの四日だけしか経っていないのかと驚いた。
いろいろなことがありすぎて、一日一日が非常に早く感じる。
進行方向にいる女性は、やや乱れ気味の長い黒髪が横顔を隠しているせいで表情は窺えない。白いブラウスに紺のカーディガンを羽織り、栗色のロングスカートというシンプルな出で立ちだ。
周りの通行人は女性にあまり視線を向けようとはせず、少しの距離を開けて避けている。
普段ならば都季も周囲の通行人同様に通り過ぎるが、やけに目を引くのは立ち止まっているからだけではない。
(ちょっと待て。いくらなんでもシンプルすぎるだろ)
今は異常気象のせいで五月とはいえ気温は一桁。カーディガン一枚では寒い。
異様な格好に、嫌な予感がした。
「破綻組……?」
思わず口から出た言葉は小さく、周りの音にかき消された。もちろん、まだ数メートル離れた彼女に聞こえるはずもない。
ただし、それも普通であればの話だ。
「っ!」
都季の呟きに応じるように、ゆらりとこちらを見た女性は、ニヤリと笑みを浮かべた。
予感が的中してしまった。
咄嗟に足を止めた都季は、迷わずすぐ側の路地へと身を滑り込ませる。女性も後を追うように駆け出したのを視界の隅に捉えた。
店と店の間は時間帯のせいもあって薄暗い。室外機やゴミ箱を避けながら走り、幻妖界に還っている月神の名を念じるように心の中で喚び続ける。
しかし――
「『喚べ』って言ったのお前だろぉぉぉぉ!?」
いくらやっても月神が現れるどころか反応すらない。
怒りを声に出して、捕まらないようにと角を曲がりながら走り続けた。刻裏と出会った時のようだが、今は本当に追われている。
都季の記憶が正しければ、店は大通り周辺に密集しているが、逸れると住宅地や畑が広がる。今、走っている方向とは反対の東区方面ならオフィスビルや商業ビルなどの建物だ。
だが、何度角を曲がっても真っ直ぐ走っても路地から出る気配はない。先ほどから行く先に見えるのは次の曲がり角ばかりだ。
尚も追いかけてくる女性は、体力の限界などないかのように息一つ乱さず、それどころか愉しそうに笑っている。
何個目かの角を曲がった都季はすぐに足を止めた。
「げっ。行き止まり……!」
目の前にはコンクリートの壁が聳え立ち、左右も建物の壁に挟まれた。
ここで魁達ならば屋根に飛び乗れるのだろうか、などと無駄なことを考えてしまう。最も、彼らなら逃げる前に立ち向かうのだが。
「鬼ごっこはもう終わり?」
「っ!」
後ろから声をかけられ、肩が大きく跳ねる。勢いよく振り向けば、女性は口元だけを笑みの形にしたまま都季に片手を差し出した。
「月神が欲しいの。ちょうだい?」
「ちょうだいって言われても、簡単にあげられないんだけど……」
一歩踏み出した彼女に対し、都季は一歩下がる。
魁達に連絡をしたいが、そんな余裕や隙は与えてはくれないようだ。まだ昨日の青年のほうが話は通じる。
女性がまた、一歩近づいた。
「月神、ちょうだい」
「いや、だから……」
「ちょうだい」
「すみません。無理です」
相変わらずの言葉に、試しにきっぱりと断ってみる。
すると、女性はピタリと動きと言葉を止めた。ネジが切れたゼンマイ仕掛けの人形のように、瞬き一つせずに都季を見ている。
「えっと……」
「…………」
(逃げるチャンス?)
口には出さず、生まれた好機にここぞとばかりにゆっくりと足を踏み出す。女性は止まったままだ。
足音を抑えつつ、慎重に女性に近づく。ここで彼女が動けば間違いなく捕まる。
「…………」
「…………」
お互いが口を閉ざしたままで、静かな空気が辺りを満たす。緊張から自身の心臓の音がうるさく感じ、静かな空気さえも重くのし掛かる。
冷や汗が頬を伝う。女性まで一メートルを切った。
(今、何も起きないでくれよ……)
喚びかけていた神らしくない小さな月神や、空気を読まない御黒達の姿が脳裏を過る。こういうときに限って彼らは現れそうだ。
女性の真横を通り、都季は体を反転させて彼女を見たまま後退する。
空気を壊しそうな者達も現れず、一安心した時だ。
下から空き缶を踏み潰した音が響いた。足もとを見れば、案の定、踏んで形の変わった空き缶があった。
お決まりかよ、と心の中でツッコミを入れた。
「…………」
「……あ、あは」
今まで固まっていた女性が、ぐるんと後ろを向いた。
目が零れ落ちそうなほど見開いた彼女に、都季はぎこちない笑みを浮かべてみせる。
当然、それで見逃してくれるほど破綻組は甘くはなかった。
「お前だけ助かろうなんて絶対に許さない!」
「う、わあぁぁぁ!!」
地を蹴った女性から逃れるため、都季は全力で駆け出した。
先ほど走って来た道を逆走すれば大通りに戻れるはず。そう思って記憶にある限り角を曲がって行くが、どこかで間違えたのか大通りは見えない。
(ちょっと待て。『見えない』ってどういうことだ?)
都季は再び町の地図を思い浮かべる。すべては把握していないが、それでも今いる路地からなら、東に向かって走れば大通りはすぐに見えてくる。
空を見上げれば、走っている方向は濃紺に変わりつつある。オレンジ色の空は反対側だ。太陽が西に沈むということを鑑みれば、向かっている方角はあっているはず。
(いくら走っても大通りは見えないし、先にあるのは曲がり角だけ……。同じ場所を回っているみたいだ)
ふと、一昨日、刻裏は丑のように空間の隔離はできないが、術で都季の姿を隠したと言っていたのを思い出した。また、十二生肖の丑である花音は、空間の隔離以外にも依人を逃がさないように町に結界を張ったと言っていたことも。
ならば、効果範囲は劣るだろうが、他の依人も同様のことができるのではないか?
もし、彼女の能力に「空間の隔離」に関するものがあるならば、この出口の見えない空間にも合点がいく。
逃げながら冷静に分析した都季だったが、あることに気づいた。
「(分かったところでどうすんだよ俺!)――な、えっ!?」
能力が分かったところで対抗手段がないことに変わりはない。そう自身を叱咤した瞬間、右から伸びてきた手に腕を掴まれて引っ張られた。
ただ、手が出ている所はすぐ横に聳える壁だ。怪奇現象に叫ぶところだが、そんなことを考える暇はもちろんない。
なにせ、引っ張られた先は「コンクリートの壁」だ。
「嘘だろ!?」
ぶつかる、と目を強く瞑ったが、予想していた衝撃はなく、代わりにコンクリートとは違う何かに当たった。頬に当たるのは肌触りの良い布の感触だ。ふわりと爽やかな木の匂いが鼻腔を掠める。
ゆっくりと目を開けば、感触どおり濃紺の布が視界一杯に広がった。
把握できない状況に呆然としていると、上から呆れの混じる声が降ってきた。
「まったく。月神達は何をしている」
見上げた先にあったのは、以前、都季に幻妖を甘く見ないほうがいいと忠告をしてくれた刻裏の、呆れと少しの苛立ちが混じる顔だった。




