8.終劇
空気が、すっと冷えた。
誰かが息を呑む気配。
だが――否定の声は、上がらない。
レベッカは怒鳴るかもしれなかった。
エリザベスは理詰めで止めるかもしれなかった。
アリスは軽口で発破をかけるかもしれなかった。
督戦隊のオードリーは引っ叩いて止めるかもしれなかった。
だが、この夜は違った。
「……私、もう……疲れちゃった」
レベッカの声は震えていなかった。
まるで眠る前の独り言みたいに、静かだった。
「殿下……あなたを責める気はありません。ですが……たぶん、これ以上続けても……」
エリザベスの瞳は、いつもの冷静さを失っている。
「スカイがいないなら……もう、戦う理由はないや。隣で逝かせてよ」
アリスは、いつも通り軽い調子で言った。
冗談みたいに。だが、その声の奥は空洞だった。
「ご先祖の中には推しの王族が亡くなった時、殉死した人も沢山いる。私もその中に加わるだけだ」
「推しとの心中に付き合えるファン、どれくらいいるよ? むしろ本望」
エレナとフローラが、そっと手を取り合う。
「……王都も燃えた。爵位にも最早、意味はない。PTSD抱えながら逃げても、惨めなだけだ」
マルタは、焚き火の光を見つめたまま呟く。
その目は、どこにも焦点が合っていなかった。
「……家族は……みんな……ここにいるから……だったら、一緒に……終わるのも……家族……」
クリスティーナの声が、幼く震える。
連鎖だった。
誰も止めない。
誰も立ち上がらない。
誰も「生きよう」と言わない。
オードリーの肩が小刻みに揺れる。
「隊長……ごめんなさい……私……もう、誰も撃ちたくない……」
普段は鋼みたいな少女が、完全に折れていた。
俺は、拳銃を手に取った。
重い。
こんなに重かったか。
百人の視線が、俺に集まっている。
「……わかった」
声が掠れる。
「かくなる上は……共に……終わろう。こんなことに付き合わせて、すまない」
焚き火が小さく弾けた。それが合図みたいだった。
あちこちで、銃声が響く。
だが、誰も泣かない。
ただ、静かだった。
火が、ゆらりと揺れる。
目の前にあるのは100の屍。俺は皆の最期を見届けて、一番最後にこめかみに銃をつきつけた。
指に力が入る。
その瞬間――
世界が暗闇になった。
音も、光も、すべてが引き剥がされた。
***
――王国暦200年 4月4日
王国軍第666特別大隊、全滅。
未帰還率100%
***
どれくらい経ったのか分からない。
やがて、くすくす、と笑う声がした。
幼い少女の声。
「……ふうん。やっちゃったねぇ、スカイ君。君のお父様を笑えないじゃない。全員、きれいに心が折れた。見事な全滅エンドだよ。今時こんな希望の無い完全なバッドエンドも珍しい」
からかい。そして、どこか楽しげな響き。
「でもね——」
闇の中で、気配が近づく。
「君たちがどんなルートを踏んでも、私は回収するよ」
ああ。この声は。
「こんな面白い連中、1万年生きてきて、初めて遭遇した。」
――ネクロディア。
「安心して。死んだのは、ただの肉体だけ。魂は101個分、途中で散ったおまけの50個も全て回収済」
闇の奥で、無数の光が瞬く。
それは、150個の灯。
「——全部、私の手のひらの上」
ぞわり、と感覚が戻る。
落ちていく。
それなのに、どこか温かい。
「さあ、愛しい子たち。次の世界へ行こうか」
声が、優しくなる。
「君たちがもう二度と離れ離れにならない、永遠の箱庭へ」
闇が、光に変わる。
俺は、最後に思った。
(……まだ、終わらないのか)
世界が、再び回り始めた。




