7.真相
──俺が『あいつ』と出会ったのは、山奥の、とある研究施設だった。
当時の俺は、貧民街で母と二人、日銭を稼ぎながらどうにか生きていた。
珍しくもない、どこにでもいる、その日暮らしの貧乏人。
母は平民出身ながら軍学校に入って頭角を現した人だった。
頭は良かった。戦術眼もあった。だが――生き方は、上手くなかった。
卒業直後に配属された部隊で、上官だった、とある『やんごとなき方』に手を出され、妊娠をきっかけに捨てられた。
その話を、夜に未練がましく、だが淡々と語っていた。
ゲリラ戦の天才だった。
それは今でもありがたく使わせてもらってるよ。
皮肉な話だ。弄ばれて捨てられた女の教えが、その息子と部下の強さの源になっている。
ガキ大将だった俺は、腕っぷしだけは自信があった。近所の悪ガキどもを率いて、自警団ごっこ。レベッカとはその頃からの付き合いだ。
ああ……自分で言うのも何だが、顔はよかったよ。女には昔から妙にモテた。
そんなある日だ。
家の前に、見知らぬ男二人が立っていた。
次の瞬間には袋を被せられ、殴られ、連れ去られていた。
連れていかれた先で、俺は『あいつ』に出会った。
政府軍が、戦況の悪化を受けて手を出した禁断の技術。いわゆる黒魔術ってやつだ。
古代に封印された邪神を復活させ、人間と融合させる実験。
なんと俺の体質は、その『依代』として最適だったらしい。
ネクロディア。
かつて豊穣の女神と崇められ、今は邪神として忌避される存在。
その時は蛙のような像の中に封じられていたな。
研究員たちは俺を拘束し、メスを手に取り――
そこから先は、あまり思い出したくない。おそらく人生で一番の苦痛だったとは言っておく。
死ななかったのは、ただ運が良かっただけだ。
ネクロディアは、少女の命を捧げることで大地を実らせる神だった。
十代の少女。
それが生贄の条件だ。
奴らはその力を軍事に転用しようとした。そうして完成した生物兵器が――俺だ。
俺の背中は加工され、触手が生えるよう細工された。生贄を絡め取り、溶かし、吸収する。
吸収し魂をネクロディアに捧げれば捧げるほど、俺の『性能』は上がる。
……察した奴もいるだろう。
その生贄を『運用』するために作られたのが、女学生だけで編成された学徒兵部隊。
第666特別大隊。
「戦場で損耗した際に回収・吸収することで性能を向上させる」
記録には、そうあったよ。
最終目標、ざっと千人。
千人吸収すれば、無敵の兵器。
魔力無限。強力な魔法は使い放題。撃たれても無傷。さながら、安っぽい英雄譚だ。
……人間は、ここまで愚かになれるらしい。
こんな計画に、誰も反対しない時点で終わっている。
運が良かったのは、俺が王の隠し子と判明したことだ。何の因果か、母を弄んだ上官ってのが、あの馬鹿国王だった。
本来洗脳され、自我を奪われ、生贄を喰らうだけの存在になるはずだった俺は、利用価値があると判断され、洗脳を免れた。
「貧民街生まれの王子、帰還!」
そんな感じにメディアは騒いだが真実は逆だ。
実験素材が、たまたま王族だっただけ。
……俺は、その事実を分かった上で、皆を餌ではなく兵士として扱った。
できる限り、生きて帰そうとした。
だが――
それが、どれほど甘く、愚かな選択だったか。
千人全員を生かして返すつもりで戦った。
結果、国は滅び、百人しか残せなかった。
全てを救おうとして、何も守れなかった。
……とんだ大馬鹿野郎だ。
***
この大隊の真相を語り終えたとき、場には沈黙だけが残った。
百人分の呼吸が、重い。
誰も泣かない。
誰も怒鳴らない。
ただ、静かに聞いていた。
レベッカだけが、頭を抱えている。
「……言っちゃった」
彼女は数少ない、真相を知る者だった。
俺は続ける。
「ファルコン隊の脱走……あれはな、あいつらが真相に気づいたからだ。敵にびびったんじゃない。騙されていたと分かったからだ」
あの時、彼女たちは逃げた。だが、俺はそれを責められない。
「……俺が、騙していたからだ。自業自得さ」
焚き火が小さく弾ける。
「……この話を知っても、レベッカが残ってくれた事が奇跡だ」
森の夜は静かだ。
百人の少女たちは、まだ円を崩さない。
そして、誰も立ち去らない。
長い沈黙のあと、ようやくエリザベスが口を開いた。
「殿下は……どうするおつもりですか? これから……」
焚き火の火が小さく揺れる。
俺は、火の奥を見たまま答えた。
「言っただろ。部隊は解散する。そして俺は……責任を取る」
喉が焼けるように痛い。
「皆を、こんな地獄に突き落とした責任を……俺の命で、終わらせる。この期に及んで俺に出来る事なんてそれくらいだ」




