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4.回顧

 フローラが膝に置いたスクラップブックを、そっと開く。


 乾いた紙の音が、夜の静寂に小さく響いた。


 ページが、ぱらりと揺れる。燃えかけた紙片のように、焚き火の風に煽られて。


 炎が彼女の横顔を赤く染める。


 その表情は、いつもの陽気さよりずっと静かだった。


 ……よく、こんな地獄みたいな戦場記録を後生大事に取っておいたもんだな。


 ページには派手な活字が並んでいる。


「共和派が王都でクーデター未遂!」


「各地で反乱軍蜂起す!」


「政府軍、鎮圧に出動!」


 戦争の始まりは、見慣れたものだ。


 腐敗した王族と貴族にむかっ腹立てた共和主義者や共産主義者がクーデターを起こそうとして、ガバガバな計画が漏れて失敗。


 だが、それをきっかけに中央に不満を抱えていた地方を中心に反乱が広まり、あっという間に鎮火不能の大火事になった。


 当初は理想を掲げていた反政府軍も、すぐに統制を失って、各地で略奪を繰り返すイナゴの群れと化し、腐敗した政府軍対傍若無人な反政府軍という構図になるのに約一ヶ月。


 この第666特別大隊は政府軍側でこのクソみたいな内戦を戦い抜いてきた。


 数ページめくると、すぐに俺の名前が出てくる。


「若き英雄・スカイ王子、初陣で大勝利」


「第666特別大隊、快進撃」


 ……そんな美談じゃねぇよ、と今なら思う。


 フローラが指で写真をなぞる。


「……ねぇ、この写真のスカイ様に惚れたんだ、私」


 そこには、笑っている俺がいた。


 あの、作り物の引きつった微笑み。報道用の顔。


 アリスがひょいと覗き込む。


「ふーん、悪くないじゃん。……でも本物のほうがもっと可愛いし、顔が良いけどね」


 そして当然のように俺を凝視する。


「……そんなに見られると照れるだろ」


「えへへ」


 ……絶対わざとだ。


 焚き火がぱちりと弾ける。


「クラッカー作戦って、一年前なんだよねぇ……懐かしい」


 アリスが遠い目をする。


 マルタは俯いたまま呟いた。


「……あの頃、私はまだ狙撃銃を握ってた。エーススナイパーとして……普通に戦えてたんだ」


 声が沈む。


 乱戦中に負った傷とその精神的なショック。そこから彼女の歯車は少しずつずれ始めた。


「そ、そうだ! 三人は初期メンバーなんだよね?」


 フローラが空気を変えようとする。


「んー、そうだね。最初は私とエレナのヤンデレ二人娘」


「……呼び名に異議があるけど?」


 エレナが真顔で返す。


「で、マルタが加わってヤンデレ三姉妹。フローラが参戦してヤンデレ四天王に進化」


「進化って言い方……誇れるのかな、これ」


「誇れ誇れ。666ではキャラの濃さが生存率と比例してるんだ」


 ……否定できない。


 生き残っているのは、どこか壊れている奴ばかりだ。


 ページがさらにめくられる。


「フーイ村の奇跡! 若き英雄たちの奮戦!」


「ここ! 私が配属された頃!」


 フローラが身を乗り出す。


「実戦志望だったのに、工学知識があるって理由で工兵に回されて……そこからアリス達と仲良くなって……」


「フーイ村……私が狙撃銃を握れなくなった場所」


 マルタの声が、また沈む。


 沈黙が落ちる。今の彼女はこの時の負傷が原因で、スコープを覗くとフラッシュバックが起こって引き金を引けなくなる。


 狙撃兵としては再起不能だ。


 エレナが静かに言う。


「ひどい戦でした。後続のファルコン隊が逃亡。あれで総崩れになりかけたところを、イーグル隊が押し留めて……」


 肩を寄せ合って記事を覗くエレナとフローラは、本当の姉妹のようだ。


 アリスが、少し離れた焚き火の輪を見やる。


 そこにはイーグル隊の少女たち。


 アサルトライフルやロケットランチャーを抱え、黙って暖を取っている。


「イーグル隊かぁ……平民組は皆逃げて、今じゃ行き場のないやさぐれ貴族令嬢の溜まり場だもんね。家も権威も王都と一緒に燃えた。捕まれば嬲られるだけ。なら最後に貴族として死ぬって選ぶのかも」


 焚き火の向こうで、誰かが冗談を言ったらしい。軽い笑いが起きる。


 だがそれは、夜会の上品な笑いではない。


 場末の酒場で聞くような、乾いた笑い。疲労と諦観が混じっている。


 フローラの手が止まる。


「ハマン殲滅戦 ――通称『ブラッディ・ダラ』」


 赤い活字が、炎に揺れる。


「……ダラ通り」


「……地獄だったな」


 アリスが苦笑する。


「あー、ダラね。あの時の鹵獲武器、血まみれで誰も使いたがらなかったからさ。倉庫で寝てた分を魔改造して、王都脱出で使ったんだよね」


 声に反して目は笑っていない。


 記事の写真に写っているのは。焼け焦げた指揮車の残骸だ。


 写真だけでも記憶が蘇る。


 狭い路地。そこに新兵と少年兵だらけの敵部隊を誘い込んで、初手で指揮官の乗ってた指揮車を破壊。直後におよそ50丁のMG3で機銃掃射。


 数分で2000人が死に、その後の追撃戦と合わせて、反政府軍側の最終戦死者、約3800人。


 ……正直、今は見返す気分になれない。


 焚き火の音だけが続く。


 やがて、アリスが小さく言った。


「……思うにさ」


「ん?」


「第666大隊の人の皮が剥がれ出したのって……たぶん、ダラからだと思うんだよね」


 火が弾けた。


 夜の森が、一瞬だけ静まり返る。


 否定できる自信は、なかった。

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