3.廃村
森の奥――地図にもない廃村
深い森を抜けた先に、それはあった。
屋根の抜けた家。傾いた梁。苔むした石垣。
井戸の縁には、枯れ葉が溜まり、だが水は底のほうで鈍く光っている。
人の気配はない。
獣の鳴き声も遠い。
外界から切り離されたみたいに、異様に静かだった。
王都陥落から四日。
俺たちは、まだ全滅していない。
百人の少女と、指揮官ひとり。地獄を引きずりながら、ここまで来た。
焚き火の火が揺れ、影が廃屋の壁に大きく伸びる。
「よく生き延びられたよね……」
隊員の誰かが、ぽつりと呟いた。
「ここ、どこなのかしら?」
「廃村よ。敵も知らない。罠もない。奇跡みたいな場所」
「……よかった。やっと屋根の下で寝られる……」
屋根といっても、半分は抜け落ちている。
それでも、空が見えないだけで安心するらしい。
四日間、ほとんど眠らず、森を縫うように移動してきた。
追撃をかわし、爆破で道を塞ぎ、傷ついた仲間を背負い、そして王都から逃れた時にいた残存兵力の三分の二は俺達に見切りをつけて逃げた。
俺は腕を組んだまま、周囲を見渡す。
焚き火の近くで固まっている三人。見慣れた顔だ。
アリス・アリゲーター。
エレナ・ハインド。
マルタ・ロングボウ。
全員工兵で整備兵。
そして揃いも揃って、俺に重い感情を向けてくる面倒な連中だ。
……まあ、こいつらはついてくるよな。頼まれもしないのに。
アリスが焚き火を小枝でつつく。
「はー……四日風呂なしだと、ツインテの可愛さも半減するねぇ。スカイ、あんまジロジロ見ないでよ。一応貴族令嬢の端くれ。こんなのあまりにも惨めだ」
煤で黒くなった頬を指でこする。指先も黒い。
「今更だろ」
俺は小声で返した。
この四日で、彼女達の泥だらけの顔も、涙に濡れた顔も、何度も見ている。
「そういうスカイも泥だらけ。せっかくの美形が台無しだ」
そう言ってアリスは笑った。
自分で言うのもなんだが、俺はかなりの美形である。華奢な身体と中性的な容姿。名は体を表すという言葉通り、空の様に青い目に、雲の様な長い銀髪。何も知らない人間が見たら、一見、少女にすら見えるだろう。
エレナは背筋を伸ばしたまま、アリスの隣に座っている。
「殿下の前に出るのに身だしなみが整っていないのは本来なら死罪ですが……戦時ゆえ、特例です」
「誰もそんな刑罰を定めていないが」
だが彼女は本気だ。忠誠を、形で保とうとしている。
一方、マルタは焚き火を見つめたまま、呟く。
「……アビーもパールも逝っちまった。また、みんなを見送って私だけ生き残ってしまった。スカイ……私、まだあなたのそばにいても……いいよね?」
火の光が、彼女の翡翠色の瞳に揺れる。
そんな彼女を見ていると、こっちまで罪悪感の波が、周期的に押し寄せる。生き残った者の罰のように。
「マルタ。前にも言ったが、誰もお前を責めてない。生き残ったのはお前のツキだ。死んだ奴らは……ほんの少し運が無かったんだ」
「……うん……」
完全には納得していない。それでも、頷く。
少し離れた場所で、フローラ・ウィスキーコブラが膝を抱えて座っていた。彼女も工兵兼整備兵。
膝の上には分厚いスクラップブック。
新聞の切り抜き。
作戦時の写真。
俺の写った報道資料。
几帳面に貼られている。
エレナが声をかける。
「フローラ、何を見ているの?」
「私たちの記録。……なんでこうなっちゃったんだろうって、ちょっと考えてさ」
焚き火に照らされた横顔は、いつもの陽気さを失っている。
……そうだよな。
フローラは新聞に載った俺の写真に一目惚れして、俺に会うために軍に志願した変人だ。だが、戦場で笑い続けられるほど、鈍くはない。
「隊長、なんか言ってよ。今後どうするの?」
機関銃隊隊長のクリスティーナ・ファルコの声が飛ぶ。
「ここ、拠点にしちゃう?秘密基地みたいで良いかも」
「敵も来ないし、もう戦争やだよ……。MP5の引き金引くのも疲れちゃった」
彼女の直属の部下であるイザベルとロレッタも、乾いた声で言った。
どの声も、擦り切れている。
百人分の視線が、俺に向く。
疲労。
不安。
期待。
指揮官が折れたら、終わる。
俺はゆっくり立ち上がった。
焚き火の火が一瞬揺れ、影が長く伸びる。
「……よし。まずは休め」
ざわめきが止まる。
「今日くらいは、しっかり眠れ。見張りは交代制だ。安全確認は済ませた。敵は当分ここを嗅ぎつけない」
一拍置く。
「明日からの方針は、明日決める」
視線が、わずかに柔らぐ。
「今は――今日を生き延びたことを喜べ。ほら、皆、いつも通りくだらない事言い合って、笑おうぜ?」
空元気だ。
俺の声に反して、静寂が場を支配した。




