15.花見
翌朝。
食堂は妙に静かだった。
昨日まで永久禁固刑の宣告を受けた連中とは思えないほど、整然と朝食をとっている。
……いや、整然としているのはいつものことか。戦場帰りの習慣は簡単に抜けないのだ。
俺は乾パンを噛み砕きながら口を開いた。
「王都が落ちたのが3月31日。四日間の逃避行で4月4日に例の告白&集団自決。で、5日にガーデン転生……」
インスタントココアをかき混ぜる手を止める。
「今日は6日。時期的には、桜ドンピシャ満開ってことだな」
エリザベスがココアを口にしながら淡々と言う。
「最期の日の翌日、満開の桜の下で再生。まるで文学です」
「「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」か。何の因果か桜が咲く頃に死んで、また生き返っちまったわけだが」
レベッカが首をかしげた。
「でもブラックバニアに桜そんな咲いてたっけ?」
「咲くんだよ。明治維新にあこがれて変な所でやたら日本リスペクトしてる国家だからな……王都にも普通に桜並木あったろ」
あの通り。数百本の桜を集めた王都の観光名所の一つだった。
王都防衛戦の前日、砲煙の向こうにうっすら見えた淡い色。
おそらく翌日の決戦で砲撃でまとめて吹っ飛んじまっただろうが……。
エリザベスがメモ帳を取り出す。
「では新編666最初のイベントは、屋敷周辺のマッピングを兼ねたお花見で決まりですね」
アリスが即座に乗った。
「絶対に騒がしくなるわ」
「この世界、倉庫が自動補充なんでしょ? その気になれば花見向けの食品も出てくるよ。多分」
旧ファルコン隊隊長のポーリンが乾パンをもぐもぐしながら言う。
彼女はファルコン隊脱走事件の際、集団で逃げようとする部下達を止めようとしたら、その部下達から撃たれて死んだ中隊長。一応一昨日まで666に未練残して幽霊やってたのによく食欲あるなと妙なところに感心していた。
そんな中、天井付近から声。
「出るよ♡」
ネクロディアが逆さでふわふわ浮いている。
「君たちが欲しいと思った物は基本補充される設定にした♡ ただしお酒は禁止♡ 酔って脱走試みないようにね♡」
「監禁仕様すぎるんだよ。この悪趣味女神め」
「褒め言葉」
俺とネクロディアの掛け合いを聞きながら、レベッカが窓の外を見る。
「花びらがひらひら落ちてくるの、綺麗だよね……」
キャサリンが腕を組む。
「季節感だけは最高なのが腹立ちます。地獄の監禁箱庭で、景色だけ理想郷」
的確すぎる。
俺は立ち上がり、窓辺へ歩いた。視界の奥の丘の上には薄桃色。風が吹くたび、花びらが舞う。
昨日、永久禁固刑を言い渡された場所と同じとは思えない長閑な風景。
……何の因果か再会した151の魂。
二万人殺した俺たちが、満開の桜の下でリスタート。
救いか、罰か。
「まぁ……せっかく全員生き返ったんだ」
振り返る。
「最初くらいは花見でもして落ち着こうぜ」
空気が少し緩む。その瞬間、勢いよく立ち上がる影。
「はい!」
クリスティーナだ。目が輝いている。
「では花見兼大隊決起集会を始めましょう! 隊長は真ん中で、全員に団子を食べさせられる役です!」
「なんで俺だけ拷問みたいなイベントになるの?」
「家族の中心だからです!」
即答。
アリスがにやり。
「団子150本チャレンジ?」
「人をカービ◯みたいに……」
シャーロットがこめかみを押さえる。
「団子の本数、150本ですね。公平に一人一本」
「公平の定義がおかしい」
ジュリアが静かに言う。
「隊長が苦しむ姿も……また一興」
「よかねぇよ」
広間に、小さな笑いが広がる。昨日まで凍っていた空気が、ゆっくり溶けていく。
ネクロディアが天井でくるりと回った。
「いいねぇ。絶望翌日の花見。最高の演出だよ♡」
「演出言うな」
だが、否定はしない。俺はもう一度、窓の外を見る。
桜は、戦場を知らない顔で咲いている。俺たちは、もう戦わなくていい。
殺さなくていい。殺されなくていい。
死ねもしないが。
「よし」
振り返る。
「午前中は周辺マッピング。昼から花見だ。配置はいつも通り――いや、違うな」
一拍置く。
「今日は武器いらん」
数人が驚いた顔をする。
「丸腰でいい。敵はいない」
静かな頷きが広がる。
クリスティーナが拳を握る。
「この世界で大隊を一つの家族にしましょう!!」
「なーんか宗教くせぇなぁ…」
レベッカが笑う。
「でも……ちょっと楽しみ」
アリスが言う。
「箱庭も、悪くないね」
キャサリンがぼそり。
「景色に罪はありませんし」
俺は深く息を吸う。桜の匂いが、ほんのり届く気がした。
地獄かもしれない。檻かもしれない。
だが――
満開の桜の下で始まる二周目としちゃ悪くない幕開けだ。
「ただし、団子を食わせてくるのは禁止だぞ」
「えー!」
広間に、ちゃんとした笑い声が響いた。




