14.祖国
屋敷の縁側。4月の深夜の空気はひやりと冷たい。
頭上には、やけに澄んだ月が浮かんでいる。俺は一人、柱にもたれてその月を眺めていた。虫の声でも聞こえれば風流なんだが、残念ながら、この箱庭には俺達以外の生き物はいない。
眠れない。
身体は疲れているはずなのに、神経だけが妙に冴えている。こういう夜は、決まってろくなことを考えない。
「おや、季節外れのお月見ですか?」
背後からかけられた声に、振り返るまでもなく誰か分かる。
「エリザベスか」
俺は軽く肩をすくめた。
「いや……なんか眠れなくてな」
「奇遇ですね。私もです」
彼女は隣に腰を下ろした。木の床が、かすかに軋む。
しばらく二人で、黙って月を見上げる。
沈黙に耐えきれなくなったのは俺の方だった。
「レベッカに夜這いでもかけようと思ったが、そういう気分にもなれなくてな」
「どんだけ性欲魔人なんですか……ゴブリンですよ、ゴブリン」
「言うなよ……」
苦笑しながらも、どこか力が抜ける。
「ま、夕食の時は口では強がってみたが……不安なんだな。きっと」
エリザベスは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、静かに答えた。
「……当然ですよ。殿下だって、まだ15じゃないですか」
15
その数字が、やけに重く感じられた。俺は小さく息を吐く。
「思えばさ……」
視線は再び夜空へ。
「つくづく、年頃の女の子たちに何てことさせてたんだよ。俺たちの祖国……」
言葉にしてしまうと、今更ながら腹が立ってきた。俺の怒りを察したのか、エリザベスはあえて淡々とした口調で返した。
「そりゃ、二十一世紀の今時に絶対王政と貴族制で政治を回してたトンデモ国家ですし。我々の祖国のブラックバニア王国」
わずかに肩をすくめる。
「独裁国家は数あれど、ここまで変な独裁国家も珍しいよな」
「ええ。普通はどこかしら近代化の波に飲まれますからね」
彼女は夜の闇の向こうを見つめる。
「ですが我が国は、妙に頑固で、妙に保守的で……妙に生き残ってしまった」
「資源無し、港無し、国民性は頑固」
俺は指折り数える。
「国土の八割は山と森のド田舎国家、地政学的価値もほぼゼロ」
「誰からも知らんぷりされて、気づけば、周りは近代化。一国だけ技術だけが近代化して、政治は中近世のノリのまま取り残されてしまった」
「他国から見れば……」
俺はおどけた。
「『倫理観が中世から進歩してない? 21世紀に貴族制? えぇ……関わりたくねぇ……』って感じだろうな」
エリザベスも小さく笑う。
「ええ。放置されるには十分な条件です。幸いというかなんというか資源も材木くらいしか無いですしね。列強国からしても変に植民地化した方が金がかかるという……」
「ゴミ国家(直球)」
「直球すぎます」
ふっと、二人の間に軽い笑いが生まれる。だが、それも長くは続かない。
静寂が戻る。
俺はぽつりと呟いた。
「読者さんも違和感あっただろうな」
「一見ナーロッパ風なのに、出てくる武器は現代兵器」
「言葉も技術も妙に現代的」
「おお、メタいメタい」
エリザベスが肩をすくめる。
「でもまあ、事実ですからね」
「この世界、異世界ファンタジーっぽい見た目してるだけで」
俺は空を見上げたまま続ける。
「中身はただのIF現代戦記だ」
風が吹いた。夜の空気が、少しだけ肌を撫でる。
「……なあ、エリザベス」
「はい」
「…………俺たち、どこで間違ったのかな?」
少しだけ間を置いて、彼女は答えた。
「間違っていたかどうかは、簡単には決められません。仮に初陣のクラッカー作戦で負けていたら? ダラで敵の旅団を殲滅していなければ? 王都が落ちていなければ? あの時自殺せず、もう少し粘っていたら? もっとひどい事になっていたかもしれない」
彼女は月を見上げる。
「その結果が、今ここにある。IFを言い出したらキリがありませんよ」
それだけだった。責めるでもなく、慰めるでもなく。ただ事実を置く。
俺はゆっくりとうなずいた。
「……そうだな」
しばらく、二人で黙って月を眺める。
箱庭。
出られない世界。
終わらない時間。
それでも――
「……眠れそうか?」
「いえ、まだ無理ですね」
「だよな」
俺は立ち上がる。
「食堂から団子でも銀蠅してくるか」
「深夜にですか?」
「どうせ寝れないんだ。夜食だ、夜食」
エリザベスは小さく笑った。
「……本当に、順応が早いですね」
「戦場で慣れてるからな。理不尽には」
「では、その理不尽な世界での月見、お付き合いしましょう」
「望むところだ」
月明かりの下、二人は縁側を後にした。
夜はまだ、長い。




