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13.家族

 死ねず、出られず、救われず。


 永遠の箱庭がただの檻だと理解した夜。食堂は、奇襲作戦直前よりも静かだった。


 151人。


 誰も泣かない。誰も怒鳴らない。


 ただ、声がない。俺もしばらく黙々と食事を口に運んでいた。


 正直に言えば、頭の中も静かだった。怒りも焦りも、不思議と薄い。


 ……皆も口では軽口を叩いていたが、本音は不安に押し潰されそうなのだろう。


 やがて、俺は口を開いた。


「……かくなる上は、覚悟決めるしかないだろう」


 全員の視線が集まる。


「どうあがいてもここから出られない。死ねもしない。なら――」


 一拍置く。


「明日からは長い休暇だと思おう。俺たちはもう戦わなくていい。生きるために銃を構えなくて済む。それだけは、救いだろ」


 ……誰も笑わない。


 まるで通夜だな。それも大往生の老人ではなく、若くして亡くなった人の通夜だ。誰も笑えず、思い出話も出来ないやつだ……と自分で思う。


 その時。椅子を引く音。


 クリスティーナが立ち上がった。


 震える声だった。


「……みんな、聞いて」


 視線が彼女へ移る。


「大隊は……家族です」


 その言葉に、空気がわずかに揺れた。


「戦場で何度も死にかけて……でも隊長の言葉や背中で、生きてこられた。その絆は……死んだくらいで消えません」


 俺を見る。真っ直ぐな目だ。


「ここは檻じゃない……隊長がいて、みんながいる家なんです!」


 何人かの瞳に光が戻る。


 クリスティーナはさらに勢いを増す。


「……私もね、貧民街の出身なの。いつも、両親に罵られて……殴られてた。生きてるだけで怒鳴られて、叩かれて……ここにいていいなんて、思ったこと一度もなかった」


「……」


「でも、隊長が最初に言ってくれたよね。「大隊は家族。支え合うものだ」って。……あれがね、私にとっての、救いだったんだ」


「ああ……そんなこと、言ったな。創設のときの、演説か」


「うん。あの瞬間だけは、初めて「ここにいていい」って思えた。だからね……この大隊は、私にとって本当の家族なの。血は繋がってないけど……」


「むしろ、『同じ罪を背負った者同士』って意味では、血より濃い絆かもしれないな」


 クリスティーナは、小さくうなずいた。そして、まっすぐ皆を見つめながら、静かに続ける。


「だから! 正室争いなんてせず、みんなで隊長を支えて――」


「あーそうだ。正室で思い出した……話の腰を折って悪い。言わなきゃいけない事があるんだが」


 つい、口を挟んだ。


「はい隊長! 皆で仲良く――」


「正室はレベッカだ」


 沈黙。


 レベッカの耳が真っ赤になる。と同時に勝ち誇ったような顔。


「……うん……そうだよね!」


 広間のあちこちから小声。


「知ってた」「やっぱりな」「ですよねー」


 クリスティーナが固まる。


「え?」


「ついでに第二夫人はアリスだ」


 アリスが満面の笑みで親指を立てる。


「朗報! アリスちゃん、推しから直々の指名!」


「え、ちょっと待って」


「あとマルタ、エレナ、フローラ、マリー、グレイシー、アレクサンドラは愛人だ。こいつら8人とは既にヤってる!」


「やめて!? 情報の洪水を一気に浴びせるの!?」


 クリスティーナが崩れ落ちた。


 三分の一くらいが平然としている。


「隠す気なかったよね」「今さら驚かない」「すけべぇ〜」


 エリザベスがこめかみを押さえる。


「殿下……せめて順番に……情報公開は計画的にと……」


「いや、もうかくなる上は、隠す理由もないだろ。むしろ変に隠してた方が後からめんどくさい事になりそうだ」


 レベッカが小さく笑う。


「ずっと一緒なんだしね……」


 アリスが腕を組む。


「むしろここからが本編よ!」


 マルタが静かに言う。


「隊長が望むなら……私はどこまでも……」


 フローラが柔らかく微笑む。


「箱庭生活、悪くないかも……」


 グレイシーがぽつり。


「生きてる……それだけで……」


 アレクサンドラが真っ直ぐ立つ。


「殿下のそばにいられるなら、それで充分です」


 クリスティーナが天井を見上げた。


「8股って……隊長……家族計画の前に……倫理観の授業を……」


 思わず、笑いそうになる。重苦しかった空気が、わずかに崩れた。


 ……ああ。これだ。


 絶望は消えない。檻も消えない。罪も消えない。


 だが――生きる方向へ、少しだけ傾いた。


 俺は立ち上がる。


「いいか」


 全員を見る。


「地獄かもしれない。永久禁固刑かもしれない。だが、俺はここで腐る気はない」


 視線が集中する。


「俺が中心だと言うなら、責任も俺が負う。支えると言うなら支えろ。文句があるなら拳で殴りに来い。……銃から弾は出ないからな」


 小さな笑いが起きる。


「ここは確かに檻だ。でもな」


 拳を握る。


「檻の中でも、大隊は大隊だ。家族と言うなら家族だ。なら、ここで、生きる」


 静寂の後。


 レベッカがうなずく。エリザベスも、アリスも、マルタも。


 波のように頷きが広がる。


 クリスティーナがゆっくり立ち上がる。


「……じゃあ、家族会議は後日改めて……」


「……議題が多そうだな」


 広間に、ほんの少しだけ温度が戻る。


 重い現実は変わらない。


 だが――俺がいる限り彼女たちは、立ち上がる。


 そして俺もまた、立ち続けるしかない。


 大隊長として永遠の箱庭で。

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