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12.地獄

 とはいえ、大広間の空気は重かった。


 外がループしている。逃げ場がない。


 その事実だけで、150人の少女たちの呼吸は浅くなる。


 不思議なもので、どんなに快適でも閉じ込められているだけで、人間というのは窮屈さを感じるものらしい。


 その緊張を切り裂くように軽い手拍子が一つ。


 いつの間にか皆の前に立っていたネクロディアが、なにがそんなに面白いのか、ニコニコと笑っている。


「はいはーい! お散歩も終わったみたいだし、改めて世界のルール説明タイムいくよー!」


 まるで授業を始める教師だ。


「……頼む」


 俺は短く言った。


 それを聞くと、ネクロディアが楽しそうに人差し指を立てる。


「ルール1。ここから出られません」


 ざわめきが広がる。


「ループに気づくとはさすがスカイ君! その通り、ここから君たちは絶対に逃げられません!」


 オリヴィアが目を伏せる。


「……やはり」


「安心して! 森林、湖、丘、川、野原。レクリエーションは完備してるから!」


 アリスが小さく呟く。


「つまり……全部、箱庭」


「そうそう! 半径五キロの遊び場!」


「檻だな」


 俺が言うと、ネクロディアは即答した。


「檻だよ?」


 凍りつく空気。それにネクロディアは気にせず続ける。


「ルール2。武器はあるが、人は殺せません」


 武器庫の報告が頭をよぎる。


「特別サービス! 君たちのアイデンティティだからね!」


 ジュリアが静かに問う。


「……戦えるようにということ?」


「ううん、戦えないよ?」


 軽い口調。


「誰かに向けて撃とうとした瞬間、弾が詰まる仕様。自殺も同じ。ぼんっ、て止まるよ!」


 補給兵隊長のシャーロットが呟く。


「……暴力では何も解決できない世界」


「そーいうこと! だって君たち、暴力封じないと、すーぐ死ぬか殺すかしか出来ないでしょ?」


 俺は黙る。否定はできない。


「だから封じたっ☆」


 ネクロディアは三本目の指を立てる。


「ルール3。肉体は変化しません」


 また広間がざわつく。


「歳も取らない。弱らない。怪我しても死なない。病気も基本すぐ治る」


 かすれた声で言うのは衛生兵隊長のメアリー。


「……不老不死ってこと?」


「魂が壊れない限りは、ね!」


「魂が壊れたら?」


 俺が問う。


 ネクロディアは微笑む。


「壊れないよ。この箱庭では。壊れないようにしてあるから♡」


 クリスティーナが低く言う。


「……壊れられない地獄」


「正解! かの始皇帝ですら得られなかった永遠の命、楽しんでね!!」


 ネクロディアは手近な長椅子に腰を下ろす。


「ルール4。ここは幸福に優しいけど、逃避に厳しい」


 全員が息を呑む。


「戦場には戻れない。国も軍も命令もない。ただ、のんびり生きるしかないの」


 マリーが俺を見る。


「スカイとみんなで……生き続けるしか……ない」


 ヴィクトリアが続ける。


「救済のようでいて……」


「罰、だよ」


 ネクロディアが5本目の指を立てて、先に言う。


「ルール5。罪への報い」


 俺は視線を下げる。


「結局……俺たちは死後に裁かれたのか」


 ネクロディアの瞳が、冷たく光る。


「当然でしょ? 君たち、合わせて二万人以上殺してるんだよ?」


 誰かが息を呑む音。……だが、紛れもない事実だ。


「死んで楽になろうなんて、甘すぎるよね?」


 空気が冷える。


 キャサリンが震える声で言う。


「……私たちのしてきたことは……人殺し」


「だから閉じ込めた。永久禁固刑。死後も大隊に執着して成仏拒否してた50人もおまけでね。仲間150人と一緒。特別待遇♡」


 広間が静まり返る。


 永久。


 歳も取らず、死ねず、壊れられず。


 暴力も使えず、外へも出られない。


 俺はゆっくり息を吐く。


「……つまり、俺たちはここで、生き続けるしかない」


「うん」


 ネクロディアは笑う。俺は彼女を見据える。


「……これはあまりにも多くの人間を殺めた俺達への罰って事か?」


 ネクロディアの瞳が、わずかに愉しげに歪む。


「……お前……趣味悪いな」


 俺の声は低かった。が、ネクロディアは首をかしげる。


「なに怒ってるの? 戦争ジャンキーの人殺しに相応しい罰を与えただけだよ?」


 さらりと言う。……何も言い返せなかった。


「これは、生かしておいてあげる罰なんだから」


 拳がわずかに震えた。


「なんなら飛び降りや湖で自殺図っても、こと切れた瞬間リスポーンしそうだな。この調子だと」


 俺が言うと、ネクロディアは楽しそうに目を細めた。


「お、察しが良いねぇスカイ君。大正解~! この箱庭では死んで終わりなんて甘い展開、絶対起きないよ♡」


「……やっぱりか」


「はーい、重要ポイント。ここでの死はただのセーブポイント戻りでーす。絶対に逃がさないから安心してね。君たち全員、この世界で永遠にぬるぬる共依存してもらうから♡」


 ざわめきが広がる。


 フローラが小さく言う。


「……逃げ道が一切ないって、逆に怖いんだけど……」


 クリスティーナが唇を噛む。


「死ねば楽になる……それも許されない……まさに罰ですね、大隊長」


 ネクロディアは満足そうにうなずく。


「うんうん、その通り! 何百、何千と殺してきた報いだよ。死ぬ自由すら与えないの。どう? 可愛いでしょ私♡」


「悪魔が神を名乗るとは、世も末だな」


 俺が言うと、彼女は肩をすくめた。


「邪神は邪神らしく、ね? でも安心しなよスカイ君。君の周りには永遠に離れられない150人の仲間がいるんだからさ♡」


 その言葉に、150人の視線が俺へ向く。


 重い。


 エリザベスが静かに呟く。


「……地獄の定義が変わりそうですね」


 ネクロディアが楽しげに続ける。


「あー、看護イベント起こせるように風邪くらいは引く仕様にしてあるよ。重い病気にはならないけどね。まぁ仮に病死してもリスポーンするんだけどさぁ」


「変な仕様だけ残しやがって……」


「サービス精神ってやつ♡」


 そして彼女は、わざとらしく咳払いした。


「ルール6。唯一の出口」


 大広間が静まり返る。


「……出口? あるのか? この永遠の牢獄に」


「ありません!!」


 一同、沈黙。


 ネクロディアはにやりと笑う。


「ただし、君たちが罪と向き合い、心を整える――これが満たされたら」


「満たされたら?」


「次のステージに送ってあげる♡」


 次。その言葉は甘く、そして遠い。


「10年後か100年後か1000年後か。はたまた永遠に来ないか。まあ、いずれにしろ遠い話だね。今はひとまず……この箱庭でスローライフを楽しんでごらん? この小説、一応なろう小説でしょ? ほら、誰もが羨む環境でハーレムライフ。こういうのよくあるでしょ?」


 その瞬間。屋敷が再び、みしり、と鳴った。


 ただの家鳴りだ。だがまるで扉が閉まる音に聞こえた。


 エリザベスが低く言う。


「……ここ、理想郷なんかじゃない。間違いなく地獄だわ」


 俺は静かに首を振る。


「いや」


 150人の視線が集まる。


「地獄かどうかは、俺たち次第だ。母さんが言ってた。環境に文句をつけるやつは3流。1流はどんな環境でも楽しむもんだって」


 ネクロディアが目を細める。


「ほう?」


「生きるしかない。逃げられないなら、適応するしかないだろ……ほら、ダーウィンの格言にもあるだろ? 優れた種とは強い種でなく、環境に上手く適応出来たものだ、って」


 しばしの沈黙の後、レベッカがうなずく。


「……うん。スカイがいるなら、私は生きられる」


 エリザベスも続く。


「殿下……はい」


 一人、また一人と頷く。


 逃げ場はない。


 死ねない。


 外界もない。


 それでも。


 俺は全員を見る。


「俺たちは部隊だ。刑場だろうが箱庭だろうが、秩序は作れる」


 ネクロディアは楽しそうに笑った。


「うんうん。絶望から始まる日常って、一番美味しいよね♪ しぶとい女の子、私だーい好き♡」


 その言葉に、胸の奥がわずかにざわつく。


 絶望か。


 上等だ。


 永遠の罰なら、とことん楽しんでやる。


 この箱庭が地獄だというなら。


 ――俺たちの手で、意味を与える。

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