10.酔狂
ネクロディアは、楽しそうに笑っていた。レベッカが俺の袖を掴む。
「スカイ……これ、どうなってるの……?」
その声は震えていた。戦場では滅多に見せなかった不安が、今は隠しきれていない。
「死んだはずです。私たちは確かに引き金を――」
エリザベスの言葉が途中で止まる。
「この場所……何? 私たち、どこにいるの?」
グロリア・エアラコブラが周囲を見渡す。彼女はかなり早い段階で戦死したメンバーの1人だ。不安げに周囲を見渡している。……彼女も生き返ったのか。嬉しいような怖いような……。
古い屋敷のような大広間。明治維新に憧れた日本かぶれ国家らしい、見様見真似のブラックバニア式和洋折衷。
だが、どこか現実感が薄い。空気がやけに澄んでいる。
「屋敷……? だが雰囲気が妙な気がする」
エレナが壁を触る。
「ここ、空気がおかしいよ……なんだろう、この違和感……」
アリスが小さく呟く。
俺も同じことを感じていた。
重力も温度もある。鼓動もある。
だが、具体的に説明は出来ないが、世界そのものが薄膜一枚向こう側にあるような感覚。
その時。
ネクロディアが、ひらりと俺の目前に立った。
小さな体。古風なドレス。その瞳は新緑の様に輝いている。
指を鳴らす。
「じゃ、説明タイム入ろっか」
「……頼む。意味が分からん」
俺は正直に言った。
「うんうん、わかってるよー。君たち全員、死んだんだよね。そして本来ならそこで『終わり』だった」
広間が静まり返る。誰も反論できない。
「でも、つまんないでしょそれ。私ね、救いのないバッドエンドって大嫌いなの。だから――」
彼女は宙を撫でる。
「君たちの魂を全部拾い上げて、別の世界線の箱庭に転生させた。ここは君たちの新しい家だよ☆」
……転生?
「つまり……我々は生まれ変わった、と?」
エリザベスが確認する。
「そうそう。ボロボロの身体は全部捨てて、魂だけ持ってきたの」
再び指が鳴る。すると光が走る。
血にまみれていた軍服が、真新しい制服へと変わる。
「……傷が全部……消えてる……」
俺は4日の逃避行で負った大小の傷が消えてるのに、驚愕した。
マルタは背に手を回す。
「あの砲撃の痕、完全にない……」
アリスがぽつりと呟く。
「私……生き返った……の?」
「正確には死ななかった世界線に移ったが正解だけどね~」
ネクロディアは相変わらず軽い。
あまりにも軽い。
俺はネクロディアを睨む。
「理由は?」
一歩、近づく。
「少女の魂を食らうはずの邪神が、なぜ俺たち全員を救った?」
ネクロディアは笑う。だが、その笑みは歪んでいた。
「まあまあ。そう怖い顔するなよ〜。だってさ。君たち150人とスカイくんの組み合わせ、最高に面白いじゃん?」
空気が固まる。
「それに……君たち、全員私の『お気に入り』だしね。タダで死なせるには惜しいでしょ?」
「ようはお前の酔狂と。……俺たちは、また戦うのか?」
「いいや?」
彼女は首を振る。
「ここは戦場じゃない。戦わなくていい世界。ただ、のんびり生きることだけが許された箱庭」
その言葉に、全員が沈黙する。
「ようこそ、天国へ。あるいは――」
ネクロディアが俺の耳元に寄る。
「色欲の無間地獄かもしれないけどね☆」
背筋が冷える。俺は一歩下がる。
「……全員、落ち着け」
150人分の視線が、一斉に俺へ向く。
「状況はまだ詳しくわからんが……とにかく、生きている。それだけは確かだ」
その言葉に、空気が少しだけ緩む。
「はいはーい。それじゃ、666大隊スピンオフ、通称ガーデンルート! 正式開始~♪」
ネクロディアがくるりと回る。
「スカイ、君は今日からこの屋敷の『ご主人』だからね」
ざわめき。レベッカが、恐る恐る俺の手を握る。
「スカイ……一緒に、生きていいんだよね……? もう殺したり殺されたりせずに……」
アリスが叫ぶ。
「永遠に推しを愛でられるって事?!」
連鎖してエレナも叫ぶ。
「うおおお! 王家万歳!! 殿下万歳!!!」
マルタが小さく笑う。
「もう、離れない……二度と……」
フローラが真っ直ぐ俺を見る。
「箱庭でも……あなたのそばにいる……」
視線の圧力が重い。異様な熱を帯びている。
俺は更に半歩後退する。
「な、なんか皆の目が怖いんだが……?」
ネクロディアがくすりと笑う。
「死んでまで失えなかった執着。それが、君たち151個の魂をここへ導いた力だよ。喜べば良いんじゃない? 笑えば良いと思うよ♡」
彼女の瞳が、深い森のように揺れる。
エリザベスが静かに頭を垂れる。
「殿下……私たちは……もしかしたらとんでもない所にたどり着いたのでは……?」
――ああ、これはもしかしたら……。
理解する。これは『救済』ではない。
外界という逃げ道を失った、純度百パーセントの『業』の世界。
俺は蘇生した150人を見渡す。生きている。確かに、生きている。
そして同時に思う。
――この箱庭で、一番試されるのは。
たぶん、俺だ。




