表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

裏切りは突然にやってこない。それはよく準備されてから来る。

 天貝スル蔵はベッドの女を無視して仕事にとりかあかった。

 とりあえず自宅にあるスニーカーを出して並べる。

 これと貸倉庫にあるスニーカーや服を合わせれば、ひとまずは当面の埋め合わせ程度になるはずだ。

 細かい価格は調べてみないと分からないし、本当ならもう少し寝かせておきたかったが今はそんな場合じゃない。

 スル蔵は短いため息をついて、作業を再開した。


 卓上のフォトボックスに靴を置いては角度を変えて撮影していく。

 柔らかく白い光りが靴を包む。スル蔵は写真を撮りながら思う。

 俺が履くことの無い靴だ。そして買ったそいつも履いたりはしないだろう。

 そいつも転売するのかも知れないし、どこかに飾るのかも知れない。箱から出したりしないってこともあり得る。



 それは靴と言う形をしただけの資産だ。

 それなら靴と言う形をしている必要もないが、靴だからこそ、これには価値がある。そして価値あるが故に靴としての運命を全うできない。

 矛盾した存在だ。

 メーカーだってこうなるのは分かっているのに限定品を出すから悪い。資本主義のクソみたいな部分が煮詰まっている。

 だがそれも今が単にスニーカーバブルだってのは分かってる。

 全てはスニーカーが加水分解するまでのババ抜きだ。


 スル蔵は機械的に撮影した靴をZIPにまとめると取引相手に送り付けた。

 ふと目をやった卓上の灰皿には、吸い終わる前に置いたまま灰になって消えた煙草が転がっていた。

「お前は俺か」

 スル蔵は笑った。

 もしかしたら俺は煙じゃなくて灰なのかも知れない。殴られる程度に形はあるが、それで終わりだ。

 崩されたら終わり、そこまでの存在。


 新しく取り出した煙草に火をつけて、ベッドの女を見ながら先輩に売りつける値段を適当に決めて送信すると、取引相手から電話がかかってきた。

「はい、もしもし」

 やや緊張した面持ちになってスル蔵は応えた。

 もう口角をあげてはいられない。

「お前、どうかしてるんじゃないのか」

 相手の男はむしろ不安気な声で言った。

「お前が送った写真の靴、全部、全部だぞ。ありゃあ偽物だ」

「……は?」

「お前、ちょっと休め。このことは他のには黙っておいてやる」

 そういうと相手は電話を切った。


 スル蔵は通話の切れたスマホを見つめたまま固まっていた。

 ……どれも、全部、偽物?どういう事だ?俺が買って保管していたはずだ。動かしてもいないし、なんなら見てすらいない。

 そうだ、見ていない。

 その瞬間にスル蔵は火が付いたネズミ花火の様にベッドに飛び掛かった。

「このアマやりゃあがったな!」

 布団を引っぺがすとそこには安物のダッチワイフが置かれており、その膣の中に仕込まれていた幾つかの笑い袋が一斉に笑い出した。

「やられた」

 スル蔵に理解できたのはそれだけだった。


 連絡を取ろうにも、電話やSNSなどあらゆる連絡手段は既にブロックされていた。

 部屋中を探したが彼女がどこに逃げたか手がかりになるようなものは見当たらない。部屋にあるのは必要としないようなものばかりだった。

「まるで灰皿みてぇな部屋だな!」

 スル蔵が叫ぶと隣の部屋から壁を殴りつけられる音が聞こえた。

「うるせぇポン助!シャブやってんの警察にサすぞ!」

 怒鳴り返すと部屋は静かになった。


 部屋にあるものは全て偽物。

 砂上の楼閣が崩れ去った瞬間だ。



 恐らくは貸倉庫もとっくに空になっているだろう。確認しに行くのも馬鹿馬鹿しい。

 とりあえず、いま咥えている煙草は今朝方にコンビニで買ったばかりだ。これが偽物と言う事は無い。

 スル蔵は火のついた煙草を咥えたまま浴室に向かって蛇口をひねると、勢いの無いぬるいシャワーが古びたヘッドから垂れる。

 ジジィの小便みてぇだ。

 どうせこれもあの女が買ったシャワーヘッドだし、どうせ高級品に似せて作った中華通販の紛い物だろう。

 ジジイのションベンで火の消えた煙草を吐き捨てる。



「売るものが、ねぇ」

 スル蔵は呟いた。

 いや、売るものどころかもう買うものが無いのかも知れない。

 厭な汗を流して浴室を出るとスマホが鳴り続けていた。電話をかけてきているのは転売でパシりにしたパイセンだった。

「パイセン。なんすか」

 アンタに売る女、逃げちまいましたよ。

 そう言おうとした矢先にパイセンが鼻を鳴らして笑った。



「金、無いんだって?俺のパシリすんなら、まぁ少しは払ってやってもいいよ」

 先輩がいつにない感じの声で言う。

「あ?なんすかそれ?」

 スル蔵の全身が総毛立つ。アンタにまで虚仮にされる言われは無い。

 何かノイズにも似た音が聞こえて、パイセンが笑った。

「おい、やめろって。いま電話中だから」

「は?誰と喋って……」

 水っぽいノイズ、肉を打ち付けるような音、パイセンの呻き声にスル蔵の声は遮られた。

 電話の向こうにいる先輩の背後から聞き覚えのある嬌声が聞こえる。


 荒い呼吸をしながらパイセンがヘラヘラと笑っていた。

「なんだっけ?転売はガキを泣かせてからが本番、だっけ?」

 ライターを擦る音が聞こえた。続けてパイセンがわざとらしくフゥと長い息を吐いた。



 煙草を吸う人だったんだな。

 何を吸うんだろう、と思った自分がおかしく思えたスル蔵は小さく嗤うと「あぁ、全部を理解しましたよ」と言って電話を切った。


 薄暗い部屋でスル蔵は立ち尽くした。

 そうか、俺は煙とか灰じゃなかったんだな。吸い殻だったんだ。

 いつから?

 さぁな。でも転売はガキを泣かせてからが本番ってなら、パイセンの本番は始まったんだろう。

 スマホが鳴って、画面にはリマインダーが表示されていた。明日発売のスニーカーに並ばなきゃいけない。

 スル蔵は偽物のスニーカーを取って雑に履くと、足を引き摺るようにして部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ