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転売なんてガキを泣かせてからが本番

 勢いの無いぬるいシャワーが皮膚を力無く撫でては流れ落ちていく。水の泡はぷちぷちと消えて排水口に落ちていく。

「お前は俺か?」

 泡が弾けて消える。



 風呂場の窓からは夏の終わりの風が吹いている。死の季節が過ぎれば、呪い眠りがきて、あとは喜びの季節だ。

 地層みたいに水垢で濁った鏡の中を見ると、酷く顔色の悪い厭な顔をした男が写っていた。

「お前は誰だ」

 そいつは消えない。

「お前は誰だ?」

 これを毎日繰り返すと狂うと言う都市伝説があったが、既におれは狂っている。

「もう売るものなんて無いんだよ」

 鏡の中の男が不器用に笑った。

 頬をぬるいものが這い落ちて、消えた。




「何を言ってんすか、転売なんてのはガキを泣かせてからが本番なんすよ」

 俺より先に子宮から顔を出しておいてそんなことも知らないのか?

 天貝スル蔵は鼻で嗤った。

 勘弁してくれよパイセン、あんたァ馬鹿な上に精神も薄弱ときたもんだ。金が欲しいんだろ?それなら耐えろよ。


 スル蔵は行列の最後尾で今にも泣きそうな表情の子どもを顎でしゃくった。

「じゃあ先輩、あのガキにそのカード売ってやりゃあいいじゃないすか。ここまで並んだ数時間を無駄にすることになりますけど」

 スル蔵が追い打ちをかける。先輩と呼ばれた男は黙って俯いた。

 結局は金だ。

 弱い奴が喰われていく。


 スニーカーの転売に並ぶホームレスを殴り、同業の中国人や韓国人を路地裏で刺し、いまはこうしてガキを泣かせている。

 いや、ガキだけじゃない。

 家では記念日を待つ恋人もいる。

 約束の時間はとっくに過ぎている。泣いているか?怒っているかも知れない。

 ……いや、もうそんな感情すら無いかも知れない。


 先輩と呼ばれた気弱そうな男がおどおどとした口調で呟いた。

「で、でも意外だな。真面目な天舞くんがこんな事してるなんて」

 俺に話しかけてんのか?それとも独り言か?独り言なら放っておくが、返事が欲しいなら俺の目を見て話せよ。

 天貝スル蔵は舌打ちを堪えた。あまりコイツを虐めると、本当にあのガキにカードを売りかねない。


 二人で買ったカードゲームをその足でカードショップに持ち込み、それなりの金額に換えると、天貝スル蔵は取り分を裸で渡した。

「先輩、これ約束の取り分っす。お疲れっした」

 先輩は何事かモゴモゴを言いたそうにしていたが、天貝スル蔵が背を向けるとそれ以上は何も言わなかった。

 取り分が約束と違う、そう言いたけりゃ言えばいい。要求しろよ。お前は俺と同じように並んだんだ。取り半だろ?その一言で俺はお前に正当な分前をやる。

 けれど言わない。

 パイセン、だからお前もそうやって俺に喰われていくんだ。俺が喰わなくたっていずれ誰かに喰われる。

 いつか俺も誰かに食われる。

 天貝スル蔵は頭を振ってその考えを追い払った。


 喫煙所の前で律儀に並ぶ馬鹿を素通りして天貝スル蔵は箱の中に入った。

 外で並んでいる男たちは順番を抜かされたが何も言わない。

 中で先に煙草を吸っていた男たちは一瞬だけ目を向けるが、自分とは関係ないと言う風に目を逸らせた。

 順番待ち?人数制限?

 馬鹿馬鹿しい。

 文句があるなら言えばいい。ムカつけば殴ったらいい。制限や順番が大切ならそうやって俺を従わせればいい。

 だがお前たちは「たかが煙草で」と思ってる。だからそうやって傍観しているだけだ。



 天貝スル蔵が煙草に火をつけてスマートフォンを見ると、異様な量の着信があった。

 折り返すと、相手はすぐに出た。

「いつもお世話になっており……」

 見えない相手に笑いかけるように、スル蔵は口角をあげたが最後まで言う事はできなかった。

「天貝、お前、俺をナメてんのか」

 同業の転売屋だった。

 同業と言うよりは天貝スル蔵がそいつに卸して、そいつがそこらの馬鹿に売ると言うシステムなので取引相手と言った方が正しいかも知れない。



 キレてる奴を相手にする時は、こっちが冷静じゃなきゃならない。

 天貝スル蔵は跳ね上がる心拍を感じながら努めて冷静に返す。

「どうしたんすか急に」

 だが遮るように相手は怒鳴り散らかす。

「どうしたんすか、じゃねぇよ。お前、俺にパチモン掴ませたろ」

「は?」

「こないだ持ち込んだスニーカーだよ。とにかく金を返せ、今日中にな。それと本物のスニーカーを探してこい。もう客が決まってんだ。しらばっくれたらどうなるか知ってんだろ」


 一方的にまくし立てられて電話が切れた。

 天貝スル蔵がスマートフォンを見つめていると、順番待ちの先頭に居た男が喫煙所に入ってきて殴り飛ばした。

「悪いな、手がぶつかっちまった」

 喫煙所内の男たちはスル蔵を一瞥すると、また興味を無くして手元の煙草と缶コーヒーに集中した。


 喫煙所を出た天貝スル蔵は頬をさすりながら電話の内容を反芻していた。

 前回あの男に売り飛ばしたスニーカーは、それこそ路地裏で中国人だか韓国人を殴ったか刺したかして取り上げたやつだ。

 あいつが偽物を持っていたのか?それとも俺がそうすると知っていてハメられたのか。

 とにかく金を返さないとどうにもならない。本物は買えばいいが赤字だ。

 いや赤字になっても仕方ない。

 これ以上の信用を損なえば二度と取引が出来なくなる。



 天貝スル蔵は立ち上がって喫煙所を出た。

 男たちは何も言わなかった。

 スル蔵は自分が煙になったような気がしたが、殴られた事を思い出して自分は煙じゃないんだと思い直した。


 部屋に戻ると恋人がベッドに眠っていた。

 こちらに背を向けている。

 拗ねているポーズでも取っているのか?そろそろこいつも売り時か。

 あの先輩にでも売ってやってもいい。どうせあの先輩はドがつく新品だし、ここまで仕込んだ女だから大抵のことは出来る。

 初めてが中古の女でもそこまで完成してりゃあのパイセンも喜ぶだろう。


 天貝スル蔵は声を出さずに嗤った。

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