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コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第4章:つないだ手、心の距離
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幕間 Side:各務 遥

 午前の外来がひと段落した。白衣の袖を少し折って、処方の控えを見直す。花粉症の人が増える季節。待合では小さく鼻をすする音が続いている。


 昼休み、白衣を椅子に掛けて商店街へ出た。八百屋で菜の花を一把、豆腐屋で厚揚げを二枚。角を曲がったところで、紙袋を提げた和葉ちゃんと鉢合わせになる。袋の口から、紅茶の小箱がのぞいた。


「こんにちは、遥さん」


「こんにちは。お買い物?」


「はい。紅茶の茶葉だけ、少し」


「いいね。春は香りが出る」


 袋を持ち直した拍子に袖口が上がり、細い紺の革ベルトが見えた。


「新しいの?」


「はい。誕生日にもらいました」


「そう。似合ってる」


「ありがとうございます。大事にします」


 立ち話にならない程度に笑い合って、「失礼します」と互いに頭を下げる。歩き出す背中は、いつもより少しだけ軽く見えた。


 診療所に戻る。受付で買い物袋を預け、手指消毒をしてカルテを一枚受け取る。壁の時計は淡々と進む。特別な日より、積み上がる普通の日。私の仕事は、その並びを整えることだ。


 午後の予約を確認していると、メールの通知が入った。弓削さんから。


 =====

 件名:先日の件、ありがとうございました


 各務先生

 お世話になります。ホワイトデーは無事に渡せました。

 和葉には紅茶と菓子、カップを一客。最初の一杯は一緒に淹れました。

 方向だけ、助かりました。礼まで。


 弓削

 =====


 画面を閉じず、そのまま返信欄を開く。必要なことだけ打つ。


 =====

【件名】:Re: 先日の件、ありがとうございました


 弓削さん

 ご連絡ありがとうございます。まとまって何よりです。


 もうひとつ、覚えているうちに。フリーランスだと年1回の健診を後回しにしがちなので、

 来週火曜〜木曜の午前に軽めの自費健診が空いています。

 無理に、ではありません。タイミングが合えばご検討ください。


 それと、和葉ちゃんの件です。必要であればお伝えください――体調以外のことでも、困りごとがあれば

 相談に乗ります。予約は不要で、受付で私の名前を伝えてもらえれば通ります。

 年上の女性として話しやすいこともあると思います。ひとつの選択肢として、覚えておいてください。


 各務 遥

 =====


 送信して画面を閉じる。押しつけではない。逃げ道だけ残す。


 呼ばれて診察室へ戻る。花粉症の親子。症状を聞き、薬の量を調整して、次回の目安を書き添える。ドアの外では買い物袋の擦れる音。風はまだ少し強い。


 合間に、短い返信が入った。


 =====

 了解です。健診は予定確認のうえ連絡します。

 和葉の件、ありがとうございます。伝えておきます。


 弓削

 =====


 白衣の袖を戻し、次のカルテを開く。窓の外でミモザの枝が揺れた。春の黄色は目立つけれど、見過ごされても困らない。そういうもののほうが、長く残る。

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