Side:和葉 2023年10月27日(金)
放課後の校内は、いつもよりずっと慌ただしかった。
昇降口の外には文化祭用の白いテントがずらりと並び、鉄板の設置や点検は先生の立ち会いで昼のうちに済ませてある。
教室では、看板の仕上げや装飾の取り付けに追われ、廊下まで笑い声があふれていた。
「こっちは完成!」
「そっち、もう少し右に寄せて!」
そんな喧噪の中、私は歩と朱鷺子と一緒に買い出し組に呼ばれていた。
注文してあった調味料や粉ものに加えて、野菜を先に仕入れておくのが今日の役目だ。
「じゃ、行こっか!」
歩が元気よく腕を振り、私たちと男女数人のクラスメイトが校門を出た。
***
商店街に着くと、夕暮れのオレンジ色が店先を染めていた。
八百屋のおじさんが私たちを見るなり、にこっと笑う。
「おう、待ってたぞ。文化祭の仕入れだな」
「はい、明日が本番なんです!」
歩が即答する。
「じゃあこれは注文分だな。キャベツ十玉、玉ねぎ五キロ。あと紅しょうがに青のり……間違いないか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
朱鷺子が手元のメモを見ながら、きちんと答える。
段ボールを抱えた男子が「重っ!」と顔をしかめた。
思わず「私も持ちます」と手を伸ばすと、「無理すんなよ」と軽く止められる。
その一言に、思わず頬が熱くなった。
「へえ、元気な子たちだ。頑張れよ」
おじさんはキャベツを一つ、二つと段ボールの上に乗せていく。
「サービスだ。明日の文化祭で役立てな」
「えっ、いいんですか!?」
慌てて両手で受け取ると、歩と朱鷺子が「すごい!」「特典つきじゃん」と目を丸くする。
みんなの笑い声に混じって、胸がじんわり温かくなった。――自分だけじゃなく、友達まで地域に受け入れてもらえるのが、嬉しかった。
ただ、段ボールを抱えていた男子が、キャベツが増えた分の重みを確かめるように肩を揺らし、なんとも複雑そうな笑みを浮かべていた。
***
学校へ戻る頃には、空はすっかり藍色に変わっていた。
調理班がホットプレートを並べ、粉を溶き、キャベツを刻む音が響く。
「じゃあ試作品、いっちょ作ってみますか!」
香ばしい匂いが教室に広がり、自然と拍手が起こる。
焼きそばのソースがじゅうじゅう音を立て、お好み焼きが裏返される。
机の上に次々と皿が並べられ、私たちは夕飯代わりにそれを囲むことになった。
「いただきまーす!」
割り箸の音が一斉に響き、笑い声が混ざる。
私も笑顔で箸を伸ばし、クラスメイトと談笑した。
ほんの数か月前まで、教室に戻ることすら想像できなかったのに――今は当たり前のように席がある。
それが、胸の奥にじんわりと染みていく。
ふと、机の端に置いたスマホを手に取り、短いメッセージを送った。
『試作を夕飯代わりにすることになって、片付けまでだと十九時半くらいになりそうです』
すぐに既読がついて、短い返事が届く。
『分かった。暗いし、迎えに行く』
胸の奥がふっと軽くなり、私は小さく息をついた。
***
完全下校の時間が近づき、教室の片付けが始まった。
時計はすでに十九時半を回っている。
「それじゃ、また明日!」
友人たちと一緒に校門を出ると――そこに、いつきさんの姿があった。
夜風にシャツの裾を揺らしながら、こちらを見つけて手を軽く上げる。
「来てくれて、ありがとうございます」
「約束しただろ。暗い道を女子だけで帰すわけにいかない」
歩と朱鷺子も一緒にいたから、いつきさんは二人にも軽く会釈をした。
「送っていく。途中まで一緒だろ」
「ありがとうございます!」
歩が笑顔で返し、朱鷺子も小さく頷く。
三人で夜道を歩いていると、いつきさんがふと口を開いた。
「鉄板やガス使うんだろう。本番、大丈夫なのか?」
歩がすぐに胸を張る。
「大丈夫です! 先生の立ち会いで練習しましたから! 火加減とかも確認済みですよ」
朱鷺子が補足するように、落ち着いた声で続けた。
「安全確認は学校も厳しいので、手順はきちんと決められてます」
「そうか。それなら安心だな」
いつきさんの声が、少しだけ和らいだ気がした。
私は横でそっと呟く。
「心配してくれて、ありがとうございます」
途中で友人二人と別れ、「おやすみなさい」と見送ってから、残ったのは私といつきさんだけ。
「迎えに来てくれて、本当に嬉しかったです」
足元を見つめながら、控えめにそう口にする。
心の奥に残っていた不安が、言葉にした途端に少しほどけていくのがわかった。
「友達と楽しめてるなら、それが一番だ」
いつきさんは小さくため息をつき、それでもやさしい声で続ける。
「……でもまあ、そう言ってくれるなら悪くない」
その言葉に顔を上げると、自然に笑みが浮かんだ。
私は少し迷ってから、彼の袖をきゅっとつかんだ。
「今日は色々頑張りました。買い出しに行ったり、調理もしました。だから、いつきさんは私を褒める必要があります」
「なんだそりゃ」
呆れたように返しながらも、彼の口元がわずかに緩んでいるのが分かった。
胸の奥が温かくなり、私は思わず笑みをこぼした。
文化祭本番を前にして、私の居場所は――学校にも、家にも、確かに広がっている。
今回からタイトル表記を 日付ベースに変更しました。
これまで「Side:和葉①〜」という番号で続けてきましたが、数字が増えて分かりづらくなったため、時系列が直感で分かるよう日付表記にしています。
過去分も順次こちらの形式に修正していく予定です。
○に数字の記号は50までしかないんですね....




