Side:和葉 2023年10月16日(月)
週明けの教室は文化祭の準備でざわついていた。
黒板には「模擬店 お好み焼き&焼きそば」と大きく書かれ、係分担の表が貼られている。
「仕入れどうする? 肉とか野菜は量が多いし、当日だよな」
「前日から置けるのは粉とかソースくらいだろ」
そんな声が飛び交う中、私は手を挙げた。
「……あのね、商店街のお店にお願いできそう。昨日、八百屋さんやお肉屋さんに相談したら協力してくれるって」
「ほんと!? 助かる!」
「じゃあ和葉さん、仕入れ班お願いできる?」
「はいっ」
返事をすると、さらに別の声が上がった。
「調理も人手いるし、そのまま調理班もお願いしていい?」
「わかりました!」
クラスの空気がぱっと明るくなる。
その輪の中に自然に混ざれていることが、なんだか嬉しかった。
***
放課後、歩と朱鷺子と一緒に帰ることになった。
並んで歩いていると、歩がにやにやしながら口を開く。
「ねえ、先週、見ちゃったんだけど」
「なにを?」
「弓削さんと手をつないで歩いてたでしょ。前より親しげっていうか、べったりだったよね」
「……あ」
朱鷺子も小さく頷く。
「うん。楽しそうだった」
私は少し迷ってから、ふたりにざっくりと話した。
母を亡くしてから義父との関係が悪化していたこと。
先日、義父に叩かれたときに、いつきさんがかばって怪我をしたこと。
そして今は児童相談所や大人たちが間に入ってくれていること。
二人は黙って聞いていたが、やがて歩がぽつりと言った。
「……なるほど。それであんなにべったりだったんだ」
「え、別に普通だと思うけどなあ。本当のお父さんのことはほとんど覚えてないし、義父は信用できなかったし。だから、いつきさんになら甘えられるし、嬉しいんだ」
朱鷺子が、少し探るように首を傾げる。
「……ファザコンってこと?」
「ファザコンって……でも、そんな感じかも? どんな関係でもいいから、ずっと一緒にいられたら嬉しいな」
歩が苦笑して肩をすくめる。
「まぁ、和葉が幸せなんだったらいいでしょ」
朱鷺子もうなずいて、優しく笑った。
「そうね。今まで大変だったんだから、存分に甘えちゃいなさい」
「……うん」
照れくさくて、でも胸の奥があったかくて。
私は小さく笑った。
***
二人と別れた後、スマホを取り出してメッセージを送った。
『ホットプレートってありますか?』
すぐに返ってきた返事は一言だけ。
『あるぞ』
思わず口元が緩んで、スーパーに寄った。
キャベツに豚肉、焼きそばの麺。かごの中に次々と放り込む。
***
スーパーの袋を抱えて帰宅すると、御子神さんがすぐに足元へすり寄ってきた。
「ただいま!」
抱き上げると、小さな体が温かくて、喉を鳴らす振動が胸に伝わる。……今日もいい子で待っててくれたんだね。
***
リビングにホットプレートを出すと、いつきさんは慣れた手つきでコードをつなぎ、キャベツをまな板に広げた。
トントンと軽快に包丁を動かす音が響く。あっという間に均一な千切りができていって――思わず「すごい……」と声が漏れる。
「私もやってみたい!」
勢いよく手を挙げて、包丁を持たせてもらう。……けど、やっぱり思ったようには切れない。
「うー……いつきさんみたいに上手にできない」
「そりゃ経験の差だ」
肩をすくめた彼は、引き出しからピーラーを取り出した。
「千切りは大変だから、ピーラーを使えばいい。見た目は多少雑でも早くて安全だ」
「えっ、ピーラーでいいの!?」
「文化祭は素人ばっかりだろ。上手いやつに任せっきりじゃ回らない。誰でもできる方法を考えたほうがいい」
なるほど……って、すごく納得した。
「……うん! 練習のときに、みんなに教えてみます!」
そう言うと、彼がふっと笑ったのがなんだか嬉しかった。
***
鉄板に生地を流し込むと、じゅわっと音を立てて香ばしい匂いが広がる。
「ひっくり返してみるか?」
「やってみます!」
ヘラを差し込んで思い切り返したけど――「あっ!」
形が崩れて慌てて整える。
「焦るな。固まるまで待ってから返せばいい」
「うぅ……次はもっとうまくやります!」
悔しくて唇を尖らせながらも、どこか楽しくて、笑いがこみ上げてきた。
***
焼きそばとお好み焼きを並べて、「いただきます」と声を合わせる。
湯気の向こうで、かつおぶしが踊るのを眺めていると、なんだか文化祭本番が待ち遠しくなった。
「……意外とちゃんとできましたね!」
「まあ、なんとか形になるな」
そう言いながら、口元が少し緩んでいるのに気づく。
「大丈夫! 練習すればもっとうまくなりますから!」
私がそう言って笑うと、胸の奥までじんわり温かくなった。
(文化祭、本当に楽しみだな……)
か、完全に値落ちしてしまってました....




