2023年10月13日(金)③
赤色灯の明滅が、雨粒を切り取るように路地を照らしていた。
警察官二人が義父の両腕を押さえ、荒い息を吐くその体を車へと導いていく。
「お三方も、署まで同行をお願いします」
声をかけてきた若い警官に、俺は頷いた。
隣で和葉が小さく肩を震わせる。小鳥遊が一歩前に出て、落ち着いた声で応じた。
「承知しました。事情は署で説明します」
義父はパトカーに押し込まれ、ドアが閉まる鈍い音が雨音に混じった。
和葉ははっと肩を跳ねさせ、俺の腕にすがりついてくる。
「大丈夫だ」
その一言で、ようやく足が動き出した。
***
署に着くと、義父はすぐに奥の部屋へ連れていかれた。
ドアが閉まる音を聞いた瞬間、和葉の指先が俺の袖をさらに強く握る。
担当の警官が、待合の椅子に並んだ俺たちへ説明する。
「順番にお話を伺います。まずは美作さんから――」
言い終える前に、和葉が俺の腕に抱きついた。
小さな体温がじかに伝わってくる。言葉はなくても、離れたくない意思は明らかだった。
「未成年です。付き添わせてください」
俺が言うと、警官は一瞬迷い、頷いた。
「……分かりました。最低限の確認だけにします」
***
事情聴取は簡潔だった。
「声をかけられたのはどこで?」
「商店街から裏の細い道に入ったところで……」
「何を言われましたか?」
「……『銀行の件、分かってるよな』『本人じゃないとダメだから、一緒に来い』って……」
「その時、何をされた?」
「腕を掴まれました」
「痛みは?」
「……少し。怖かった」
声が震えた瞬間、俺は「大丈夫だ」と囁いた。
和葉は小さく頷き、深呼吸をして答えを結んだ。
警官はメモを閉じ、「ありがとう」と短く告げる。
それで和葉の聴取は終わった。
***
次は俺だ。
小鳥遊と共に別室に入り、机を挟んで座る。
「まず確認します。美作和葉さんとはどういうご関係ですか」
「血縁関係はありません。義父から暴言や暴行を受け、和葉は家を出ざるを得なかった。その夜、偶然私が出会い、保護しました。今は児童相談所を通じて一時的に預かっています」
小鳥遊が補足する。
「児相の東海林という職員が担当しています。学校とも連携しており、登校も再開済みです」
警官は頷き、次の問いを投げる。
「では、なぜ今回あの場で張っていたのですか」
「以前にも義父が和葉を銀行に連れて行こうとしたことが一度ありました。知人が止めてくれたので未遂となりますが……諦めるとは思えませんでした。だから警戒していたんです」
俺はスマホを机に差し出す。
「今回のやり取りは録画しています。義父が『本人じゃないとダメだから、一緒に来い』と言った部分も残っています」
警官は画面を確認し、表情を引き締めた。
小鳥遊が続ける。
「和葉さんを守ろうとした弓削さんに、義父は傘で暴行を加えました。これは明確な暴行罪に当たります」
警官が俺の腕に視線を落とし、眉をひそめた。
「その腫れ……痛みはありますか?」
「ええ、打撲だと思います」
「では、後ほど病院で診断書を取っていただけますか。暴行の証拠として必要になります」
「分かりました。すぐに行きます」
ペンが紙を走る音が続き、やがて静けさが戻った。
***
最後に、三人で向かい合う。
「まとめます。被害届を提出されますか?」
小鳥遊が即答する。
「提出します。和葉さんへの接触禁止も要望します」
俺は和葉を見やる。
彼女は迷わず頷き、俺の腕にしがみついたまま口を開いた。
「……お願いします」
警官は短く「承知しました」と答え、書類を整える。
「本人の意思も確認しておきます。美作さん、ご実家に戻るのか、それとも今の生活を続けたいのか」
形式的な問い。だが和葉の答えは即座だった。
「……ここでの生活を続けたいです」
その声に、警官も真剣に頷いた。
***
手続きが終わり、署の自動ドアを抜けると、夜気は冷たく澄んでいた。
水たまりが街灯を映し、足音だけが濡れた舗道に響く。
小鳥遊が傘を畳み、軽く俺の肩を叩いた。
「うまくいきましたね。この後の警察の相手は俺に任せてください」
和葉が一歩進み、小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます」
小鳥遊は柔らかく頷いた。
「ええ、その気持ちだけで十分ですよ」
和葉は俺の袖を握り直し、かすかに笑みを浮かべる。
俺はその手を見下ろし、短く告げた。
「帰ろう」
和葉が頷く。
俺たちは並んで、夜の街へ歩き出した。
暗いの話が続いていますが、もうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。
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本日もご覧いただき、ありがとうございました。




