2023年10月13日(金)②
義父の手が和葉の手首を掴んだ瞬間、胸の奥で張りつめていた糸が切れた。
「……その手を離せ」
低い声が雨音を割る。義父が振り返り、視線がぶつかった。
「お前か……」
口の端を歪め、義父は腕に力を込める。和葉が苦しげに顔をゆがめた。
俺は踏み込み、二人の間に割って入る。背中で和葉を庇い、肩を開いて立ちはだかる。
「やめろ」
「邪魔するんじゃない!」
義父が怒鳴り、傘を振り上げた。骨の部分が光を弾き、雨粒を散らしながら振り下ろされる。
咄嗟に腕で受け止める。金属が鈍く当たり、痺れるような痛みが走った。
追い込むように義父が傘を薙ぎ払う。避けきれず肩口に衝撃を受け、息が詰まった。
それでも退かず、濡れた舗道に足を踏ん張る。
痛みに顔をしかめながらも、ただ和葉を背に隠し続けた。
「チッ……!」
義父は苛立ちをあらわにし、踵を返して走り出す。
逃がすわけにはいかない。俺は痛む腕を押さえながら追いすがり、背中に組み付いた。
もつれ合いながら濡れた路面に倒れ込み、必死に義父の腕を押さえつける。
「……離せ!」
「いい加減諦めろ……!」
義父の体温と雨の冷たさが入り混じる。俺は歯を食いしばり、肩越しに和葉の姿を確認した。
立ちすくみながらも、彼女の瞳はこちらを離していなかった。
***
やがて駆けつけた警察官が義父の身柄を確保した。
義父は荒い息を吐きながら、「迎えに来ただけだ」と取り繕う。
俺は一歩前に出て、静かに言った。
「迎えに来ただけなら、なぜ嫌がる彼女の腕を掴んだ?」
義父の口元が引きつる。返す言葉はなかった。
その沈黙を断ち切るように、俺はスマホを差し出し、再生ボタンを押した。
画面から、義父の声が雨音を突き抜ける。
『窓口がごねててな。本人じゃないとダメなんだとさ。だから、ちょっと来い』
義父の表情に動揺が走る。
その時、雨に濡れたスーツ姿で駆けつけた小鳥遊が一歩前に出た。
「すでに証拠は揃っています。和葉さんを銀行に連れて行き、通帳を使って和葉さん名義の預金を引き出そうとした――その意図が明確に残っている。さらに、彼女を守ろうとした弓削さんに対しても暴行を加えた。これは逃れようのない事実です」
警官は義父と俺たちを順に見比べ、深く息を吐いた。
「話は署で聞こう。抵抗すれば、公務執行妨害も追加だ」
冷静な声が、路地に落ちた空気を締める。義父は言葉を失い、俯いた。
警官が短く頷き、通帳を押収する。
和葉が小さく息を呑むのが聞こえた。
俺はその手を取ることはせず、ただ背中越しに存在を示す。
守り切ったことを伝えるには、それで十分だった。
***
パトカーの赤色灯が雨粒を照らし、夜の商店街を淡く染めていた。
義父が乗せられていくのを見送りながら、肩の痛みがじわじわと広がる。
それでも視線はただ一つ。
振り返れば、和葉が確かにそこに立っていた。
もう少し続きます。
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