Side:和葉⑰
放課後の図書室。
教室よりは静かだけれど、机に並んだ三人のノートには鉛筆の跡とため息ばかりが重なっていた。
「ねえ……この問題、どうするの?」
歩が眉を寄せてノートを突き出す。
「……分かんない」
朱鷺子が小さく首を振る。
「えっと……たぶんこうじゃないかな……?」
和葉が恐る恐る口を開くが、すぐに「でも自信ない」と小声で付け足した。
誰も得意な科目があるわけじゃない。教え合うにも限界がある。
ページをめくるたびに三人同時にうなずく――「これは詰んでるな」と。
「ダメだこれ!」
歩が机に突っ伏した。
「全然進まないじゃん!」
朱鷺子が冷めた目でノートを見つめる。
「……正直、大体同じ学力の三人で集まっても効率は上がらないわね」
「そ、そんな、身も蓋もないこと言わなくても……!」
和葉は慌てて顔を上げた。
***
「こうなったらさ……やっぱり弓削先生に頼るしかない!」
歩が勢いよく言い切った。
「……先生って」朱鷺子が苦笑する。
「うん……でも確かに、それしかないかも」
和葉は少し迷った末、スマホを取り出した。
【明日、また勉強会していいですか。来週テストでちょっとピンチなんです】
送信してすぐに既読がつき、短い返事が返ってくる。
【OK】
画面を見て、和葉はほっと息をついた。
「……いつきさん、OKだって」
「よっしゃー!」
歩が小さくガッツポーズ。
「……助かったわね」
朱鷺子も安堵の笑みを浮かべる。
「じゃあ、明日は真面目に頑張るから今日はここまで!」
三人の顔に自然と笑みが浮かんだ。
***
ノートを閉じたあとは、自然と勉強以外の話になった。
「そういえば和葉って部活入らないの?」
歩が気軽に問いかける。
「えっと……学校始まってから、家のことはいつきさんに頼ってばかりで。だから、早く帰って少しでも手伝いたいんだ」
「うわー真面目! さすが和葉!」
歩が目を輝かせる。
「……でも、確かに和葉にはその方が合ってる気がする」
朱鷺子の言葉に、和葉は少し照れながら「えへへ」と笑った。
「でもさー、和葉ならどの部活でも人気者だと思うよ」
「ええっ!? そ、そんなことないって!」
「いや絶対あるって!」
歩が身を乗り出すと、朱鷺子が「……落ち着きなさい」と軽く突っ込む。
三人の笑い声が図書館の一角に小さく響いた。
***
「そういえば、テスト終わったら何したい?」
歩が机に頬杖をつきながらぽつりとこぼす。
「私はとにかく寝たい……」
朱鷺子が即答し、三人で笑い合う。
「私は……またいつきさんとどこか出かけたいな」
口にした瞬間、二人の視線が一斉に突き刺さる。
「……デート?」
「ち、ちがうってば!」
慌てて手を振ると、歩と朱鷺子が顔を見合わせて吹き出した。
「そ、そんなこと言うなら……歩と朱鷺子はどうなの?」
急な矛先に二人が同時に目を丸くする。
「え、わ、私!? いないいない! 全然モテないから!」
歩が慌てて手を振る。
「……私も、相手はいないけど」
朱鷺子は少し間を置いてから、さらりと続ける。
「和葉と弓削さんを見てると、年上の人っていいかも、って思ったりする」
「そ、それってどういう意味!?」
和葉が慌てて身を乗り出す。
「わかるわ〜!」
すかさず歩が乗っかるように頷いた。
「最初ちょっと怖そうだなって思ったけど、料理上手だし、面倒見いいし……いいよね。あのご飯毎日食べてる和葉はずるい!」
「ちょ、ちょっと歩まで……!」
和葉は真っ赤になって両手を振る。
「だからそういうんじゃないってば!」
茶化す二人に押されて、和葉の声がどんどん小さくなっていく。
***
学校を出ると、外はすでに夕焼けの色に染まっていた。
三人で並んで歩きながら、今日の勉強の成果について笑い合う。
「いやー、やっぱ弓削先生いないとダメだね!」
歩が肩をすくめると、朱鷺子がため息をついた。
「……明日は真面目にやらないと」
「うん……!」
和葉も力強くうなずいた。
駅前の角でそれぞれの帰り道に分かれる。
「じゃあ、また明日」
「和葉、明日は頑張ろうね!」
二人の声に和葉は笑顔で手を振り返した。
友達の背が遠ざかると、胸の奥にじんわりと温かさが広がった。
ポケットからスマホを取り出し、指先で短く文字を打つ。
【今から帰ります。なにか買い物ありますか?】
送信するとすぐに既読がついた。
その小さな画面を見て、和葉はふっと肩の力を抜いた。
「……明日は、いつきさんに褒めてもらえるようにもっと頑張ろう」
つぶやきながら歩を進め、夕暮れの街に溶け込んでいった。
もうこんな時間...
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