2023年9月30日(土)
鏡の前で髪を結ぶ和葉の姿を、ふと目にした。
いつもの三つ編みのお下げではなく、後ろにひとつにまとめたポニーテール。
「……いつもと違うな」
声をかけると、和葉は気まずそうに振り返った。
「体育祭なので……髪、邪魔にならないように」
「似合ってる」
そう言うと、頬をわずかに赤らめる。
「……ポニーテール、好きなんですか?」
「……ノーコメント」
言葉を濁したが、普段より少し大人っぽく見えたのは確かだった。
***
校庭に足を運ぶと、すでに熱気に包まれていた。
保護者席に腰を下ろし、プログラムの開始を待つ。
午前の大縄跳び。
掛け声に合わせてクラス全員が跳ぶ。和葉も必死に列に加わり、後ろにまとめた髪が馬の尾のように激しく揺れていた。
必死に食らいつく姿は、いつもの和葉よりずっと頼もしく見えた。
***
昼食の時間。校庭の端にシートを広げ、弁当を取り出す。
煮物に卵焼き、きんぴら、俵型のおにぎり。派手さはないが栄養を考えた内容だ。
「お疲れさん」
隣に座った和葉に声をかけると、ぱっと顔が明るくなった。
「これ……全部いつきさんが?」
「ああ。午後の競技に向けてしっかり食べないとな」
一口食べた和葉の顔に笑みが浮かぶ。
「美味しいです」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなった。
そこへ歩と朱鷺子が顔をのぞかせる。
「いいなぁ〜!」
「……ほんと、恵まれてるわね」
さらに歩が思い出したように言った。
「そうだ、弓削さん。今日、銭湯に連れてってくれるんですよね? ありがとうございます!」
「運動の疲れをとるには丁度いいだろ」
そう返すと、朱鷺子も小さく会釈する。
「楽しみにしてます」
横で和葉が、どこか誇らしげに笑っていた。
***
午後の障害物走。
スタートラインに立つ和葉を目で追う。ピストルの音とともに駆け出し、平均台を渡り、網をくぐり、麻袋に足を突っ込んで跳ねる。
少しもたつきながらも、必死に前へ進んでいた。
最後のハードルを越えてゴールした瞬間、観客席から拍手が起こる。
順位は真ん中ほどだったが、やり切った顔をしてこちらを振り返った。
視線が合ったので軽く頷くと、和葉は汗に濡れた顔で小さく笑った。
(……本当に、よくここまで戻ってこれたな)
胸の奥が、不思議と温かく満たされていった。
***
全ての競技が終わり、生徒たちは下校。
校門で待っていると、歩と朱鷺子と一緒に和葉が出てきた。
「お疲れさん」
「……ありがとうございます」
歩が「和葉、めっちゃ頑張ってたでしょ!」と弾んだ声で言い、朱鷺子もうなずいた。
「そうね。普段より張り切ってた気がするわね」
「はい。しっかり頑張りました!」
そう告げると、和葉は小さく胸を張って、こちらを見上げる。
――“がんばりました”と目で訴えているのがはっきり分かった。
思わず手を伸ばしかけて、しかし友人たちの前だと気づき踏みとどまる。
「ああ、ちゃんと見てた」
言葉だけを残すと、和葉は嬉しそうに笑った。笑顔の奥に、ほんの少し“これだけ?”と言いたげな気配が残っていた。
***
夕暮れの商店街は、ちょうど店じまいの時間で人通りが多い。
八百屋のおじさんが声をかけてきた。
「おう、嬢ちゃん。今日は大縄も障害物も頑張ったって聞いたぞ!」
「えっ……どうして知ってるんですか?」
「同じクラスの子が寄ってってな。『和葉ちゃん、すごかった』って自慢してったんだよ」
歩と朱鷺子が驚いたように和葉を見る。
「さすが和葉、評判になってるじゃん」
「……ちょっと恥ずかしいです」
照れくさそうに答える横顔は、どこか誇らしげだった。
***
やがて銭湯の煙突が見えてくる。
瓦屋根の建物に「ゆ」と染め抜かれた暖簾。
かすかに薪の焦げる匂いが漂い、煙突からは白い煙がゆらゆらと昇っていた。
「わぁ〜! 初めて来た!」
歩が目を輝かせる。
「……思ったより趣がありますね」
朱鷺子も珍しそうに見上げる。
「ここ、いいところなんですよ」
和葉が胸を張る。
番台のおばあさんに挨拶して、下駄箱で靴を脱ぐ。
男女それぞれの暖簾が目の前で揺れていた。
筆者がポニーテールとおさげが好きなだけです。
三つ編み→解いてウェーブのかかったポニテ、いい。
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