表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第3章:もう一つの居場所
60/239

Side:和葉 2023年9月1日(金)

 鏡の前で制服のボタンを留めながら、小さく息をついた。

 高校の制服に袖を通すのは、今日が初めてだ。


 新品のブレザーはまだ少し硬くて、肩のあたりが落ち着かない。

 そして――胸元。


(……きつい)


 見た目は変わらないはずなのに、布地が押し返される感覚がはっきり分かる。


 あの家にいた頃は、まともにご飯なんて食べさせてもらえなかった。

 でも、ここに来てからは毎日きちんと食べている。


 炊きたてのご飯。

 香り立つお味噌汁。

 煮物も炒め物も、ひと口ごとに体が温かくなる。


 自分でも料理はするけれど、いつきさんのご飯は、いつも私のことを考えてくれている味だった。


 お腹に手を当ててみる。

 そこはむしろ前よりすっきりしている気がする。


 じゃあ、このきつさの理由は――胸。


 じわっと顔が熱くなる。


(どうして、こういうところばっかり……)


 深呼吸をひとつして、リビングへ向かった。


 ***


「少しきつくないか?」


 低い声に肩が跳ねる。


「丈は大丈夫なんですけど……ここが、ちょっと」


 胸元を押さえると、いつきさんは一瞬視線をそらしてから言った。


「辛いなら新しく用意する。今日は無理するなよ」


 叱られるかと思っていたのに、返ってきたのは落ち着いた声だった。


「はい」


 それだけで、背筋が自然と伸びる。


 ***


 玄関へ向かうと、御子神さんが足元にすり寄ってきた。


「おっと、今日はダメだ」


 制服に毛がつかないように、いつきさんが抱き上げる。


「行ってきます」


「ああ。気をつけてな」


 その声を背に、扉を開けた。


 ***


 外の空気は少しひんやりしていた。

 夏の名残はあるのに、風には秋の匂いが混じっている。


 この家から学校へ向かうのは、今日が初めてだ。


 見慣れたはずの街も、出発地点が違うだけで別の場所みたいに感じる。


 信号、商店、静かな歩道。


 一歩進むごとに、心臓の音がはっきりする。


(大丈夫。今日はちゃんと行く)


 今朝の「無理するなよ」が思い出される。


 私は、小さくうなずいた。


 ***


 校門をくぐった瞬間、足が止まりかけた。

 けれど、そのまま進む。


 昇降口ではなく、職員用の玄関から入るように言われている。


 廊下に靴音が響く。


 職員室の前で、もう一度だけ深呼吸をした。


「――美作」


 顔を上げると、担任の先生がこちらを見ていた。


 入学手続きのときに一度会っただけの人。

 ほとんど話したことはない。


「来たか。体調は大丈夫そうだな」


「はい」


「無理はするな。何かあれば言え」


 簡潔な言葉。

 でも、突き放す感じはない。


 それだけで、少しだけ足元が安定する。


 ***


 先生と一緒に教室へ向かう。


 扉の前で立ち止まると、先生が軽くうなずいた。


「席は用意してある。普通に入れ」


 扉が開く。


「今日から美作が登校する。騒ぐなよ」


 いっせいに向けられる視線。


 一瞬、体が固まる。


 けれど。


「和葉!」


「おかえり!」


 歩ちゃんと朱鷺子が立ち上がって手を振った。


 胸の奥の緊張が、ほどける。


「ただいま」


 教室の空気は思っていたよりやわらかい。

 息ができる。


 ***


 午前中の授業は、思ったより落ち着いて受けられた。

 周囲も必要以上に触れてこない。


 昼休みになると、歩ちゃんと朱鷺子が当然のように机を寄せてきた。


「和葉、一緒に食べよ!」


「待ってたんだから」


 笑いながら誘われて、胸の力が抜ける。


 箸を動かしていると、歩ちゃんがにやりと笑った。


「浴衣のときも思ったけどさ、ちょっと大人っぽくなったよね。特に胸」


 教室が一瞬ざわつく。


「ちょっと歩ちゃん!」


 真っ赤になる私に、朱鷺子が冷静に続ける。


「前は少し痩せてたけど、今は健康的よね。胴は戻ったのに胸だけ増してるのは反則だけど」


「反則って何!」


「制服も買い替えになると……負担かけちゃうし」


 ぽん、と肩を叩かれる。


「成長期です、で終わり! 堂々としてなさい」


 二人の笑い声に、私もつられて笑った。


 ***


 放課後、三人で商店街を歩く。


「弓削んとこの嬢ちゃんじゃないか!」


 八百屋のおじさんが声をかけてきた。


「今日から学校に通います」


「よし、祝いだ!」


 袋いっぱいの果物を渡される。


「ありがとうございます!」


 袋はずっしり重いのに、足取りは軽い。


 ***


 二人と別れ、家へ向かう。


 玄関の前に立つと、ふわりといい匂いがした。


 合鍵を差し込み、扉を開ける。


「ただいま!」

3章は学校中心となるので和葉がメインの話が多くなると思います。

和葉>歩>>朱鷺子です。


もし面白いと感じられましたら、評価やブックマークをしていただけると励みになります。

本日もご覧いただき、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ